ティンカーベル −D‐4 番外編−(7/7)PDFで表示縦書き表示RDF


ティンカーベル −D‐4 番外編−
作:和 貴



最終話 ティンカーベル


 緊急事態きんきゅうじたいのブザーが船内にひびいた。
 機関きかん後部こうぶから火の手が上がり、ほのおまたたく間に燃料庫ねんりょうこへと向かって燃えひろがる。
「もうこの機体は駄目だめだ。総員退避そういんたいひ!」
護衛機ごえいきは何をしている!」
 状況把握じょうきょうはあく困難こんなんになり、情報が交錯こうさくした。
 つい退艦たいかん命令がり、大型輸送機のレティシアがとされた。
 離陸直後に惑星(ルウラ)奇襲きしゅうったのだ。
 燃えさかる巨大な炎のかたまりが、緑のジャングルへと失速しっそくして行く――
 
 軍の最後部にいていたエステル達特殊戦闘機部隊は、惑星(ルウラ)の思わぬ猛攻もうこう苦戦くせんいられていた。

 (連邦軍)派兵はへい当初とうしょの目的は、資源争奪しげんそうだつの内乱から惑星ルウラ全土に拡大してしまった戦争の終結しゅうけつであった。が、いつの間にか連邦軍までもが資源争奪戦に参戦し、深入ふかいりしてしまったのだ。
 調停ちょうていする立場にあった連邦軍の参戦や、さらにはこの惑星(ルウラ)での「神」的存在である有翅族(メーヴ)の少女を殺害した事実が発覚はっかくし、連邦軍に対する反感はんかんは日を追ってすばかりだった。
 状況じょうきょううれえた地球連邦軍の幹部かんぶ撤収てっしゅうする道を選んだ。
 連邦軍を敵にまわす事で、内乱をきわめていた惑星(ルウラ)は皮肉にも一つにまとまりつつあったのだ。

 エステルは、連邦軍の味方機に「特攻とっこう」して来る敵機に恐怖をおぼえた。
 しつよりも膨大ぼうだい物量ぶつりょう投与とうよして、有翅族(メーヴ)冒涜ぼうとくした連邦軍を壊滅かいめつさせる心算つもりだ。
 エステルは手馴てだれの二機にしっかりとマークされ、何度もロックオンされていた。A・Iであるシャラのダミー機も、敵機七機を同時に相手していた。
 ミサイルの追尾妨害ついびぼうがい用チャフも底をき、機銃の残弾ざんだんすで心許無こころもとなくなっている。
―「後方こうほうより熱源ねつげん接近せっきん!」
 追尾装置ついびそうち搭載とうさいのミサイルだ。
 エステルは切り立った深いがけの間に『ティンカーベル』を向かわせた。彼に執拗しつよういていた二機は姿を消している。
 進路方向上部のがけを機銃でくずし、後方からの熱源をかろうじて回避かいひした。
―「もう一発来ます!」
「了解」
 しかし、げけへの侵入しんにゅうは『ティンカーベル』の通信を遮断しゃだんしてしまい、シャラが操作そうさしていた七機のダミーは一瞬いっしゅんにして撃沈げきちんされる。
 報告を受けたエステルはあせりの色をにじませた。
 深いがけの間は時折急にせまくなり、水平飛行が出来ない場所もいくつかある。エステルは機体をローリングさせながらたくみにかわして行った。
 低気圧ていきあつが近付いて来ている。
 暗雲あんうんはたちまち低くれ込め、雷雲らいうんび、目視もくし確認かくにん困難こんなんなものにしていた。

 どのくらいの時間がぎたのだろう?
 十数機、いや、何十機をとした『ティンカーベル』だが、流石さすがに無傷では居られなかった。
 極度きょくど緊張きんちょうはエステルの自律神経じりつしんけい徐々じょじょに狂わせ始めていた。
―「エステル、心拍数しんぱくすうが異常に上がっているわ。大丈夫?」
 彼の心拍しんぱく呼吸こきゅう、体温等のヴァイタルチェックが波形はけいになってモニタに映されている。
 シャラの気遣きづかいはうれしかったが、正直しょうじき、後から次々といて出る敵機の多さに、もはやお手上げの状態だった。
―「エステル中尉、聞えますか?」
 その通信は補給部隊からの連絡れんらくだった。

