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仲直り

作者: 椎名 朝生

時刻は八時二十分。

待ち合わせ時間までには少しあるけれど、遅れて行くのは性に合わない。

待たれるより、待たされる方が良い。

待ち合わせ相手の中にアイツがいたとしても、やっぱりそこは譲れない。


改札を抜けた後、少しだけ早足になる。

まるで一本道みたいに、みんな同じ方向へと向かっていく。

その最後尾に紛れるようにして、アタシもみんなに着いて歩き出す。

迷わずにすむのは嬉しいけれど、さすがに一人で歩くのは気が引けるな。

苦笑いを受けべていると、楽しそうに燥ぐ子供達の声に混ざって、

軽快な音楽が聞こえてきた。そう、ここは遊園地。


「何が、仲直りにみんなで遊園地に行こう、よ。怒ってるのはアタシなんだからね。

仲直りするかしないかは、アタシが決めることなの!!」


少し唇を尖らせると、小声で文句を言う。

鼻息を荒くしてみたけれど、仲直りを切り出した時の照れ臭そうなアイツの笑顔を

思い出した途端、怒っていた気持ちが萎んでしまった。

ふん、だ。そんな顔したって誤魔化されないんだから。


発端は先週のこと。

お気に入りだったお花のブローチを、アイツに壊された。

態と壊したんじゃないってことくらい、もちろん判ってる。

学校指定の鞄に付けたまま、机の横に引っかけていたアタシだって、

悪いと言えば悪いんだしさ。

だけど、教室で悪巫山戯して騒いでいた方が、もっと悪いでしょ。

アイツの身体が打つかった拍子に、ガラスで出来た花弁が欠けて散ってしまった。

粉々に割れたブローチは、もう使えない。


『どうしてくれるのよ!! すごい気に入ってたのに』

『だから何度も謝っただろ。オマエ、しつこいぞ。

だいたい、あーいう乙女チックなのはオマエの柄じゃない。

ちっとも似合ってなかった』

『何よ、それ。それが謝ってる人の態度なの!!』


アイツと顔を合わせる度に、文句を言ってしまうアタシ。

ちょっとしつこすぎるとは、アタシだって思っていたわよ。

だけどどうしても、文句を言わずにはいられなかったんだもん。

何ヶ月もお小遣いを溜めて、やっと買ったブローチなんだからね。

あっ、思い出したらまた、悲しくなってきた。

どうせ乙女チックは似合いませんよーっだ。


そして金曜日。アイツが仲直りを提案してきた。

他に二人誘って四人で遊園地。いったい何を考えてるんだろう。


「だからって、何でこんな中途半端な時間なの?」


待ち合わせ時間は八時三十五分。

遊園地の開園時間は九時。

既にチケットは購入済みだから、チケット売り場に並ぶ必要もない。

開園時間まで余裕をみても、十分前で良かったんじゃないの?

二十五分前なんて、どう考えても中途半端。


「遊園地は、開園時間から目一杯楽しむのが礼儀だからだ」

「キャッ!!」


門の前にある広場には、開門を待つ人で溢れかえっていた。

チケット売り場の前にも、長蛇の列が出来ている。

敷地に入る少し手前でその光景を眺めていたアタシは、

真後ろから掛けられた声に驚いた。

心臓が飛び出すかと思って、慌てて手で口を塞ぐ。


「な、なんでアンタがいるのよ?」

「ずっと後ろを歩いてた。……オマエは気付かなかったみたいだけど」


えっ、ずっと?

ってことは、アタシの独り言も聞いてたってこと?


「だったら声を掛ければ良かったじゃない」

「ああ、うん。……だよな」


歯切れが悪い。

アタシがまだ怒っていると思ってるのかな。

仲直りの遊園地だなんて言って、無理矢理誘ったくせに。

アタシがここへ来たってことの意味くらい、判ってくれても良いでしょ。

この鈍チンは、ちゃんと言わないと判らないのかしら。


「あのさ」

「あのな」


もう怒ってないことを伝えようとしたら、アイツも同時に口を開いた。

何よ、謝ってくれるなら、先にそっちから聞きたいわ。

じゃないと癪だもん。


「何だ?」

「アンタが先に言ってよ」

「……そうだな。グズグズしてたら時間がなくなる。あのな。これ、やるよ」


時間? 開園時間だったら、まだ充分に余裕があるじゃない。他の二人も来てないし。

アイツの言葉に疑問符が浮かび上がったけれど、それよりも差し出された手の方が

もっと気になった。アイツの掌の上には、小さな袋が乗っている。


「これ、何?」

「良いから受け取れ。これで……本当に仲直りだ」


戸惑っているアタシの手の中に、押し付けるように袋を落としていく。

アイツの顔と袋を交互に眺めながら、怖々と袋の中身を確認する。


「……っ!!」


掌の上にコロンと転がり出てきた物を見て、アタシは慌てて顔を上げた。

アイツは照れ臭そうに笑ってる。アタシの好きな、アイツの笑顔。

ううん、そんなことよりも。だって、これ……どうして?


「さすがに同じヤツは見付からなかった。これで勘弁してくれ」


アタシの掌の上にあるのは、ガラスで出来たブローチ。

綺麗な花束の形をしている。


「……可愛い」


朝日に反射して、ガラスがキラキラしている。

アタシが持っていた一輪の花より、こっちの方がとても可愛かった。


「オレが選んだんだから当然だ。もう文句は言うなよ」

「こういうの、アタシの柄じゃないって言ったくせに」


嬉しかったのに、つい憎まれ口を叩いてしまう。

アタシのバカ。ちゃんとお礼を言わなくちゃいけないのに。

何でこんなことしか言えないのよ。


「煩いな。良いんだよ、それは。オマエのヤツより花の数を増やしてやった。

それは……オレの愛情の数なんだから。だからオマエにも似合う」


えっ? 今、愛情って言ったの? 空耳じゃなくて?

そっと顔を盗み見たら、耳まで赤くしたアイツがソッポを向いていた。

……ということは、ホントに言ったの?


「バッ、バカじゃないの。何言ってんのよ、アンタ。だいたい元はといえば……」


だから違うのに!! お願い、誰かアタシの口を止めて!!

その思いが通じたのか、アタシの口を止めてくれたのは、他でもないアイツ自身だった。


「だー、もう何も言わなくて良い!! ほら、待ち合わせの時間に遅れる。行こう」


そう言って、アタシの手を引くように駈け出した。


八時五十分。チケット売り場の左側。数えて三番目の柱の位置。

本当の待ち合わせはそこだったと、後で教えてもらった。

アタシだけ違う時間と場所。もちろん、全部アイツの仕業。


「……ありがとう」


小さな声で伝えてみる。


「何か言ったか?」

「ううん、何も。今日は一杯楽しもうね」

「ああ」


アタシの素直な気持ち。アイツは知らない振りをした。

けど、判ってるんだ。アタシの言葉に、繋いでいる手が一瞬強く結ばれたこと。


アタシとアイツの仲直り。それはまた、別の何かの始まりでもある。

アタシの心の中には、そんな予感のようなものが芽生えていた。


駈け出すアタシの胸元には、ガラスの花束が嬉しそうに輝いている。


完(2012.08.25)


*****

お題:

「朝の遊園地」で登場人物が「感じる」、「花束」という単語を使ったお話。


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