ティンカーベル −D‐4 番外編−(5/7)PDFで表示縦書き表示RDF


ティンカーベル −D‐4 番外編−
作:和 貴



第5話 賭け


「最終テストだ」
 管制塔かんせいとうで『ティンカーベル』の飛行テストを見守っていたデュラン大佐は、パイロットであるエステルに切り出した。
 この一週間、非公開で行われた『ティンカーベル』のテスト飛行は、デュラン大佐をはじめその開発関係者達にとって満足出来る仕上がりだった。
―「いつでも」
 メイン・モニタに映ったエステルが大きくうなずく。
「そこから二つの管制塔かんせいとうが確認出来るか?」
―「はい」
「君から向かって右の管制塔かんせいとうは3‐Dのダミーだ。君はそのダミーに向かって最大速力でっ切ればい」
―「……?」
 エステルが言葉にまった。彼の戸惑とまどいがモニタをとおして手に取れる。
「どうした? 簡単かんたんな事だろう?」
―「……おっしゃっている意味が……何かの間違いではありませんか? 自分には左の管制塔かんせいとうがダミーだと……」
「私を疑うのかね?」
―「い、いえ……けっして……」
「なら、こう言えばいかね? これは命令だ」
―「はっ、はいッ!」
 エステルの返事にデュラン大佐は満足そうにうなずき、通信回線を閉じる。
 そして各所定の位置にいていたスタッフを見廻みまわした。
「……全員、ただちに此処ここから退避たいひせよ」
 デュラン大佐は決断をくだした。
 その場に居合わせた全員がデュラン大佐に注目する。
 しかし、誰も持ち場を離れようとはしない。
「どうした? 早く退避たいひしないと君達まで巻き込まれてしまうぞ?」
 デュラン大佐は動かないスタッフを驚いた。
「大佐こそ避難たいひして下さい。我々は、最期まで『ティンカーベル』を見届けます」
 責任者の男が静かに口をった。
「な、何を言っておる! アレを造らせたのは私だ。私こそ残らなければならん」
「では、我々もおともします」
「……あの機体の本来所有すべき性能がそなわっているか、いなか……成功するものだと確信するにはあまりにも確立が低すぎる。私は無駄むだ犠牲ぎせいのぞまん」
「もとよりその心算つもりです。ご一緒させて下さい」
 彼の言葉に、その場に居合わせていたスタッフの全員がうなずいた。

「シャラ、どう思う?」
 エステルはA・Iのシャラにけた。
―「エステルの言った事が正しいわ」
「なら、最大速度で左のダミーに……」
―「それは無いわ」
「?」
―「デュラン大佐は私の本来持っている能力をためそうとしているのよ。貴方あなたの命をけて」
「……狂っている……」
 エステルは誰にとも無くつぶやいた。
(それとも何らかの確信があっての事か……?)
―「狂って……そうかも知れないわね。如何どうします? ダミーに向かいますか? それとも……」
「決まっている。これは命令だ。俺はシャラを信じるよ」
 シャラに余計よけいな心配をけさせまいとしてつとめて明るく振舞ふるまった。
―「……エステル」
 ジェット・タービンのインジケータ数値がね上がり、レッドゾーンに突入する。
 全身にすさまじいGがし掛かった。
 テスト飛行の為、危険警告コールを切っていたが、切っていなければずっと鳴りっぱなしだったはずだ。
 エステルは十分な飛行距離を確保かくほすると、『ティンカーベル』の機首をデュラン大佐の指示した管制塔かんせいとうに向けて、最大速度へと加速した――
 青白い二基の噴射ふんしゃ炎はアフター・バーナー(再燃焼推進装置)によってすでに『ティンカーベル』の機体の倍以上にびている。
 左右の景色が識別不能になり、唯一ゆいつ、正面ピンポイントでの目視もくし確認が可能だったが、エステルの意識は半分朦朧はんぶんもうろうとして消えかかっていた。
 超音速で地上に接近した『ティンカーベル』は大気中の水蒸気を収束しゅうそくして、機体後部に円錐形えんすいけいのサウンド・バリアを身にまとう。
 『ティンカーベル』の外部状況をモニタでとらえた管制塔かんせいとうスタッフは感嘆のめ息をらした。
 そして今度は轟音ごうおんともない急接近して来る『ティンカーベル』の機体にそれぞれが戦慄せんりつした。ほとんどの者が眼をおおい、顔をそむける。
 目の前の恐怖に、たまらずに何人かが悲鳴を上げる――

――またたく間にエステルが選択した本物の管制塔かんせいとうが接近する。
管制塔かんせいとうに人が……!)
 エステルは自分が今にも「特攻とっこう」して行く目標に、うごめく人影を発見した。
(デュラン大佐? みんな……! 何故なぜ此処ここに?)
「か、回避かいひだ! シャラ緊急回避きんきゅうかいひを……」
 あわてて操縦桿そうじゅうかんを引こうとするが、両腕の筋肉はすでにびくりとも動かない。
 目の前にあるモニタが目にもまらぬ速さで数値を算出さんしゅつしている。
「や……めろ! シャラ!」
(間に合わないッ!)
 エステルはかたく眼を閉じて、次の瞬間しゅんかんおそわれるであろう衝撃しょうげき覚悟かくごを決めた。

―「……テスト完了。これより通常モードに移行いこうします」
 シャラの通信がかたく眼を閉じていたエステルの耳にも届いた。
「……?」
(生きている……?)
 コンソールにあるサブ・モニタが、後方こうほうに遠去って離れて行く無傷の管制塔かんせいとうを映し出していた。
(馬鹿な?)
 エステルは小刻こきざみにふるえる右手をやっとの思いで操縦桿そうじゅうかんから引きがすと、そのてのひらをじっと見詰みつめた。
 衝撃しょうげきおそわれるのは、ほんの一瞬いしゅんはずだった。
 あの速度で、しかも管制塔かんせいとうとの距離は近接きんせつしていた。たとえどんなに腕の良いパイロットでも理論的にも物理的にも回避かいひは不可能だったはずだ。
(これがシャラの能力? 一体、どんな手段で切り抜けたんだ……?)
―「エステル、大丈夫ですか?」
 シャラが気遣きづかって声を掛けた。
「あ……? ああ……」
 エステルは抑揚よくようの無い生返事なまへんじを返すので精一杯だった。







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