7.King of 迷子
「……迷った」
わたしが辿り着いた先は小さなカフェ。
本屋に行くつもりだったのに、どこで道を間違えたのか…。
街にはまだ数える程しか来たことがない。
記憶もあやふやだし、知らない場所もまだまだ多い。
こんなことになるなら屋敷の誰かに一緒に来てもらえばよかった。
後悔先に立たず、とは正にこのことだろう。
「舞お姉さん?」
きょろきょろ辺りを見回していると、近くで幼い女の子のような声が聞こえた。
声の聞こえた方を見れば、すぐ後ろにわたしのことを見上げている少女がいた。
きっとこの子もビスクドールだ。背が低く、袖から球体関節が見えている。今まで逢ったビスクドール達は皆、そうだった。
カールのかかった金髪にサファイアのような青い瞳。
桃色のエプロンドレスを着て、頭にレースの付いた大きめの白いリボンを付けている。
「何か探してるのー?」
その少女は首を傾げる。
「えっと、本屋に行くつもりだったんだけど、道を間違えちゃったみたいなの」
「じゃあ、雛菊が案内してあげるよ。ほら、こっちだよ」
そう言って、わたしをぐいぐい引っ張って歩き出す。
「えっ?いや、あの…」
誰も道案内なんてお願いしてない。
案内してくれるのは有り難いんだけど、なんだか嫌な予感がするんだ。
根拠はない。でも、予感というものは嫌なもの程当たりやすい。
――大丈夫かな…?
†
「……」
わたしの予感は見事に当たった。
「…ねぇ、さっきもここ通らなかった?」
「そうだっけ?」
あれから、かれこれ一時間。
先程から同じところをぐるぐる……。
迷子だ。完璧に迷子だ。
「いつになったら着くのよ……」
彼女について行ったことを心の底から後悔する。
はぁ、と溜息をついた時、わたしの頬を一粒の水滴が流れた。
空を見上げる。
ポツポツと雨が降り出し、次第にそれは強くなる。
傘を持っていないわたし達はどんどん濡れていく。髪や服が肌に張り付き、気持ち悪い。
――最悪だ…。
「あれっ?雛菊やん。こんなところでどないしたん?」
特徴的なイントネーションが聞こえた。
少し離れたところに青年の姿が見える。
漆黒の髪に藍色の瞳。
黒いスーツをさらりと着こなし、薔薇のピアスを付けている。
彼の頭には何も生えていない。
ここに来て、獣耳のない青年に逢ったのは初めてだ。
わたしが知っている青年は皆、獣耳が生えている。猫に兎に熊と種類は豊富。
彼は何なのだろう?
取り敢えず、ぬいぐるみではなさそう。
「あっ、凪!」
雛菊は満面の笑みで手を振る。
彼はそんな雛菊を呆れたような目で見る。
「また迷子か?……ってなんで舞が一緒におんねん?」
「舞お姉さんをね、本屋に案内してあげてる途中なの」
雛菊がそういうと、彼に同情の目で見られた。
「ご愁傷様やな。本屋は反対の方向やで」
えっ、そうなの?と雛菊が首を傾げる。
「舞、雛菊にだけはついて行ったらあかん。こいつは超絶方向音痴や。ついて行ったら100%迷うで」
「雛菊は方向音痴じゃないもん!」
すかさず反論し、ぷくっと頬を膨らます。
「ずぶ濡れやし、取り敢えず、俺ん家来いへんか?すぐそこやねん」
彼は雛菊を完全に無視し、わたしに自分のさしていた傘を差し出す。
「貴方が濡れちゃうよ」
彼が差し出してくれた傘を丁重に断る。
もうずぶ濡れのわたしの代わりに彼が濡れる必要なんてない。
「ええから。早よ来いや。風邪引くで」
わたしに傘を押し付け、手を引いて歩き出す。
前から思っていたけど、ここの住人は強引な人が多いよね。
わたしの意志なんてお構いなしだもん。
「ほら、雛菊も早よ来いや」
「はーい」
†
「風邪引く前に早く着替えた方がええで」
家に着くとタオルと着替えを渡された。
「そこの部屋使ってええから」
彼はタオルでがしがし頭を拭きながら、すぐ近くのドアを指差す。
「あ、ありがとう」
部屋に入り、タオルで濡れた身体を拭き、貸してもらったワイシャツに手を通す。
――ちょっと大きいなぁ。
ワイシャツはぶかぶか。
ズボンも大きくて、ずるずる引きずってしまう。
ずり落ちそうなズボンをベルトで無理矢理止めて部屋を出た。
「あー、やっぱ大きかったなぁ」
わたしの姿を見て、彼は苦笑いを漏らす。
「まぁ、座ってこれでも飲みや。温まるで」
差し出されたのはココアの入ったカップ。
身体が冷え切っていたわたしは、有り難くそれを受け取った。
「ありがとう、凪…さん?」
確か雛菊がそう呼んでいた気がする。
「凪でええよ。さん付けで呼ぶのは止してや」
「うん、凪」
そう言うと凪は満足そうに笑った。
「それにしても雛菊に道案内されるとは不運やったなぁ」
確かに。
凪が来ていなかったら今頃もまだ、雨の中を彷っていたかもしれない。
「あいつの方向音痴は異常や。この前なんか、ひとりで出掛けたら三日間、帰って来んかった。自分の家がどこだかわからなくなったらしいで」
「えっ!?三日も!?」
しかも、自分の家がどこだかわからなくなるって……。
違う意味ですごいと思う。びっくりし過ぎてあいた口が塞がらない。
「探しに行くのはいつも俺や。ちょっとはこっちの迷惑も考えろっちゅーねん」
凪はぶつぶつと文句を言い出す。
その後、延々と雛菊の迷子伝説を聞かされ、気付いた時には雨はすっかり上がっていた。
|