ティンカーベル −D‐4 番外編−(4/7)PDFで表示縦書き表示RDF


ティンカーベル −D‐4 番外編−
作:和 貴



第4話 幻影


 夢の中のシャラは初めて出逢であった時のままだった。
 まぶしい笑顔で、追い掛けるエステルの腕をかろやかにするりとかわす。
(どうして俺の事を知っているんだ?)
 シャラは笑顔のままで答えない。
「シャラ、待って……」
 エステルは自分の声で眼がめた。
此処ここは……?)
 エステルは自分の居る場所の特定をする為に、左右に視線をはしらせた。
 見覚えのあるすすけたドーム型の天井、自分の腕にほどこされている点滴のパック……
 朦朧もうろうとしていた意識がハッキリとして来る。
「やっと気が付いたか?」
 すぐそばで優しい声が掛けられた。
「……ダグラスさん?」
 エステルは補給支援部隊の老人の名を呼んだ。
 あれからエステルは意識を失い、何日も眠っていたらしい。
「お前を見付けた時は、もう駄目だめかと思ったぞ?」
 その言葉に、エステルは現実に引き戻され、はじけた様にね起きた。
「マーベリック! アイツを……」
(殺してやる!)
 感情が一気にたかぶり、呼吸が乱れた。
「待て!」
 ダグラスはエステルの初めて見るけわしい表情に驚きながら、彼の肩をつかまえた。
落着おちつけ。何があったのかワシは知らん。が、マーベリックなら部隊にはもうらんぞ?」
「え?」
此処ここ数日前から何人もの兵士が行方不明になっておってな、マーベリックもその一人だ」
「行方……不明?」
「ああ。まるで神隠かみかくしにでもった様にな。一部の者は、何かのたたりだとおびえとる」
神隠かみかくし……」
 ダグラスの言葉をいたエステルは我に返った。
 ベッドに寝かされていた自分は意識を失う前の姿だった。全身に奴等の体液が乾涸ひからびてこびり付いている。
 途端とたん猛烈もうれつ羞恥しゅうち心が彼を襲い、全身が真っ赤に火照ほてってふるえた。
 エステルはあわててシーツを肩まで引き上げるが、ダグラスはそんな彼を此処ここまで運んで来ていたのだ。
「……まあ、時にはまれにお前の様な目にう者もる。災難さいなんだったと思え」
 ダグラスはエステルの気持ちをさっして静かに言った。まるで彼と同じ目にった者を何人も目にして来た様な口振くちぶりだった。
「自分と一緒に居た少女は?」
「少女? ああ、女の遺体なら先に研究員が持って行った」
「遺体……です……か」
 声がしずんだ。
「もう少し眠るといい。忘れろ」


 ダグラスの世話になって数日が過ぎた。
 十分回復したエステルは、再び任務に復帰する事が出来た。
 自分がマーベリックに(おとし)められ、はずかしめられた事実が暴露ばくろされれば、すぐ除隊じょたいしようと決心していた。
 けれど、何故なぜかダグラス以外に誰もその事を知る者はなかった。
 不思議に思って上官に行方不明者のリストを見せてもらったが、彼等全員が自分と彼女をマーベリックから買った者達だった。
天罰てんばつでも下ったんじゃないのか?」
 唯一ゆいいつ、その事を知っているダグラスに相談したが、笑って相手にしてくれない。もっとも、ダグラス自身でさえ理由は解らなかった。
(天罰……なんて、そんなもの……有るワケ無い)
 問い掛けにまともにおうじてくれなかったダグラスがほんの少しにくらしかった。

 巨大な夕日がS‐2のタラップを降りるエステルの横顔を赤々とらし上げる。
 そのすぐとなりには、あるじを失ったS‐1機がぽつんとまっていた。
「エステル! お前に呼び出しだ」
 メカニックのジョイが彼を見付けて呼び止めた。
「デュラン大佐が第七格納庫に来いってさ」
「大佐が?」
「お前、何かしでかしたのか?」
 ジョイが怪訝けげんそうにエステルをのぞき込む。