「また随分ずいぶんられたな?」
 臨時りんじ補修ほしゅう整備せいびされている、傷付いた『ティンカーベル』を見上げて補給ほきゅう部隊のダグラスがエステルに声をけて来た。
 エステルは固形食こけいしょくを無理矢理イオン水で流し込むと、立ち上がって軽く頭を下げる。
「ダグラスさん、助かりました」
「まぁーだ安心するのは早すぎるぞ?」
 ダグラスの言葉にエステルも気を引きめてあごを引く。
「上のおえらいさん方の団体はそろそろ危険空域きけんくういき離脱りだつしたころだ。さっき連絡れんらくがあった。向こうも大分だいぶ被害ひがいが出ているそうだ。コッチも愚図々ぐずぐずしてはられん。取り残されでもすれば大事おおごとだからな」
「ええ」
「エステル」
 搭乗支度とうじょうじたくをする彼を、ダグラスはび止めた。
「はい?」
もどって来いよ」
 エステルはその言葉に表情をやわらげる。
 そして真顔まがおもどり、黙ってダグラスに敬礼けいれいした。

 補給ほきゅうえた『ティンカーベル』は味方機をしたがえて再び出撃した。
 眼前がんぜんくす敵機の多さに、交戦こうせんするエステルは弱音よわねいた。
「なあ、シャラ」
―「何です?」
「この争いの大元おおもと火種ひだねは、「神」であるお前の奪還だっかんだと聞かされたよ」
―「……」
「俺が此処ここで彼等に投降とうこうして、お前を彼等に返せばおさまるのかな?」
―「無理だと思います」
「どうして?」
―「貴方あなた投降とうこうしたとしても、きっと命の保障ほしょうはありません」
「俺なんかどうなってもい。お前がもどりさえすれば……」
―「言わないで!」
 シャラはかなしそうにエステルの言葉をさえぎった。
―「私が「神」であるかどうかを今、ただしている場合ではありません。それに、もう私は『ティンカーベル』です」
「……そうだったな」
 勝手な都合つごうで『ティンカーベル』に生体融合せいたいゆうごうさせておいて、今更いまさら何を都合つごうい事を思いいているのだろうか。
「シャラ……すまない」
 エステルは無責任むせきにんな言いようじた。

「シャラを「神」だと言うのなら、いっそその能力を見せてやる」
 エステルは、非公開で行った最終テストを此処ここでも実行する心算つもりだった。
―「あの時は対象たいしょう静止せいしした状態でした。でも、今度は移動しているのでしょう?一瞬いっしゅんでも計算がおくれれば……」
 シャラはあまりり気ではない。
大丈夫だいじょうぶだ。シャラなら出来るさ」
 エステルはそう言ってシャラのA・Iカメラに微笑ほほえんだ。
 その笑顔がシャラを勇気ゆうきける。
―「がっ、頑張がんばりますっ!」
「了解。いい返事だ」

―「此方こちら『ティンカーベル』全機、補給機ほきゅうき最後部さいこうぶ防衛ぼうえいラインまで後退こうたいせよ」
 味方機がエステルの通信をけて次々に方向転進ほうこうてんしんをして行った。
 き上がる暗雲あんうんの様な敵機てききが、一機だけ残った『ティンカーベル』に向かってし寄せて来る。
「これで燃料の半分がきるな」
 ほんの少し、不安になった。

 エステルは何の躊躇ためらいも無く敵機に向かって加速かそくした――
 真正面ましょうめんからって出た。
 『ティンカーベル』に集中砲火しゅうちゅうほうかびせられる。
 美しい銀の機体が銃弾じゅうだんかすめ、けずり取られる。エステルは機体を回転させ、銃弾じゅうだんをかわしながらも急速きゅうそくに敵機との距離をちぢめた。
 敵機と接触せっしょくする瞬間しゅんかん、『ティンカーベル』の姿が唐突とうとつに消えた。
 『ティンカーベル』をレーダーからも見失みうしなった敵機は混乱こんらんし、『ティンカーベル』の能力に畏怖いふする。
 戦意を喪失そうしつした編隊へんたいが次々にくずれ、退却たいきゃくして行く――

