甘めです。バレンタインですから~(笑) でも微糖かも~(汗) 招夏
番外編 バレンタイン☆企画
徐々に心細くなっていく気持ちを励ますように、風花はぐっと手すりを握りしめる。
「風花、大丈夫か?」
尚吾の心配そうな声も、風花に届いているのかいないのか、返事はない。
「やだ、やだやだ、お願い尚吾ぉ~動かないでっ」
「大丈夫だよ。ゆっくり動くから」
尚吾が苦笑する。
「やだってばっ、怖いのっ、ぜーったい動かないでっ」
「分かってるよ。そんだけ怯えてれば、怖がってることくらい……」
尚吾は、言葉とは裏腹に素早い動きで、風花の隣に腰かけた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ、揺れたっ!揺れたよ~、落ちるぅぅぅぅぅ」
「大げさ過ぎだろ……」
地面は遥か遠く、足元の小さな床は尚吾が移動したことで、頼りなく前へ後ろへ――揺れる。
「下ばかり見てるから怖いんだよ」
突然後ろから頭を掴まれて、無理やり視線を上げられる。臨海公園の緑の向こうには、海の中に横たわる人工の渚、更に遠くに視線を投げると、マッチ箱のようなビル群の向こうにぼんやりと霞む富士山が見渡せた。
「あれっ?富士山が見える?」
目を見張って喜んだのも束の間、自分が乗っている観覧車のゴンドラが、後少しで頂上にさしかかろうとしていることに気がついた。
「……ショーゴ……」
風花がゴクリと唾を飲み込んで、指をさす。
「お、そろそろ頂上だな」
今まで進行方向にあった前の人のゴンドラが、どんどん下に沈んでいく。前にも後ろにも視界を遮るものがどんどん無くなって、やがて、ぽんっと空中に放り出されそうだ。あまりの心細さに、風花は後ろに座っている尚吾にしがみついて、ギュッと目をつぶる。
「おいぃ、せっかく頂上なのに見ないのか?」
苦笑しながら、尚吾が耳元で囁く。
「頂上通過したら教えてっ」
風花は尚吾の胸に顔を埋めながら懇願した。
誕生日にどこかに出かけようと言われたので、水族館に行きたいとリクエストをしたのは風花だった。水族館と同様に公園内にある観覧車に乗ってみたいと言い出したのも、風花だった。だから、文句を言う筋合いも、権利もないことは重々承知の上だ。しかし……
――こんなに観覧車って、怖かったっけ?それとも私、急に高所恐怖症になっちゃったの?
「なぁ、風花、今年のバレンタインは、俺、何かもらえるのか?」
苦笑気味に風花の髪を撫でていた尚吾が、ふと思いついたように耳元で問いかける。
「え?なになに?何か欲しいものがあるの?」
意外な質問に、風花が顔を上げると、ちょうどそこが観覧車の頂上だった。
「あ、あ、あ……」
――空中に放り出されるっ
「目を閉じて……」
尚吾の唇が、風花の額から鼻をつたって、更に下降する。
「え?あ……」
「目閉じろよ」
耳元で囁かれて、風花は思考がフリーズする。いつだって、どこだって、尚吾のキスは風花の思考を停止させてしまう。
初めてバレンタインデーにチョコレートを上げた相手は、聖ちゃんだった。聖ちゃんが雪組で風花が星組。幼稚園が終わった後の園庭で、母と一緒に作ったチョコレートを渡して、その時に結婚の約束をした。
「ねぇ、ママ、チョコレートを作りたいんだけど、作り方を教えてよ~」
風花は、台所でチョコレートを溶かしている母親に話しかけた。
「チョコレートの作り方なんて、今更ママに聞くことでもないでしょうに」
クスクス笑いながら、母親は生クリームとチョコレートを手早く混ぜ合わせる。
「初めて作ったチョコレートを作りたいの。ほら、幼稚園の時に一緒に作ったでしょう?聖ちゃんに渡したじゃない」
「聖ちゃんに?んー?あら?あれ、確か渡していないでしょ。聖ちゃんに……」
「え?」
――なんですと?
