10.赤いリボンの理由
「く、黎月…?」
時が止まってしまったかのように彼は動かない。
わたしは黎月の腕の中に閉じ込められたまま。
彼の表情を窺うことは出来ない。
――貴方は今、何を考えているの?
「黎月?」
もう一度、彼の名前を呼んだ。
今度は少しだけ腕の力が緩んだ。
「落ち着いた、舞?」
わたしの顔を覗き込み、いつもの笑顔を見せる。
「へ?…う、うん」
「そっか」
わたしはやっと彼の腕の中から解放された。
声もいつもの調子に戻っている。
さっきまでの黎月は、明らかに、いつもと違う様子だったのに……。
いくら見ても、わたしの瞳に映るのはいつもと変わらない黎月で──。
黎月は何か隠しているんじゃないか。
そんな考えが頭によぎり、わたしは彼を見上げたまま、ピタリと動きを止めた。
そんなわたしを見て、黎月も動きを止める。
自身の瞳に互いの姿を映したまま、わたし達はどちらも動かない。
お互い、何も喋らず、静かな時間が過ぎて行く。
全てのものの時間が止まてしまったかのように、何も動かない。何も聞こえない。
「なぁ、ベンチにでも座ろうぜ。疲れただろ?」
沈黙を破ったのは黎月。
この雰囲気を打ち破るかのように明るい声でそう言った。
†
わたし達は薔薇園に備え付けられているベンチに移動した。
それにしても、あれは何だったんだろう。
わからない。だけど……
怖かった。
悲しかった。
苦しかった。
あの時、黎月が呼んでくれなかったら──。
「舞、どうしたの?考え事?」
「…えっ?ううん、何でもないよ」
『そう?』と聞いてくる黎月の瞳は、僅かだけど、不安そうに見える。あの時と同じように。
「何でもないから」
明るい声でもう一度『何でもない』と繰り返した。
にっこり笑う。彼の不安を取り除くように。
さっきのことを考えるのは止めよう。
きっと考えない方がいい。そう、自分に言い聞かせる。
何か関係のない話でもして、気を紛らわそう。
「ねぇ、その首に巻いてあるリボン、外したら?」
「……はぁ?」
混乱中の頭で精一杯考えて、出た言葉がこれ。
行き成り、素っ頓狂なことを口走ったわたしに黎月が訝しげな目を向ける。
自分でも、なんでこんなこと言ったのか、よくわからない。
とにかく何か気の紛れる話を、って思って考えた結果、口から出た言葉がこれだったんだ。
「…なんで?しかも、行き成り過ぎるだろ」
「いや、似合わないなぁ、と思って…」
あっ……つい、本音が……。
パッと口を押さえるも、時すでに遅し。
言ってしまった言葉は戻らない。
「…ひっでぇ」
「ご、ごめん…」
俯くと、ぽんっと頭に手が置かれた。
「いいよ、知ってるから」
黎月の思いがけない言葉に、わたしは目を丸くする。
「……えっ?」
「自分でも似合ってないって知ってるんだ」
肩を竦め、苦笑いする。
「でも、これは外さない」
「なんで?」
「これは、大切なものなんだよ」
黎月は話しながら、首に巻かれたリボンの端をくるくると指に巻き付けている。
「これは、──が巻いてくれたものだから」
――えっ…?
黎月の声は小さく、一番大事な部分が聞き取れない。
――貴方は今、誰の名前を呼んだの?
「なぁ、そろそろ屋敷に戻ろうぜ。肌寒くなってきた」
日が沈みかけ、辺りは薄暗くなってきた。
少し肌寒さを感じる。
もうすぐ、夕空から星空へ変わる。
「ほら」
黎月はわたしに手を差し出す。
「うん」
わたしは黎月に手を引かれながら、屋敷への道を歩いた。
†
俺は部屋に入ると、明かりもつけずにベッドに突っ伏した。
柔らかい枕に顔を埋める。
月明かりが差し込み、部屋の中は仄かに明るい。
「……はぁ」
今日のことが頭の中を駆け巡る。
思い出さないで。
忘れたままでいて。
何も知らないまま
ずっとここに──。
それが、君の幸せ。
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