1.黒猫
目が覚めたらそこは異世界だった──
そんなことあるわけない。
そんなの常識。
誰だってそう思ってるでしょう?
わたしだってそう思ってた。
そう、あの日までは──
†
――あれっ…?
気が付くと木の幹に背中を預けて、眠っていた。
なんでこんなところで寝ているの?
自分の部屋で本を読んでいたはずなのに……。
「…ここ、どこだろ?」
わたしはまだ重たい瞼を擦り、辺りを見渡した。
「なッ!?」
わたしは自分の目を疑った。
立ち並ぶ建物はどれもカラフルで可愛らしく、まるでお菓子の家みたい。
咲き乱れる花はなぜか薔薇ばかりで、木にはハートや星などの形をした実がなっている。
目の前に広がるのはかなりメルヘンな景色だった。
――ここ、どこよ…。
見当も付かない。
その場に呆然と立ち尽くす。
頬を撫でる風がやけに冷たく感じた。
「…何なの、ここは…?なんで…こんなところに…?」
聞こえるのは絶え間なく吹き続ける風の音だけで、わたしの問いに答えてくれる者は誰もいない。
――どうしよう…。
誰もいない。
帰り道もわからない。
急に不安が押し寄せ、わたしはその場にしゃがみ込んだ。
溢れそうになる涙を必死に堪える。
……!?
突然、肩に何かが触れた。ビクリと肩が揺れる。
「……舞?」
名前を呼ばれ、恐る恐る顔を上げる。
そこには青年がいた。
わたしより少し年上に見える。
18歳くらいかな?
黒髪に黒い瞳、服まで真っ黒。
首には赤いリボンが巻かれている。はっきり言って似合わない。絶対外した方がいいと思う。
そして、黒い猫耳と尻尾。
時々、揺れるそれは作り物には見えない。
「あぁ、やっぱり舞だ。大丈夫?」
彼は優しく微笑み、わたしに手を差し出した。
「あ、ありがとう」
一瞬、躊躇ったものの彼の手を取り、立ち上がる。
「あの…貴方は?ここはどこ?」
そう言った瞬間、僅かだけど、彼の顔が曇った気がした。
――あれっ?気のせいかな?
一瞬のことだったからよくわからない。
……きっと気のせいだ。
そういうことにしておこう。
今のわたしにそんなことまで気にしている余裕はなかった。
「俺は黎月。黒猫のぬいぐるみ」
……は?
聞き間違いかな?
今の発言はどう考えてもおかしい。
「…ぬいぐるみ?」
「そっ、ぬいぐるみ」
「……」
聞き間違いじゃなかったらしい。
どう見たって普通の青年。ぬいぐるみには見えない。
いや、猫耳が付いている青年は普通とは言えないか。
まぁ、それを踏まえてもぬいぐるみには見えないけど。
思いっきり怪訝な顔をしてしまったが、黎月は気にした様子もなく、そのまま話を続ける。
「んで、ここは…なんて言ったらいいのかな?あんたの元いた世界とは別の世界っていうか、次元が違うっていうか、そんな感じ?」
――疑問系で返されても…。
返ってきた答えはなんだか曖昧なものだった。
――もしかして異世界ってやつ?まさかそんなこと──
あり得ないと言い切れない。
わたしの瞳に映る景色はあまりにも日常からかけ離れている。
――ん…?ちょっと待って?そういえば──
「…ねぇ、なんでわたしの名前、知ってるの?」
黎月は確かにわたしの名前を呼んだ。
黎月とは会ったこともないはず。
彼がわたしの名前を知ってるなんておかしい。
「あんたが俺らのマスターだから」
「……は?」
……ますたー?
なんだ、それは。
全く意味がわからない。
「ここの住人はみんな、舞のこと知ってるぜ」
「……えっ?」
「ここにあんたのことを知らないやつはいないんだよ」
――わたしはこんなところ知らないのに…?
「じゃあ、そろそろ行こっか?」
ぽかんと口を開けて突っ立っていると、黎月は突然、そんなことを言い出した。
わたしの手首を掴み、強引に引っ張って歩き始める。
「ちょっと待って!行くってどこに!?」
唐突過ぎる。
わたしは急いで黎月を止めた。
「んー?」
黎月はゆっくり振り返り、笑顔でこう言った。
「俺ん家」
「は?」
話が飛び過ぎている。
いきなりの展開に頭が着いていかない。
「滞在先、決まってないだろ?」
固まっていると、黎月はまた、わたしの手首を引っ張って歩き始めた。
「ちょっと待ってよ!なんでいきなりそんな話になってるのよ!」
滞在先を探しているなんて一言も言ってない。
「まぁ、いいじゃん」
「よくないから!手、放してよ!」
「細かいことは気にしない、気にしない。ほら、早く行こ?」
黎月はわたしの話なんて全く聞かず、どんどん進んで行く。
手を放してくれる気はないようだ。
――わたし…ちゃんと元の世界に帰れるのかな?
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