ティンカーベル −D‐4 番外編−(6/7)PDFで表示縦書き表示RDF


ティンカーベル −D‐4 番外編−
作:和 貴



第6話 少年


 エステルはパイロットとしての腕と『ティンカーベル』の機体で数多くの戦果せんかげて行った。彼に対する上官の評価も上々で、少尉から中尉へと昇格しょうかくしていた。
 彼の技量ぎりょうる事ながら、『ティンカーベル』(シャラ)の性能が他の機種よりも数段すうだんまさっていたのは言うまでも無い。
 そして、他の機種の追随ついずいを許さない圧倒的あっとうてきな『ティンカーベル』の能力値のうりょくちの高さに嫉妬しっとした者の中には、「エステルは、『ティンカーベル』のお陰でり上がった中尉だ」と陰口をたたやからも居た。


「二重スパイ? 本当なのですか? ……自分は、その……」
 エステルはデュラン大佐の言葉をうたがった。
「残念ながら、これは信頼しんらい出来るたしかな情報だ」
 デュラン大佐はエステルの気持ちを(おもんばか)ってか、同情する様な眼で彼を見下ろした。
「……」
(生きていた……!)
 エステルはカッと頭に血がのぼるのをおぼえた。
 あわててデュラン大佐に気付かれない様に視線を落してうつむく。
「マーベリック・ルノー。彼は此処ここ数年の我々の作戦内容及び極秘ごくひ資料を漏洩ろうえいさせていた張本人ちょうほんにんだ。先日、彼の姿がマハールの街で確認かくにんされた」
 デュラン大佐は手元のスイッチをした。
 エステルの眼の前に、等身とうしん大に映ったマーベリックの姿が3‐Dで再生される。
 マーベリックはこざっぱりとしたスーツ姿でかくしカメラにおさめられていた。ぱっと見は何処どこかの企業幹部きぎょうかんぶといった風格ふうかくだ。
 軍から逃亡とうぼうすれば銃殺刑じゅうさつけいが待っているにもかかわらず、彼は何不自由無く生活している様だった。あきらかに強力な何者かの庇護ひごが、彼の背後に見え隠れしているのがうかがえる。
 
(シャラのかたき! そして……)
 やっとけていた心の傷が再びえぐられる様にうずいた。
 しかし、彼の目の前に居るデュラン大佐には、エステルの身の上に何が起こったのかを知るよしも無い。
今更いまさら君に事後報告じごほうこくも無いのだがな、君も行方不明になった相棒あいぼうの事が気懸きがかりだろうと思って、お節介せっかいにも首をっ込ませてもらったのだ」
「どういう意味ですか?」
「地球連邦軍から、本部隊への撤収てっしゅう命令が下った。我々は一週間後に全軍を引きげる。君にはその殿(しんがり)たのみたい」
「……了解しました」
小者こもの今更いまさら処分しょぶんにはあたいしないと言う事か……)


 うわさでエステルが特殊とくしゅ戦闘機隊に配属はいぞくされ、数多くの功績こうせきげたのだと聞いていたアーヴィンは、久し振りに自分をたずねて来た彼の顔を胡散臭うさんくさそうにのぞき込んだ。
「どうしたのさ? 俺が寝込んでいる間に「中尉」だなんて……随分ずいぶん立派りっぱになったんだな? で? 今日は俺に武勇伝ぶゆうでんでもかせてくれるのか?」
「相変わらずの厭味いやみだな……」
 エステルはニコリともしないで自分と同じグレネイチャの少年を見詰めた。
「違うのか? もう、俺に笑いけたりしなくなったんだな? 特殊戦闘機のパイロットってそんなにえらいんだ」
「俺は何も、お前から聞きたくも無い皮肉ひにくを聞きに来たのじゃないぞ?」
 エステルはめずらしくアーヴィンの言葉に反応した。
「なら、何なのさ?」
「アーヴ、お前は……」
 言いけて言葉にまった。エステルはアーヴィンにただしそうになった言葉をぐっとくだす。
「? 何だよ」
 アーヴィンはそんなエステルを怪訝けげんな様子でうかがった。
「何でも無い……そうだ、覚えているか? お前に有翅族メーヴの女の子を紹介しょうかいする約束だったよな? 彼女はシャサラ・ナージャ。俺はシャラってんでいる」

 医療キャンプから二キロ程離れたジャングルのき地に、その銀色の機体がひっそりといきめるようにして着陸していた。
 戦闘機を間近まぢかで目にしても、アーヴィンは単純に喜ぶ普通の子供の反応はしなかった。
「お前にとってはこの機体もにくむべき存在……なのかな?」
 エステルは小声でつぶやいて複雑な表情をうかべながら、コクピットにすべり込むアーヴィンを見上げた。

