14.sweet paradise
わたしがこの国に来て、だいぶ時間が経った。
ここにもすっかり馴染み、最初は不安や戸惑いばかり感じていたわたしが、今では、この国やここの住人に愛着を持つ程までになった。
街のことにも詳しくなり、以前のように迷うこともなくなった。
街を歩けば、多くの人が声をかけてくれる。
笑いかければ、笑い返してくれる。
それがとても嬉しい。
わたしは暇さえあれば、街に足を運んでいた。
†
「舞お姉さん!」
いつものように街を歩いていると、聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると、無邪気な笑みを浮かべた少女がわたしを見上げていた。
「こんにちは、雛菊」
凪の姿は見当たらない。珍しく雛菊ひとりのようだ。
ってことは、また迷子かな?
「今日はどうしたの?」
「あはっ、凪とはぐれちゃった」
予想的中。やっぱり迷子だったんだ。
きっと今頃、凪は街中を探し回っている。
呑気に笑っている雛菊を見ていると、凪が可哀想に思えてきた。
「ねぇ、舞お姉さん」
雛菊に軽く服を引っ張られた。
何?と尋ねると、雛菊は腕を伸ばし、右の方を指差した。
彼女の小さな指が指し示す場所には、白と桃色を基調とした可愛らしい建物がある。
「……ケーキ屋…?」
看板にでかでかとそう書かれているから間違いない。
「食べよっ!ここのケーキ、とっても美味しいんだよ!」
そう言うと、雛菊はわたしの返事も待たずに、ケーキ屋に向かい始めた。
――これはわたしも行くべきなのかな?
放っておく訳にもいかないので、わたしも雛菊の後を追ってケーキ屋に向かった。
甘い香りで満たされた店内のショーケースには可愛らしいケーキやタルトがたくさん並んでいる。
この店は持ち帰りも可能だけど、雛菊の口振りからすると店内で食べていくということだろう。
店員に案内して貰い、席に着いた。
メニューを開けば、ショーケースに並んでいたものは勿論、他にもたくさんのケーキやタルトが載っている。
「どれにしよっかな♪」
雛菊は、それはもう嬉しそうにメニューを眺めている。
わたしもメニューに目を通した。
こういうのってなかなか決められない。迷い出すと切りがないのだ。まぁ、一言で言えば優柔不断ってこと。
たっぷり時間をかけて、漸く何を頼むか決めることができた。
わたしが頼んだのは、苺、ラズベリー、ブルーベリーがふんだんに使われたベリーのタルトと紅茶。
そして、雛菊が頼んだのは──。
「ショートケーキとチョコレートケーキとレアチーズとモンブランと洋梨のタルトと……」
――って、いくつ食べる気だよッ!
「アップルパイと苺のシフォンケーキと……」
注文はまだまだ続く。
流石にこれには店員さんも唖然としている。
「……フルーツロールとティラミス!」
やっと雛菊の注文が終わった。その数なんと二十個。
「い、以上でよろしいですか?」
――店員さん、笑顔引きつってるよ……。
数分後、次々にケーキが運ばれ、テーブルの上は大量のケーキで埋め尽くされた。
雛菊はたくさんのケーキを目の前にして、キラキラと瞳を輝かせている。
「いっただっきまーす!」
雛菊は弾んだ声でそう言うと早速、ショートケーキを食べ出した。
「いただきます」
わたしもタルトを一口、口に運んだ。
「わぁ、美味しい」
「でしょー♪」
嬉しそうに笑う雛菊は、もうショートケーキを食べ終えたようで、二つ目のケーキに手を伸ばしている。
いつの間に食べ終わったんだ!?わたしなんてまだ一口しか食べてないのに。
雛菊はハイペースで食べ続け、わたしが食べ終わる頃には、たくさんあったケーキの半分以上が姿を消していた。
決して、わたしが遅い訳じゃない。雛菊が早過ぎるんだ。
程なくして全てのケーキがなくなった。
あれだけ食べておいて、雛菊はまだ食べたそうな顔をしている。
ブラックホール並の胃袋はケーキ二十個くらいじゃ満足できないみたい。それにしてもあの小さい身体のどこにあれだけの量が入るのか本当に不思議だ。
「もっと食べたいけど、お金がなぁ……」
雛菊はそれはもう残念そうな顔をしている。
お金があったらここのケーキを全て食べ尽くしてしまうんじゃないだろうか。……雛菊ならやりかねない。
でも、とりあえずお金のことはちゃんと頭の中にあったみたいだから少し安心した。実はちょっと心配だったんだ。考えなしに注文したんじゃないかって。
だって、二十個も頼んだんだよ?軽く一万円は超えているんだよ?
そんなの代わりに払いたく……ううん、払えない。
「雛菊、そろそろ行かない?」
これでも雛菊は迷子中。きっと凪が探しているであろう時にいつまでもこんな所でのんびりしてるのは、凪に悪い気がする。
「うん、行こー!」
わたし達は会計を済ませるためにレジへ向かった。
「支払いは別でお願いします」
「かしこまりました」
自分の分を支払い、お釣りを受け取った。
「次のお客様──」
「あれー?」
『どうぞ』と続くであっただろう言葉は雛菊の間の抜けた声に遮られた。
「あはっ、お財布忘れて来ちゃった」
――えっ…?
あはは、聞き間違いかなぁ?
今、とんでもないことが聞こえた気が……。
「雛菊……今、何て言った?」
「家にお財布、置いて来ちゃった」
雛菊は脳天気に笑っているけど、これは笑い事じゃないぞ。
わたしの現在の所持金は三千円。とてもじゃないけど、払えない。
今日は買い物をする予定がなかったから大してお金を持って来なかった。
――く、食い逃げ…!?
一瞬、いけない考えがよぎった。いくらなんでも食い逃げはダメだよ、わたし!
「もう、どうするのよぉぉ!」
†
結果から言うとわたし達は食い逃げをしなくて済んだ。
雛菊を捜索中だった凪が偶然、店の前を通りかかったのだ。
雛菊の分は凪が払い、一件落着となった。
雛菊はその後、凪に散々怒られたみたいだけど、これは自業自得だよね?
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