紅挽歌〜怪魔園鬼文〜(9/9)縦書き表示RDF


世界を破滅に導き、新たなる世界を創出せんとする、悪意の表出。神の如き強大な力を持つ悪意は、一人の少女として明菜の前に現れた。その覚醒は加速し、絶対者たる姿へ変貌した少女。世界の命運を握る最後の戦いを制したのは、紅明菜だった。
紅挽歌〜怪魔園鬼文〜
作:VIOLET ZAX



エピローグ


 目が覚めた時、のっぺりした天井がまず目に入った。
 「気がつかれましたか」
 耳元で優しい声が響いた。
 「あなたは・・・・」
 声の主を見て、明菜は少し驚いた。
 「驚くのも無理ないですね。でも、私が驚きたいくらいです。あなたの心臓は完全に止まっていたんですから」
 と、校医は薄く笑った。
 「どうして私がここに・・・・と、思っているでしょう」
 そう言いながら、彼女はカーテンを引いた。
 病院の個室らしかった。匂いからして、まだ立てたばかりなのだろう。すべての備品が美しく、輝いて見える。
 「あなたがすべてを滅してくれたおかげで、私達卒業生は、現世へとその肉体と魂を移すことができました。破滅を回避された現世へと」
 白衣を着た校医は、降り注ぐ日の光を浴びて、輝いて見えた。
 記憶が曖昧だった。意識を取り戻すと、その分を補おうとさまざまな混乱が押し寄せてくる。
 「いろいろ聞きたいこともあるでしょうけど、すべては良い方向へ修正された、と言えば十分でしょう」
 簡潔な答えだった。確かに、今はそれでいいのかもしれない。
 「あの学校は、統廃合されることになりました。国内屈指の進学校となって、近々再開するそうですよ」
 「あなたは、どうするつもり?」
 校医はふふっと笑った。その質問を待ち望んでいたかのように。
 「この病院。一人で開業するつもりで土地を買って建物を建てたんです。でもね・・・」
 彼女は窓からどこか遠くを見るように目を細めた。太陽が眩しく、明菜は窓の外をまともに見られない。
 「私、本当は教師になりたかったんですよ。でも、両親はどちらも医者で、私も当然のように、その道を進んでいました。けど、どこかで無理をしていたのかもしれません。私がなりたかったのは、教師。そのことに気づくまで、随分長い間かかりました」
 「他の人たちは・・・・どうしているの?」
 「彼らも、彼らが本当に追い求めていた道を、歩み始めているでしょう。もう私達の役目は終わったんです。これで私達は、本当の卒業生になれたんです。そして、自分を取り戻したんです。これもすべて、あなたのおかげですよ」
 そう言ってから、校医は明菜へ向き直ると、その手を取った。
 「もう動けるはずです」
 確かに、今まで凍りついたように全身に力を込めて硬くなっていた明菜だが、校医に促された全身は、痛みを忘れ、上半身を起こしていた。
 「少し、外の空気を吸いましょう。医者として最初で最後の勤めですから。患者もあなたが最初で最後。もう建物を明け渡す相手も見つけました」
 その顔に悔いは無かった。
 明菜はそろそろと身体をベッドから下ろし、校医に導かれるようにして部屋を出た。
 本当に小さな病院らしく、部屋の数はさほど多くない。人も、明菜と校医以外、いないらしく、院内は完全に静まり返っていた。
 入り口の扉は、すり硝子になっている。外の光が、院内に満ち、ただそこにいるだけでも癒されそうだった。
 その扉の前で、校医はなぜか一旦立ち止まった。そして軽く息を吐き出す。
 何かを、決意したかのようにして、彼女は扉を開けた。
 世界に、光が満ちた。
 明菜の目に飛び込んできたのは、水平線だった。真っ青な、何ものにも侵食されない碧水。
 その小さな病院は、高台の、海を一望できる場所にあったのだ。風が心地いい。空は晴れ渡っている。一面の緑が、周囲に広がり、太陽の光を浴びて、青々と揺れていた。
 世界は、滅びてなどいなかった。壊れてもいなかった。生き生きと、鼓動を刻んでいる。美しく、綺麗な世界。そこにいかなる邪悪が、悪意が、闇が、混沌が満ちていても、今、目の前にはそれらは何も無い。ただ光が、青が、緑が満ちている。命が鼓動を刻んでいる。たとえそれが虚飾だと嘲笑われても、目の見えるものだけを、今は大事にしたい気持ちだった。
 私も、世界の美しさなんて見せ掛けだと思っていた。今までは。でも、これからは・・・・・。闇の裏には光もある。死の裏には命もちゃんとあるんだって改めて思ったから・・・・。
 多くの死を、破壊を生み出した右腕に、あの禍々しさは今は無い。だが、今はそれでいい。この美しい光景に、そんな混乱はいらないんだ。
 太陽は、依然高い。その光もやがて、あの水平線の向こうへと沈んでいくだろう。そして、闇が訪れる。
 無明の闇が。
 私はまた、その闇へと帰る。それだけは確か。
 でも、今だけは。光がある今、この瞬間だけは、それを忘れよう。醜くも美しいこの世界の、美しさだけを抱きしめよう。
 風に押されるようにして、明菜は一歩を踏み出していた。その新しい一歩がどこへ繋がるのか。どこへ通じているのかは分からない。それでも、その一歩は、今まで踏み出してきたどの一歩よりも、確かな希望に満ちていた。