「やった!」
 エステルは遠去とおざかる敵機の状態をモニタで確認し、小さくこぶしにぎった。
 途端とたんに機銃でねらわれる。
 IFFの警告けいこくに、咄嗟とっさ反応はんのうして事無ことなきをた。
―「(あやか)しの手をひけらかしても、所詮しょせんパイロットはお前だ!」
「何ッ?」
 突然とつぜん、聞きおぼえのある通信がり込んで来た。
 正面十一時の方向から急速旋回きゅうそくせんかいし、接近して来る機体を確認した。
 エステルは素早すばや操縦桿そうじゅうかんたおして回避行動かいひこうどうを取った。
「マーベリック!」
―「その機体の特殊とくしゅ能力で、一体、いく命拾いのちびろいをした? 他の奴等はだませても、お前がロクな操縦しか出来ないのを俺は知っているんだからな」
 マーベリックはエステルを挑発ちょうはつした。
貴様きさまぁあ!」
 全身が戦慄わなないた。

 二機の戦闘機はたがいの背後はいごを取ろうと何度も旋回せんかいを繰り返し、執拗しつように追い掛けた。
るようになったじゃないか!」
 自分がエステルよりもはるかに技量ぎりょうまさっていると思っていたマーベリックは、想像以上に上達じょうたつしていたエステルに、次第に押され気味になって行った。
 『ティンカーベル』を操縦そうじゅうする事で、徐々じょじょにエステルの技量ぎりょうが引き上げられていたのだ。
―「貴様きさまだけはゆるさない!」
 エステルの正気しょうきいっした怒声どせいが聞える。
 はげしい銃撃戦じゅうげきせんになり、『ティンカーベル』が雲をいた。

―「危険です。この角度で進入すれば……」
だまっていろッ!」
―「エステル! めてくださいッ!」
うるさい!」
(今までの俺じゃない! 絶対……絶対にアイツをおとしてやる!)
 必死でめようとするシャラの警告けいこくを無視したエステルは、『ティンカーベル』を垂直旋回すいちょくせんかいさせ、機首きしゅ真下ましたに向けた。
 真下には、『ティンカーベル』に向かってマーベリック機がき進んで来る。
 互いに螺旋らせんえがく様にして急速に接近する――
 三十ミリが火をいた。
―「エステル!」
 シャラの悲鳴が銃声にかぶる。
「あッ!」
 一瞬いっしゅん、何が起こったのか理解出来なかった。右眼の視野しやが真っ赤にまった。
 エステルは乱暴に酸素マスクをぎ取り、視界しかい確保かくほする。
 コンソールには危険警告のサインが激しく点滅てんめつし、コールをり返してまない。
 モニタは、まだマーベリック機を捕捉ほそくしている。
 逆噴射ぎゃくふんしゃけ、主翼しゅよくのフラップを全開ぜんかいにして、エステルは『ティンカーベル』の機首を強引に百八十度転進させた。
 丁度ちょうど、空中でひらりと前転ぜんてんした状態だ。
 強烈きょうれつな高Gが傷付いたエステルにおそかり、さらにダメージをあたえる。
 間髪かんはつをいれずに機銃きじゅう掃射そうしゃした。
 オレンジ色に光る銃弾じゅうだんが、背後はいごを取られたマーベリック機に容赦ようしゃ無くびせられる。
 マーベリック機はそのままっ直ぐに進路をったが、ワンテンポおくれて火の手が上がり爆発した。
「や……った……うっ?」
 気が抜けた途端とたん、多量の吐血とけつをした。
 マーベリック機とちがった時、エステルは機体を貫通かんつうした銃弾を体内にびていたのだ。
―「エステル? エステル?」
「……だ、大丈夫だいじょうぶだ。問題、無い」
 必死ひっしび掛けるシャラの心配をはらう様に、エステルは激痛げきつうおそわれながらも冷静にそう言った。

 しばらくの間、エステルはマーベリック機がちて行ったジャングルをだまって見詰みつめていた。
 マーベリック機は地上に激突げきとつすると巨大な火柱ひばしらを上げてさかり、あたりの樹木を巻き込んだ。真っ黒いけむり渦巻うずまききながら天空てんくうのぼって行く。
「帰るよ……シャラ」
―「は、はい」
みんな随分ずいぶん離れたね……チョッとつかれたな……操縦そうじゅうまかせてもいかい?」
 その言い方は普段のエステルにもどっていた。
―「はい」
 しかし、そのシャラの声はくぐもった泣き声がじっていた。
「……」
 エステルはシートにぐったりと身体からだあずけ、眼下がんかひろがるジャングルを見詰みつめて、何かを考え込んでいる様だった。

