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インギア
作:秋之



第九話:填まる歯車◆顔合わせ


「あっ」

「……っと、すまない。よそ見をしていた。怪我はないか?」

「いえ、こちらこそぼんやりしていて…すみません」


人も増えてきた街角で、二人の青年が肩をぶつけた。

金髪碧眼で、《イン・ギア》のリーダー・ゼオンは、かなり急いでいたであろう、流れるような、それでいて濃い青の髪の青年を見て、瞳を見開く。

そして、相手側も、鋭い瞳を丸くして、ゼオンを見た。


「おまえ、《イン・ギア》の…」

「街長さん……」


それほど見知った仲である訳ではないのだが、互いにそれなりの浅からぬ繋がりはある。

初対面であっても、すぐにそれと分かる程度には、互いを知っていた。


「あの…お急ぎのようでしたが?」


額に薄く汗を滲ませた、若街長・ルークの表情に切迫したものを感じ、ゼオンは尋ねる。

とたんにルークはゼオンの肩を強く掴んで言った。


「十三歳くらいの男の子を見なかったか? 薄い水色の髪で、外に跳ねるくせがあるんだ。目はそれよりも、もう少しだけ濃い色をしている。 ぼんやりしているのが特徴で、今日は確か、青系の服を着ているはずなんだが……」

「…お、落ち着いてください、街長さん。 分かりました、探してみますよ」

「あ……すまない」


ゼオンの肩を掴む力を、知らずに強めていたルークは、けおされたように目を丸くしているゼオンを解放する。


「大切な弟さんなんですね」

「……あぁ」


当たり前だ、と呟いて、ルークはまた人込みのに消えてゆく。

小さく微笑みながら、ゼオンは知り合いの家へと歩を進めた。

白い人形姫の住まうそこに、まさか、件の少年がいるとも知らずに。









  ◇ ‡ ◇









「おぉぅ……随分可哀想なガキんちょ連れてきたじゃねぇか」

「可哀想とか言わないでよ! 失礼だなぁ」


ユキとテイオに挟まれる形で、無表情にぼんやり座っている少年に対し、スゴウが言った一言は、本当に失礼極まりないものだった。


「本当、失礼だと思う……でも、その発言の裏に隠された意味を知っているだけに、あまりにも悲しい。悲しすぎるから、今、ここで死……」

「待てやゴラあぁァぁっ!」


ふらっと現われたガゼローフの行動に絶叫しながら、スゴウは彼にラリアットを食らわす。

飲み込もうとしていた、トリカブトのカプセルが床に散らばり虚しく転がる。

唖然とした様子のユキとは対照的に、少年は無表情だ。ピクリともしない。


「それよりガゼローフさん。隠された意味って何?」


すでに軽く流せるまでに慣れたテイオが、ガゼローフに尋ねる。

彼はケフケフ言いながら、鬱々とした表情のまま答えた。


「彼の頭はおかしい」

「………えぇぇっ!? ちょっ、ガゼローフ! 馬鹿じゃない!? 本人の前でなんて事を!!」

「どうやら悪いことをしたようだから今すぐ死の……」

「拾い食いすんなあぁっ!!」


余りに直接的すぎる発言に、思わず拾った薬を再度、床にばらまいてしまったテイオは、バシリ、と彼の頭を叩いた。

叩かれたガゼローフは、控えめに傷ついた様子で、テイオがばらまいてしまった、もとは自分の持ち物であった薬を拾い、口に入れようとした。

しかし、それはスゴウに阻まれる。


「君は、どうして止めに入ってくるの? いっつもいつも」

「当たり前だろうが!」

「当たり前なんだ。それはいつから?」

「生まれたときからだ、馬鹿かお前は!」

「僕の生まれた所では、人を殺して生きていたけれど…」

「は!?」

「……」


スゴウに掴まれた手を、振り払うようにして振って、ガゼローフは相変わらずの表情だ。

と、そこにツェナが人数分のカップと、二つのソーサーを持ってきた。話が聞こえていたらしい彼女は、小さく微笑んだまま、テーブルの上にお盆をのせ、ガゼローフの事を話し始める。


「スゴウ、ガゼローフの言ってる事は、仕様のない事なんだよ」

「仕様のない?」


カップに紅茶を注ぎながら、ツェナはユキの言葉に頷く。


「そう。仕様のない事。ガゼローフは、そういう所に、そういう時代を生きてたんだから。話に聞くしかない僕やスゴウ、テイオやユキ、そこの男の子とは違うんだよ。笑っちゃうだろうけど、ガゼローフ、実は……」