 軍の誤爆ごばくに巻き込まれた奴隷どれい難民なんみん(グレネイチャ)のアーヴィンが、重症じゅうしょうって医療キャンプに運ばれたのはもう四ヶ月も前の事だ。
 経過けいかだけを聞けば、誰もがアーヴィンに同情するだろう。
 けれど、それが被害をこうむって重症じゅうしょうった少年が引き起こした事態じたいだとは誰も当時はうたがってはいなかった。
 諜報部ちょうほうぶからの報告をけた時でも、エステルはそれをすんなりとはれられなかった。 彼はいまだにアーヴィンと報告のどちらを疑うべきなのかを迷っていたのだ。

「? 何ぶつぶつ言ってるんだよ? ねえ、『シャラ』は何処どこ?」
「……お前の目の前にあるA・Iの事だよ……」
「A・I? 女の子じゃなかったのか?」
 アーヴィンの何気なにげなく言った言葉がエステルの感情を逆撫さかなでする。
「彼女は……死んだ」
 のどの奥から声をしぼり出した。
 エステルは、アーヴィンの視線からのがれる様に顔をせる。
「……アンタが殺したのか?」
 おどろくほど冷淡れいたんな言葉がげ付けられた。
ちがう!」
「いいや、アンタが殺したんだ。そう言えよ。そうなんだろう?」
 アーヴィンは子供とは思えないほどのめた眼でエステルを見下ろしていた。
 んだあおい瞳が、言いわけすら出来ないエステルをめ立てる。
ちがう……俺は……」
(そうだ! 俺が彼女を殺したんだよッ!)
 言いよどんだエステルの中で、もう一人のエステルがさけんでいた。
 アーヴィンの正体をめようと彼のもとたずねて来たエステルだったが、反対に追詰おいつめられてしまった自分が居た。
「……子供のくせに……お前に一体何がわかるんだ?」
「逆ギレしてんじゃねーよ」
「こ……の……」
 言い返す言葉が見付からなかった。
(やはりアーヴは何処どこかの工作員なのか……?)
 あらそいに巻き込まれ、戦争をにくみ、軍を憎んでいる少年――もしかすると、アーヴィンはそんな少年をえんじているのではないか……? 
 うたがい始めるときりが無かった。冷静な判断をいてしまったエステルは、自分の背後でそっと拳銃けんじゅう銃把じゅうはにぎめる――

 アーヴィンはそんなエステルの殺気を敏感びんかんに感じ取っていた。
 左右に視線をはしらせ、脱出経路だっしゅつけいろ模索もさくして見るが、『ティンカーベル』が着陸している付近ふきんの広場には身をかくす物さえ見当みあたらない。
 必要以上にエステルを刺激しげきしてしまった事を後悔こうかいした。
 いよいよ覚悟かくごめた時、『ティンカーベル』のモニタが動いた。
「ね、ねえ、メールが来たよ?」
 アーヴィンはエステルにそう言って、目の前のコンソールにあるモニタに視線をもどした。
「!」
 自分の眼をうたがった。
 それは『ティンカーベル(シャラ)』からのアーヴィンにてたメッセージだった。
(……このまま文字が読めないりをしろ……だって?)
「何のメールだ?」
 エステルがタラップをのぼって来る。『シャラ』であるA・Iはアーヴィンにてたメッセージを素早すばや削除さくじょした。わって本隊からエステルにてたメールが開く。
「ああ? ン、でも俺、文字読めねぇモン」
 平然へいぜんと言ってのけた。
「……?」
 エステルの動作が一瞬いっしゅんまる。
 アーヴィンの返事に毒気どくけかれた気がした。
 エステルは銃把じゅうはから手をほどき、アーヴィンの居るコクピットをのぞき込む。
 それは同僚の訃報ふほうだった。
「何、ヘコんでンの?」
 アーヴィンの視線に、エステルは冷静さを取り戻しておだやかに微笑ほほえんだ。
い奴からみんな先におむかえが来るんだよ。俺みたいなのがいつまでもこうしているんだ。だからと言って、アーヴ、お前は俺よりも先にはくなよ?」
「何? それ」
「そんなのは年功序列ねんこうじょれつって言うんだ」
 そう言って、エステルは悪戯いたずらっぽく笑った。
「はああ? 意味不いみふ。ワケわかんねぇー」
 アーヴィンはタメグチで口をとがらせた。
 意味の無い勝手なエステルの理屈りくつに付き合わされたフリをして。
 (うそ下手へただな……)
 それぞれがほぼ同時に相手に対して思った。
 
 鬱蒼うっそうとしたジャングルのその向うに、真っ赤な夕日がゆっくりとしずんで行く。
 エステルとアーヴィンは草叢くさむらに座り込み、紅く染まりながらも黙って夕日をながめていた。
 やがて、エステルがこしを上げた。
「シャラに会わせると言った約束ははたした。これでお別れだ」
「これでって?」
 アーヴィンはエステルに振り向いた。
「引き揚げ命令がりた。これで俺もアーヴみたいな生意気なまいきな奴と会わなくてむ」
「あんだとぉ?」
 アーヴィンは揶揄ふざけて軽くパンチをり出した。
 エステルはそれを笑いながら受け止める――







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