「シャラ……」
―「はい」
「俺はこの『ティンカーベル』にった時から、如何どうすればお前が分離出来るのかを調べていた。お前の能力が「神」なら、人間の力などおよばないのかも知れない……が」
 そこまで言って、エステルは身体の力がけるのをおぼえた。
 がくりと崩折くずおれたエステルの様子に、シャラが悲鳴を上げる。
「……ま、まだだ。まだいける。は……なしを……」
―「もういいです! しゃべらないで!」
 エステルのヴァイタルゲージがどんどん降下こうかして、緊急きんきゅうアラームが鳴った。
「お、前をおそった連中を……り込んで成長したよな? 此処ここ惑星(ルウラ)の、古文書にも、そんな事が、書きしるされて……た」
―「エステル?」
「い……い、か? よくけ……お前は、人間の細胞さいぼう……変化させて、自分、の身体を構成こうせいす……出来る」
駄目だめだ……意識が……)
 そこまで言って、再び吐血とけつした。
―「お願いですから! エステル! 安静あんせいにして!」
「……俺の身体を……()る」
 朦朧もうろうとしながら、エステルは静かに眼をじた。すでに痛みどころか身体の感覚さえうしなっている。
―「な……何を言っているんです?」
 シャラは動揺どうようしてき返した。
「た……頼むから、一度で理解、して……くれ……」
 エステルはやさしくA・Iのカメラに向かって微笑ほほえんだ。
「俺を、(つか)って分離……しろ」
(『ティンカーベル』から離れて自由になれ)
―「で……出来ません! エステル! そんな!」
「ああ、さっき……怒鳴どなったり……て……悪かっ……」
―「いいんです! そんなコト、気になさらないで。お願いですからもう話さないで!」
 シャラは必死でエステルを気遣きづかった。
「い、いか? ……これ……命れ……い……」
―「そんな……いやです! 私は『ティンカーベル』でます。だから……だから一緒いっしょに帰りましょう?」
 シャラは混乱こんらんしていた。
 エステルは力無ちからなうれしそうに微笑ほほえむと、一度大きく息をいた。
 彼のあおい眼は、もう光さえ認識にんしき出来なくなっていた。
「……シャラ……あ……ぃ……」
 かすかにくちびるが動いた。
(愛してる)
 エステルは最後までその言葉をげる事が出来なかった。
―「? エステル? 如何どうしました? エステル?」
 ついにヴァイタルゲージが測定不能そくていふのうになった。
 エステルの生命数値曲線せいめいすうちきょくせんは真っ直ぐな直線をえがき、緊急きんきゅうアラームは一定音いっていおんたもって途切とぎれなく鳴り続ける。
―「……い、いやあぁ……返事をして! エステル! エステルうう!」
 悲鳴にも似たシャラの泣き叫ぶ声が、低くれ込めた暗い雷雲あんうん木霊こだました。


『帰るよ……シャラ』
 そう言ったエステルの言葉に、シャラは故郷(ルウラ)ではなく、彼の居た地球を選択せんたくしていた。

「一体、アレを如何どうしろって言うんですか? アレのA・I制御せいぎょ機能源きのうげんは「光」なんですよ?ほんのわずかな光源こうげんにも反応出来る。アレをだまらせるためには、完全密閉かんぜんみっぺい型で暗室あんしつ可能な格納庫かくのうこにでも入れておかないと、またいつ起動きどうしてあばれ出すか……」
「この近くにカントー空軍基地がある。あそこの格納庫なら好都合だ。コイツも大人おとなしく眠ってくれるさ」
 傷付いた『ティンカーベル』を遠巻とおまきにして、何人ものメカニックが頭をなやまして居た。
 『ティンカーベル』はエステル中尉の遺体収容いたいしゅうように来た軍をこばみ、修理をこばみ、破壊をこばんだ。


 そして月日が流れ十年後……

「シャラ? サシャラ・ナージャ? 俺だ、おぼえているか?」
 一人のグレネイチャの男が、立ち入り禁止区域に閉じ込められていた彼女の眠りをました――

                 ティンカーベル (−デリート4 番外編−) 完









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