去年のバレンタインデーは、大学受験まっただ中だった。何も受け取らないからなっ、と尚吾には言わたされていたので、結局、何もあげないままだった。今年は、絶対何かプレゼントしようと、風花は張り切っていた。
「え?渡してないって……でも、作ったよね?あの、心が元気になるチョコと、心がほわほわになるチョコと、頭が良くなるチョコ……」
「良く覚えてるのねぇ、そんなの」
母親は面白そうに声を上げて笑った。
「ほらぁ、やっぱり作ったんじゃない。ちゃんと渡したよ。園庭でさ、たっくさん雪が降ってて、ダイヤモンドダストが光に当たってキラキラしてさ……」
「ちょっと、風花、関東でダイヤモンドダストなんて見られる訳がないでしょ?それに、あなたが幼稚園の頃のバレンタインデーに雪が積もったことなんてあったかしら?」
母親は怪訝そうな顔で首を傾げる。
――そう言われれば、そうだ。いくら寒くて雪が降る日だったとしても、関東でダイヤモンドダストが見られるはずがない。どうして今まで、気づかなかったんだろ……
自分の間抜けさに唖然とする。
「じゃあ、作ったチョコ……どうしたんだっけ?」
自分で食べた記憶はなかった。あるのは、誰かに渡した記憶だけ……
――あれは聖ちゃんだったと思っていたんだけど……
「あー、思い出したわ。あのチョコを作った次の日、バレンタインデーに、あなた風邪をひいたんだわ。すごい熱で……そうそう、思い出した。風邪をうつすことになっちゃいけないからって、あのチョコレートはうちで食べたのよ。聖ちゃんの分は、お兄ちゃんが食べたと思うわよ?」
「え~?」
――じゃあ、渡したと思っていたのは、どうして?
辺り一面、真っ白な雪景色。薄闇の中に、背高のっぽの後ろ姿が見えた。雪かきをしているようだ。風花は、にんまりほほ笑んで駆け寄る。あんなに背高のっぽの男の子は、幼稚園では他にいない。あれは、きっと聖ちゃんだ。だけど、呼びかけて振りかえったその顔は、スキーウェアのような重装備で、ほとんど見えなかった。
――あれ?聖ちゃん?……だよね?
『あのね、チョコレートを作ったの~。あげるっ』
風花は、チョコレートが入った真っ赤な箱を取り出して差し出した。
『いらない』
男の子は雪かきをやめて、一瞬その真っ赤な箱を見たが、すぐに不機嫌そうにそう言うと、再び雪かきを始めた。
『ど~して?』
風花は慣れない雪に四苦八苦しながら、男の子が雪をかいている前方へ回りこむ。
『どーしても』
声の調子から推測するに、不機嫌さが増しているようだ。しかし風花は構わず、用意していたチョコレートの箱の蓋を開けて、嬉々として説明する。
『これはね~、心を元気にするチョコレートなんだよ~。疲れてる時にいいんだって~。ほら、食べてみて?』
風花はチョコを一つ取り上げて、背伸びをすると、男の子の口に押し込んだ。
『ど?元気出た?』
風花は男の子の顔を覗きこむ。
『うへっ、甘過ぎ……これは?これは、どんな効果があるんだ?』
ムッとしながらも、男の子は隣の丸っこいチョコレートを指差す。
『こっちは、心をほわほわにするチョコレート~』
男の子は、なんだ?それ、と言いつつ、その丸いチョコレートを口に放りこんだ。
『なーんだ、マシュマロ入りってだけじゃん。これも甘過ぎっ』
男の子は眉間にしわを寄せる。
『一つじゃ効果がでないんだよ、きっと……』
喜んでもらえると思って作ったチョコレート。どれも気に入ってもらえないようだと、風花はだんだん悲しくなってきた。
『……こっちは?』
しゅんと俯く風花に、男の子は少し気まずげに問いかける。
『それは頭が良くなるんだって……』
『んじゃ、おまえも食べろ』
男の子は、自分の口に放り込むと、風花の口にもチョコレートを押し込んだ。
『ん?これは、うまい』
初めてもらった良い感想に、風花はぱっと顔を上げてほほ笑んだ。
『おい、こっちに来てみろよ』
『ん?なになに?』
男の子は風花の手をとると、サクサクときめの細かい雪を踏んで、外灯が明るく灯った光の下へ誘導する。
――あれ?何?これ……
今までは薄闇だったので気づかなかったのか、明かりの下には、細かく細かく砕いた水晶のような結晶が、
ちらちら ちらちら
ちらちら ちらちら
それこそ数え切れないほど舞い踊っていた。
『なぁに?これ、きれい~』
水晶の欠片は、風花の頬にあたった刹那、すん、と融ける。体は寒いのに顔が熱かったので、頬に当たる水晶の欠片が心地よい。
『ダイヤモンドダストだ。キレイだろ?』
『ダイヤモンドダスト?』
