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終わりなき夢を君に捧ぐ─World of the doll─
作:有栖川 咲



19.懐中時計



 コンコン

ドアを軽くノックすると小気味の良い音が廊下に響いた。

「黎月ー?」

ドア越しにこの部屋の主に呼びかける。

「……」


暫く待ってみたけれど返事はない。
少し考えた後、ドアノブに手をかけた。

「開けるよー?」

返事はないが構わず、ドアノブを回した。ガチャッという音とともに扉が開く。

えっ?勝手に人の部屋に入るのはよくないって?

そんなことは言われなくてもわかっているよ。
でも、以前こんなことがあったんだもん。


──黎月に急ぎの用事があって彼の部屋を訪ねた。だけど、ノックをしても呼びかけても返事がなかった。普通、部屋にはいないと思うよね?
だから他の場所を探しにいった。でも、どこにも見当たらなかった。

見つけられるはずがない。だって彼はずっと部屋にいたんだもん。ずーっと部屋で寝ていたの。

黎月は一度寝るとちょっとやそっとじゃ起きない。だからノックなんて気付きもしない。

あの日はなんだかどっと疲れたわ……。


という訳で、今回も部屋で爆睡中かもしれない。

えっ?寝ているかもしれない彼を起こしてまで何の用事があるのかって?

実はわたし自身は特に用事はない。姫桜に呼んでくるように頼まれたんだ。何の用事かは知らないけど。


「あれ?いないじゃん」

部屋の中を見渡しても黎月の姿は見えない。

――この時間ならきっと部屋にいるって姫桜が言っていたのになぁ。

仕方がないから他の場所を探そうと部屋を出ようとした時、『あるもの』が目に留まった。

その『あるもの』とは棚の上に無造作に置かれた懐中時計。

初めて黎月からのプレゼントを受け取った日のことが頭によぎった。

オルゴールを贈られたあの日、黎月のポケットから転がり落ちた懐中時計。懐中時計にわたしの手が触れかけた時、ひどく慌てていた彼。

なぜ黎月はあんなにも慌てたの?

わたしはそっと懐中時計に手を伸ばした。ただの興味本位だったの──。

懐中時計はわたしの手の中にすっぽりと収まった。蓋を開けてみると針は止まっていた。だけど、それ以外にこれといって変わったところは見られない。


――ん…?

暫く弄っていると蓋の裏に文字が刻まれていることに気が付いた。とても読みにくいが、ローマ字で何か書かれているようだ。

わたしは懐中時計を顔に近づけ、目を凝らした。

「…アサ…ク…ラ…メイ?……っわぁ!?」

刻まれている文字を読み終えたのとほぼ同時に今までピクリとも動かなかった懐中時計の針が突然、動き出した。それも逆回りに。まるで時間を遡るかのように──。



 カチカチカチカチ……



交差点に立つふたりの少女。
足を踏み出したわたしの少し後ろから聞こえたあの子の声。

【危ないッ!芽依!!】

強い力によって身体が後ろに傾き、そのまま尻餅をついた。
何が起きたのかすぐには理解できなかった。


耳に残る甲高いブレーキ音。


紅く染まる少女。


【──舞ッ!!】

少しだけ風の強い日に少女に降りかかった惨劇。
そうだ。あの日、本当はわたしが──死ぬはずだったんだ……。





「舞ッ!!」

肩を掴まれ、振り返らせられた。わたしの瞳と黎月の瞳がぶつかる。
彼によってわたしは現実に引き戻された。手の中を見れば懐中時計の針は止まっていた。

黎月はわたしの手の中にある懐中時計を睨むように見ている。


「…………舞…」

躊躇いがちに呼ばれた名前。わたしに向けられたものだけど、これはわたしのものじゃない。

「違う」

わたしは間髪入れずにそう言った。
名前を否定するなんておかしな話かもしれないけど、否定せずにはいられない。わたしは思い出してしまったから……。

「……」

黎月は何か言いたげだったけど、わたしのその一言で黙り込んでしまった。


「あの日、本当はわたしが死ぬはずだった」

唐突にこんなことを言い出しても黎月は驚かなかった。かわりに彼は悲しみに満ちたような表情になった。

「……舞」

黎月の瞳が、声がやめろと訴えかける。でも、わたしは話すことをやめない。

「車の信号無視だった」

「舞……!!」

彼の声が強くなる。だけど、わたしは話すことをやめない。

「あの子がわたしを庇ったの」

「舞ッ!!」

声が更に強くなる。それでも、わたしは話すことをやめない。

「わたしは『舞』じゃない。わたしは──」

「これ以上、言わないで……芽依」

強く呼ばれ続けた名前はわたしのものじゃない。弱々しく呼ばれたその名前こそがわたしのもの。

「……ねぇ、貴方は知っているの?」

黎月は口を閉ざし、答えてはくれない。


「貴女が望むのなら全て話しましょう」

後ろから聞こえた鈴を転がしたような声。答えたのは黎月ではなく別の誰か。

わたしは後ろを振り返った。ドアのすぐ近くに黒いドレスを身に纏った少女と白兎が立っている。


「……姫桜、真白」

「舞……いいえ、芽依。真実はすぐそこに。さぁ、選ぶのは貴女よ」



扉の向こうに真実があるのだとしたら、その扉を──


 開けますか?
  開けませんか?


真実に繋がる路があるのだとしたら、その路を──


 進みますか?
  進みませんか?



さぁ、真実はすぐそこに──。












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