「あ、遅くなりました。皆さん、すみません」


ツェナが何かガゼローフに関して重要なことを言おうとした瞬間だった。

息を切らせた様子はないが、急いできたのが分かる物言いで、ゼオンが扉を開ける。その顔を見て、ツェナは言った。


「ガゼローフはね、ゼオンよりも年上なんだよ。十歳くらい」

「……はい?」


話の流れを掴めなかったゼオンだけが、キョトン、とした表情で首をかしげた。

ユキは、ゼオンとガゼローフを交互に見る。

ガゼローフがゼオンより年上だというのは理解できる。しかし、十歳も年上だとは思えなかった。


「ゼオン、って何歳?」


恐る恐る、といった感じで尋ねたのはテイオだ。


「歳、ですか? ……えぇと」


考えるように顎に手を当てたゼオンの代わりに答えたのはスゴウだった。


「コイツは一応、機融人だからなぁ…人より面積も多いし…見た目の三・四倍ってトコだろうな」

「さん、よんばい?」

「そうだ。何回も言わせんなよ。……だから、七十か、八十の間だろ」

「えぇぇぇぇっ!?]


驚愕しているテイオとユキに相変わらずの笑顔を向け、ツェナは彼らに更なる衝撃を与えた。


「だから、ガゼローフは、八十歳から九十歳くらいの間ってことだよ」

「マジでか!?」


その事実にはスゴウですら驚いた。

この、二十代前半にしか見えない男が、まさか九十年も生きているとは思えない。


「え。え? じゃぁ、ガゼローフは機融人なの?」


少しばかり動揺しているテイオに、ガゼローフは首を左右に振る。


「違う。僕の体に機械である場所はないよ。けれども、一つ、生成機械が心臓近くに取り付けてあるんだ」


もとより暗い表情をさらに暗くして、ガゼローフは呟いた。


「そのせいで、普通にしてても死ねないんだけどね。……いっそのこと、今ここで、心臓を突いて死のうか」

「やめろよ。で? その機械ってのはどんな奴だよ」


傍らに転がっていたペンを手に取ったガゼローフを、やんわりと止めて、スゴウは話をすすめる。

名残惜しそうにペンを置いたガゼローフは、機械の説明をしだす。


「僕の持っている生成機械は、十分な水分に、新しい細胞の種のようなものを包んで、血液中を流す、と言うものなんだ。そして、老化し、衰え、死んだ細胞の代わりに、それが立ち代わる。細胞の限界分裂数が無くなったから、ボク自身は衰えたりしない。水分が細胞に十分に含まれていれば、細胞自体が長生きするからね。始めの時点から、細胞自体が長く生きれるようになってる」

「へぇ……すごいじゃないですか!」


素直に感心して瞳を輝かせた雪に、ガゼローフはまたもや首を左右に振った。


「すごくなんかない。所詮失敗作だよ。持ち主の意志にそぐわない機械だなんて」

「………」


一瞬だけ場が静まった。しかし、それは白い声で、すぐに掻き消える。


「ガゼローフ。そういう事は、世界中の皆が、君の事を忘れてしまってからいいなよ。僕はね、君に会えて毎日、楽しい思いをさせてもらってるよ。君は、僕と違って、太陽に愛されてる人なんだから」


