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第十八話 SAKURA☆SAKURA (二ノ宮陸也視点)
 桜満開、花吹雪。外は明るい光が溢れている。無事、三年になることが決まった俺、二ノ宮陸也は、桜の花びらが舞い落ちる歩道を足取り軽く歩いていた。

「今日はこの後出かけるけど……」
 尚吾のマンションに立ち寄ると、尚吾は開口一番そう言った。
「どこに?」
 俺は怪訝な顔をして尚吾を見つめる。
「図書館」
「なんで?」
 春休みなのに図書館かよ。俺は片眉をあげる。
「おまえこそ、今日は家庭教師のバイトはないのか?」
「拓也が風邪ひいて、今日は休むってさ」
 拓也は俺が家庭教師をしている中学生で、今年高校受験だ。
「逆に、俺はサービス家庭教師だ」
 尚吾は苦笑しながら言った。
「風花ちゃん?図書館で勉強するのか?」
「まあな」
「おお、俺も図書館行く行く。風花ちゃんと初対面」
「ええー、おまえ行くの?」
「なんだよ、その顔。俺が行くと邪魔なのかよ」
「いや、別にいいけどさ」

 尚吾は少し変わったやつだ。他人と関わることを妙に避ける傾向がある。かと思えば、理不尽な態度をとる人間には、その相手が例え講師であっても、真っ向勝負する(反抗して喧嘩を売ると言い換えてもいい)。だから尚吾を変人だと言うやつもいるが、なんだかんだで評判はいい。正義の味方みたいに言うやつもいる。
 他人と関わることを避けることについて、ついこの間、尚吾と話した。
「おまえ、虫好きな方?」
 その話題を振った俺に、尚吾は言った。
「子供のころは良く捕まえたよ。蝉とかバッタとか蝶々とか」
 俺は怪訝に思いながらも、子供のころの自分を思い出して返答した。俺は昔虫小僧と呼ばれるくらい、虫好きだった。単に、息をころして捕まえる瞬間の、あのスリルが好きだっただけかもしれないけど……
「俺も昔は好きだった。今でも、透き通る翅で空中を滑空するトンボや、複雑な模様の甲虫を見るのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも、今は正当な理由がない限り関わりたくない」
「なんで?」
「脆いからだ。すぐに潰れる、すぐに千切れる、あっけなく死ぬ」
「まぁ、そりゃそうだが……」
 それと他人と関わることとどんな繋がりがあるのか。こいつ俺の質問聞いていたのか?と疑問に思い始めた頃、尚吾はぽつりと呟いた。
「人も同じだ。こうすれば、こう言えば、確実に傷つけないという保証がない。俺の何気ない一言が、誰かを傷つけるかもしれない、死に至らしめるかもしれない、そう思うと怖い……」
「……」
「だから、俺はなるべく傷つかなそうなやつ、死にそうにないやつと付き合ってきたつもりなんだ。その筆頭がおまえだな」
「なんだよそれ」
 俺の不満げな顔に、尚吾は小さく笑った。
「……もしかして、だから芹香と付き合ったのか?」
 安藤芹香は尚吾の元カノで、去年のクリスマス前に尚吾を振った女だ。ものすごい美人だけど、上昇志向が強くて、勝気。俺の苦手なタイプだ。
「そこまで考えて付き合ったかどうかは、自分でもよく分からないな」
 尚吾は少し考え込んでからそう言った。
「いや、そうだ、そうに決まってる」
 俺は勝手に決め付けると、何度も頷いた。
「そうかもな」
 尚吾はクスリと笑って続けた。
「芹香は俺の母親の事業に目を付けていたんだ。インテリアデザイナーの資格をとる勉強をしてるって言ってたしな。そういう打算的な理由で近づいてくれる方が、俺としては楽で良かったのかもしれない。傷つけたとしても、あまり良心の呵責を覚えずに済む」
「……おまえの心、実は真っ黒なんじゃないか?」
 俺は遠い目になる。
「だけど、風花は違う。あいつの打算なんて高がしれてて、あいつが望むものなんてビックリするくらい無邪気なものなんだ。だから逆に、俺はあいつが怖い。羽化したばかりの蝉とかトンボとかそういうものに共通する脆さや危うさを感じてしまう」
「羽化したばかりの蝉……ねぇ」

 尚吾は、風花ちゃんと初めて会ったクリスマスイヴの話もしてくれた。
「へぇー、あこがれの彼にドタキャンされてねぇー」
 俺は感心する。
「俺だったら、そんな子ドタキャンなんて絶対しないね。抱きしめて離さないな、そんなところを見ちゃったら」
 そう言う俺を、尚吾はあきれたように見つめた。
「あいつがそんな事態になってるって知ってたら、その相手のやつだって風花を放ってはおかなかっただろうさ。幼馴染なんだし。怖いのは、そんな事態になっていることに気づけないかもしれないってことだ」
「おまえさ、心配症過ぎないか?」
「……」

 俺は、羽化したばかりの蝉みたいだと尚吾に言わせるその女の子にずっと会ってみたかった。しかし、今までなんだかんだで機会がなかったのだ。

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