ついに、完成です。自身初の長編小説第一弾が。ずっと、自分はこのあとがきの最初の一文を、どういうテンションで書くのだろうと思ってきたけど、いざ書いてみると、なんとも凡庸な始まり、出だしになってしまった。捻りの欠片も無いな。
 本作品の原案は、もう三年以上前にはあった。その頃にはまだ、主人公の名前と敵の名前しかなく、具体的なストーリーも何も無く、さらには明菜の武器すら、違っていた。確か、最初の頃の彼女の武器は魔力を込めたマシンガンだったと思う。それが魔力を込めたチェンソーに代わり、今の魔力を込めた右腕へとなって落ち着いた。
 結局、最初の原案だけ考えるだけ考えて、ネタは大分ほったらかしで眠らせておいたのを、今になって引っ張り出してきたのには訳も何も無い。ただ、書いてみたくなっただけ。紅明菜の物語をちゃんと書いてみたくなった。
 副題の「怪魔園鬼文」も、元々はそのタイトルで独立した作品となる予定だった。大学時代の話だ。通っていた大学を少しいじって舞台にして、話を作ろうとしたが、結局頓挫してしまった。今回、学園モノということで、そのタイトルを流用した。第一弾を学園モノに据えたのに深い意味は無いが、どこかで頓挫してしまった学園モノにケジメをつけたかっただけなのかも。自分でもよく分からない。その辺りはたぶん、ノリだと。
 今回書くにあたり、大まかなアウトラインを考え、肉付けという形で本編を書き起こしていった。そのやり方を採用したおかげで、頓挫したり、収拾がつかなくなることは防げた。が、それでも完成までに一年近くかかってしまったのは、偏に、作者の力量と才能不足のせいである。元々、専業作家ではなく、堅気の仕事をしているので、時間的制約も多く、物語の前半は漫画喫茶に篭って書いていたので余計に時間がかかってしまった。中盤以降からパソコンを手に入れて、より手軽に書けるようにはなったが、筆はなかなか進まず、二、三行書いて一日の分を終えることも決して稀ではなかった。もし売文を生業としていたら、とっくに餓死していたかと思い、肝が縮まる思いだ。
 いずれにしても、作者の処女作品はここに生まれた。紅明菜の物語はそして、これで終わりではない。既に続編の企画が待機済みだ。さらに作者としては、別の作品の原案もどんどん生まれている。次に世に問う作品が、紅挽歌の続編であろうと、全く別の作品であろうと、その完成がいつになるかは未知数だが、書く題材と、エネルギー、体調であるうちは、自分は何かを書くことをやめることはないと思う。なぜなら、たぶん自分はそういう形に生まれたのだから。モノを書くという形に。



                                          †VIOLET ZAX†













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