柔らかい光のような言葉に、ガゼローフが驚いたような隙だらけの表情になってツェナを見る。

もしかしたら感激してるのかもしれないが、よく分からない。


「あの…今日の打ち合せは……?」


この場所にきてから、よく分からない展開に巻き込まれていたゼオンが、苦笑しながら部屋を見回し、ある一点で、瞳を見開いた。

ちょこん、と姿勢良く椅子に腰掛けている、水色の髪の少年。


「スゴウ、あの子は……?」

「あ? あぁ、テイオとユキが路地裏で拾ってきたんだよ」

「あの子は……スゴウ、一緒に来てください!」

「はぁ?」


いきなり慌てて、ヒョイッとぼんやりした様子の少年を抱え上げたゼオンに驚きつつも、スゴウはその後ろについて走りだす。


「あぁっ! ちょっと待ってよ!」


ほぼ条件反射でスゴウを追っていってしまったテイオに、ユキはついていくことが出来ず、ぽつんと、ツェナ邸に残されてしまった。


「花屋まで、送っていくから」

「うん」


初めてガゼローフの優しさに触れながら、ユキは小さく頷いた。









  ▽ ▽ ▽









「貴方が、家の息子を助けてくれたテイオちゃんね?」

「ひゃ………あ、はいっ」

「お前、緊張しすぎ」

「貴方はもう少し、緊張してくださいよ」


街長邸の豪華な居間で、《インギア》の三人は、街長の母親である、セリスと、和やかとは言えないが、話をしていた。

緊張のあまり、声が裏返ってしまっているテイオは、目線がさ迷っていて、瞬きの回数が異常だ。

なぜ、そこまで緊張しているのやら……。

ニコニコと笑顔のセリスを前にして、テイオは気押されてしまっているのかもしれない。

感覚としては、花屋の彼女に似ている。

着物であるかドレスであるか。

容姿などが、瓜二つと言うほど似ている訳ではないのだが、目が少し似ているような感じもする。


「すまない、待たせてしまったな」

「わ〜ぉ」

「!」


今まで街に居たのだろうか。息を切らした様子で、ルークは部屋に現れた。

ゼオンが今日の集会に遅れてやってきたことを思い出してか、スゴウが半眼になって苦笑する。

それとは反対に、テイオは更に体を強ばらせた。しかし、瞳は輝いている。


「お前、本当に探してくれたのか…」

「いいえ。本当に見つけたのは、この子ですよ。街で会ったそうです」

「そうか……」


母親の隣の椅子に腰掛けながら、ルークはテイオに視線を向ける。


「弟を保護してくれて有難う。心より感謝する」


深く頭を下げるルークに、テイオは、口をパクパクさせながら、首と手をブンブンと振っている。

その必死の形相に、スゴウは鼻で笑って足をくむ。

ゼオンだけが、キョトンとした表情で二人を見ていた。


「うふふ……テイオちゃんはうちの息子が好みなのかしら?」

「ブウゥゥ――――――ッ!?」

「テ、テイオ?」

「あは、ははははっ!!」

「………?」


部屋の中が阿鼻叫喚。

テイオの反応が尋常じゃない。その前に、セリスが余りにも直球でテイオに投げすぎたのだろう。

テーブルに突っ伏してしまって、頭から煙が上がってる。


「て、テイオ? あ、僕……」

「お〜。後は俺に任せろ」

「………任せました、よ?」

「信用ねー」


フラフラと歩くテイオに肩を貸しながら、ゼオンが使用人に案内されながら出て行く。

それを見送り、扉が閉まり、足音が遠くなってから、スゴウは話を切り出した。


「さっそく、お宅のおチビちゃんの事、聞きたいんだけど」


ニヤッと笑ったスゴウに、ルークは一度目を瞑って、話し始めた。









  ▽ ▽ ▽









「まぁ、なんとかなんだろ。アフターケアがなってなかったんだよな」

「感謝する」


真夜中も真夜中な時間に、スゴウとルークは、フラフラと街を歩いていた。

アークの状態に付いて、細かく説明していたら、こんな時間になってしまった。

名目はルークがスゴウを送る事になっているのだが、この場合はルークが勝手に付いてきた、と言う事になるのだろう。


「弟の事については感謝している。しかし……」

「説教すんなら帰れよ。これは俺の問題なんだっつの」

「だからと言って、一人でジャックとやりあうなど……」

「なめんなよ。俺の眼」

「……そこまで言うのなら、引き止めはしないが」


先日受けた傷の痕に触れながら、スゴウは顔をしかめ、僅かに下る道の向こう、その上にかかる橋を見る。

道上にかかる橋。その柵に腰掛けている人影。


「居たな、今日も」

「橋の上か?」

「見えんのか?」

「目はいいんだ」


それを言うなり、スゴウよりも早く駆け出したルーク。

腰の剣に手をかけ引き抜こうとした瞬間だった。


「君は、女の子?」

「!?」

「髪長いけど、男の子か……つまーんなぁい!」

「先走んな、ルーク!」


信じられないスピードでルークに近付き、抜刀を阻止したそれは、スゴウの登場により剣から手を離す。


「ジャック」

「やぁ、この間の人。あの時はごめんね? 君が女の子を庇うから……」

「庇うに決まってんだろ。今日はあん時のお礼参りだ!」


ぐっと踏み込み、ジャックに手を伸ばしたスゴウだったが、それを逆手に取られ、懐に入られてしまう。

助ける間もなく、まさに弾丸のような突きを見回れたスゴウは壁に強かに背を打ち付ける。衝撃を吸収する事も出来なかった彼は、気力で立ち上がったが、それ以上何も出来ない。


「……君は、どうする?」


赤い布に隠された顔は、口元しか見えない。その笑いに、ルークは今度こそ剣を引き抜き、ジャックに向けた。


「お相手、いたす」


悪魔と聖騎士の対峙のような一場面。

夜明け前。誰もが眠っている時間、静かにそれは開始された。

どちらが勝のか、誰にも分からない。














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