『おまえにやる。チョコレートの礼だ』
寒さで頬を真っ赤に紅潮させた男の子が、照れ臭そうにそう言う。
『ありがと~』
風花はにこっと笑んだ。
風花は真夜中に、にこっと笑った顔のまま目覚めた。
――そうだ……思い出した……あれは……やっぱり夢だったんだ……
心が元気になるのは、お日様をたくさん浴びて実ったパイナップルを包んだチョコレート
心がほわほわになるのは、ほわほわなマシュマロを包んだチョコレート
そして、頭が良くなるのは、胡桃をコーティングしたチョコレート
一生懸命作ったのに、渡せなかったチョコレートたち……
今年のバレンタインデーはとても冷え込んでいた。温かな尚吾の部屋で、風花は珈琲を淹れる。
「はい、今年は手作りチョコレートと手編みのセーター」
準備したのは、夢の中と同じ赤いハートの小箱。
「……俺がチョコレート好きじゃないの知ってて、わざとだな?」
風花が編んだオフホワイトの手編みのセーターを着た尚吾は、軽く眉間にしわを寄せる。
「うん、わざとだよ~」
風花はパイナップルを包んだチョコを尚吾の口につっこむ。
「ううう……しかも凄まじい甘さ……」
チョコを一噛みした途端、尚吾が呻く。
「ねぇ、元気になった?なった?」
風花はにんまりしながら、翡翠色の瞳を覗きこむ。尚吾は顔を顰めたまま、ブラックコーヒーをがぶ飲みした。
「……おまえは、これを食べた方がいいな」
そう言って、尚吾は胡桃チョコを風花の口に突っ込んだ。
「え?……どうして……」
――え?まさか……
「その脳みそチョコを食ったら、少しは頭が良くなるだろうと思ってさ」
尚吾の言葉に、風花は目を見開く。
『んじゃ、おまえも食べろ』
夢の中の男の子の声が聞こえた気がする。
「も~、脳みそ、じゃ、ないよ。胡桃、だもん」
胡桃チョコをもごもご咀嚼しながら、風花が文句を言う。
「んじゃ、俺からもプレゼントだ。ホワイトデーには、俺、外国に行く予定になってるから、今のうちに渡しとく」
尚吾はグレーの布に包まれた、箱を取り出した。
「……これ……なに?」
風花は驚いて目を見張る。
「開けてみろよ」
中には、メレダイヤを散りばめた雪の結晶と黄緑色のペリドットがついたピンキーリングが入っていた。
「うわっ、きれい~」
「貸してみろ」
そう言うと、尚吾はピンキーリングを風花の右手の小指にはめた。
「右手の小指にはめるとお守りに、左手の小指にはめると願い事が叶うんだそうだ」
「じゃあ、これはお守り?」
「……好きな方につければいい」
尚吾は照れ臭そうにぷいっと視線をそらす。
「ううん、このままがいい。こっちがいいよ~」
ペリドットは八月の誕生石、八月は尚吾の誕生月だ。尚吾に守ってもらってるそんな気がした。
「それ、ダイヤモンドダストっていうんだそうだ。雪の結晶がついてるだろ?」
「え?……ありがと……すごい……嬉しいよ」
風花は、お礼を言いながら、呆然としていた。指の先までドキドキしてくる。頬が熱くて仕方がなかった。
夢の中の男の子が、ダイヤモンドダストを見せてくれたその後に、言ってくれた言葉は、誰にも内緒だ。だけど、いつか尚吾に言ってもらえたらいいなと、風花は心底思う。
「ありがと~尚吾。だいすきっ」
風花は尚吾を抱きしめた。
――小学校の頃に、夢の中に出て来た、少し風変りな女の子、その女の子が少し君に似ていたと言ったら、君は怒るのかな?
ノルウェーで祖母にひどく叱られてふて寝した夜の事だ。その女の子は、夢の中でしつこくチョコレートを勧めてきた。最初はイライラしていたのに、会話を交わしているうちに、夢の中でさえしこりのようにわだかまっていた怒りが、いつの間にか解けていた。
最後にその女の子に言った言葉を、いつか風花に言えたら良いと、そう思う。
――ゆっくり、ゆっくり、二人で同じ時を過ごして、たくさんの事を乗り越えて、いつか君を幸せにできる、そんな自信がついた時、俺はその言葉を、きっと君に言うよ。
風花を抱きしめ返しながら、尚吾は風花にキスの雨を降らす。艶やかな髪に、柔和な額に、ふっくりした頬に、華奢な手の中指に、花びらのような口びるに……
ダイヤモンドダストがキラキラ降り注ぐ冷えた空気の中で、男の子は高らかに宣言する。
『よしっ、おまえを俺の嫁にしてやるっ』
少しポカンとした顔の女の子は、次の瞬間、
『うんっ、約束ねっ』
と言って、真夏の太陽みたいに笑った。

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