「エステル少尉、まいりました」
 エステルは背筋を伸ばして大柄おおがらなデュラン大佐に敬礼けいれいをした。
「おお、君がエステル少尉かね?」
「はっ!」
 おだやかなデュラン大佐の声に何のリアクションもせず、エステルは機敏きびんに返事を返した。
「そう、堅苦かたくるしくする必要は無い。少尉を呼んだのはこの『ティンカーベル』に目通めどおりさせる心算つもりだったからだ」
 デュラン大佐はくだけた言い方をして、気持ち身体をエステルの視界から退しりぞけた。
「『ティンカーベル』……で、ありますか?」
 エステルは視線をデュラン大佐から彼のうしろでひかえている物体に移動させた。

 その機体は左右の三段階に拡がる主翼を折り曲げ、まるで休息している白銀色の鳥の様に見えるほど完成された美しいフォルムだった。
 なめらかな曲線から構成される『ティンカーベル』は各機能に最新式の装備を搭載とうさいしている。 特にA・I機能はるいを見ない程優れており、最大七機のダミー機の遠隔(リモート)操作が可能だった。
 尾翼びよく下部に魚のヒレの様な形をした広範囲こうはんいレーダーを搭載とうさいしている。着陸時に機体の内部に収納しゅうのうされたその部分が熱帯魚の『ソードテールフィッシィ』にている事からのちに『ソードテール』との別称べっしょうでも呼ばれるようになる。

 エステルはじっとその機体に魅入みいっていた。
「気に入ってもらえたかな?」
 デュラン大佐の物言いが心の片隅かたすみで引っ掛った。
「一つ、おたずねしてもよろしいでしょうか?」
「何かね?」
何故なぜ「自分」なのですか? 自分はすでにS‐2のパイロットです」
「その事かね……」
 エステルは黙ってあごを引いた。
「これは先日完成した試作品(プロトタイプ)だ。だが、「彼女」はどのパイロットの搭乗をも拒否した」
「彼女?」
 エステルはいぶかしみ、まゆしかめてき返した。
「そうだ。そして、「彼女」は君を指名した」
 デュラン大佐のんだグレーの瞳に、戸惑とまどいをかくせないでいるエステルの姿が映っていた。
「じ……自分には、全く何の事だか……」
「では、こう言えばわかるかね? 「彼女」はせんだって死亡した有翅族メーヴの娘だよ」
(シャラ……!)
 心臓がドキリと大きく脈打った。
 ひざがガクガクと笑い、その波動はどうは彼の全身をふるええさせる。 立っているのが精一杯だった。
「我々はつい有翅族メーヴ生体融合せいたいゆうごうした『ティンカーベル』を完成させる事が出来たのだよ」
 デュラン大佐は自分の言葉に軽くっている様だった。
 そのかたわらで、視線をらし肩をいからせて、痛い程の両のこぶしにぎめているエステルの姿があった。

 デュラン大佐や他のスタッフも居なくなり、機体をらす照明しょうめい光度こうどが落されてもエステルはずっと『ティンカーベル』の前にたたずんでいた。
「……シャラ……そこに居るのか?」
 エステルはそっと機首にれてみた。
 金属特有のひんやりとした冷たい感触……
(いや、シャラはもう居ない……)
 彼女を助けるどころか、自分さえ救えなかったみじめな自分が、皮肉にも再び「彼女」とめぐえるとは思っても見なかった。
 目の前がらめいた。
「……エステル……」
 背後で聞こえたその声に、エステルははっとして顔を上げた。
 あわててそでで顔をこする。
「シャラ……なのか?」
「お願い! ……怖がらないで」
 振り返ろうとしたエステルを、やわらかな肉声にくせいさえぎった。
「怖がる? 俺が? そんな事はないさ。でも、本当に……お前なのか?」
 り向いたエステルの視界に、淡いほのかな光に包まれたシャラの姿が浮かび上がった。
 流れるつややかな黒髪に、ほとんど色素の無い白い肌。初めて出逢ったジャングルの奥地での少女とは全くことなった完成された女性のライン。その背には蜻蛉かげろうの様な薄いはね――
 あまりの美しさにエステルは一瞬息をんで気後きおくれする。
いたかった……」
 長いまつげうれいをびたあおい瞳は、再びエステルと逢えた喜びに涙していた。
 音も無く彼女のはねふるえたかと思うと、シャラはふわりと飛翔ひしょうしてエステルの胸に飛び込む。
(シャラ……)
 彼女を自分の両腕で抱きめ様とした瞬間しゅんかん、彼女の身体は光の欠片かけらになって飛散ひさんし、消えてしまった。
「……」
 受け止めそこなったエステルは、その両手をにぎめてうつむいた――







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