第八話:填まる歯車◇リーダーと街長
朝刊を手にした、金髪碧眼の青年ゼオンは、大きくため息をついた。
原因は切り裂き屋の記事だ。
また被害者が出たらしい。
「………何だってこんな事を」
悲しそうに瞳を伏せたゼオンは、新聞を畳むと、出掛ける準備を始めた。
今日はインギア集会が開かれることになっていたはずだから。
† ■ †
朝の、それほど早くない時間帯に、氷のような瞳で、若街長のルークは身仕度もそこそこに屋敷を飛び出した。
事は急を要する。
護身用に剣を携え、ルークは辺りを見回しながら、街の通りへと辿り着いた。
朝の割りには人が多い。
十三・四の少年を探して、ルークは通りを駆ける。
「アーク……!」
今朝、屋敷から姿を消した最愛の弟の名を、ルークは祈るように口にした。
† ■ †
「ひいぃぃ〜んっ!!」
「ま、待ってよ、テイオ!」
路地を子供二人が駆け抜けた。
先を行くのは、少女と見紛うほどに可憐な、赤毛の少年テイオ。
後を追うのは、名の通りに白い肌で黒髪の少年ユキ。
「うぅ〜………なんでよりにもよって、あんなとこに行っちゃったかなぁ」
テイオの後を追いながら、ユキは朝刊を見なかったことを、激しく後悔していた。
本来なら、今、この街にある抜け道や、秘密の通路を教えて貰えているはずなのだが、本日最初の抜け道を抜けた瞬間、思いもよらぬ場所に抜けてしまったのだ。
そこは《切り裂き屋》の犯行現場。
血の染み込んだその場所を直で見てしまったテイオは、奇妙な悲鳴とともに、ただ今疾走中だ。
しかし、どこをどう走ったのやら。
テイオを見失ったら、自力で帰れるか怪しい。
「テイオ待って〜………って、あ!」
その瞬間、テイオの姿が、煉瓦の壁と建築物に区切られた曲がり角へと消える。
見失う訳にはいかないと、ユキは走るスピードを上げ、壁に手をついて遠心力も加え、曲がり角を曲がった。
しかし、その瞬間、悲劇は起こった。
「………あぅ」
「きゃんっ!!」
「フギュルっ………ぐえっ!?」
それはユキが角を曲がった瞬間だった。
よりスムーズに曲がるために、手を壁にひっかけ遠心力を利用したユキに、テイオの背が、正面から衝突した。
ユキに倒れかかったテイオも、相当の勢いで誰かとぶつかったらしく、彼らの正面には、涼しさを思わせる薄い青の長髪少年が倒れている。
仰向けに寝転がっているとも取れる彼は、整った顔立ちをしていて、しかし無表情だった。
「うぅ………えっと、大丈夫?」
下敷きになったユキと、ムクリと起き上がった少年に対し、テイオが声をかける。
頭を押さえて唸っているユキなどお構いなしに、少年はゆっくりと立ち上がる。
ぼんやりと空を見上げた少年に対し、テイオとユキはその少年を見上げた。
難なく立ち上がったところを見るかぎり、それほど大きな怪我をしたようには見えないが、応答がない。
「あのぅ……?」
と、テイオが再度、声をかけようとした瞬間だった。
「いたーっ! いたいた! こっちよ!」
若い女の声が裏路地に響く。
そして彼女は《人形狩り》だろう。
《イン・ギア》ならば、あんな風に叫ぶことはしない。
「ヤバッ」
「逃げるよぉっ!」
「う?」
ぼんやりとつっ立ったままの少年の両脇を掴んで、テイオとユキは声とは反対の方向へと走った。
後ろから、数人の足音が聞こえてきた。
「え、え? テイオ、どどど、どこ行くの!?」
道など知らないユキは迫る行き止まりの煉瓦壁に突っ走る。
テイオがスピードを緩めないので仕方がない。
もう、衝突する事を覚悟してユキが目を瞑る。
と。
「か、絡繰り扉ッ!?」
とある一角の壁が、くるり、と表裏を入れ替え、壁の向こうにある敷地を抜ける。
しかも扉を抜けた先は、緑に隠されたトンネルのようになっており、まわりの植物と相まって、もし壁の上から見られても、分からないようになっている。
しかし、そこは明らかに他人の家の敷地だった。
「て、テイオ……通っていいの?」
「うん! ボクの師匠のお庭だからね」
「し、師匠!?」
そう言っている間にも、緑のトンネルは終わりを告げる。
そうして表れるのは、白い、高床式の別荘のような家屋。
「いらっしゃい、テイオ。二人はお友達?」
その場所で花に水をやっていた人形姫が、小首を傾げる。
白い髪、白い肌、白い瞳。
テラスのわざわざ日陰に入って、そこからでない彼女は、黒い薔薇をあしらった、一見ドレスのような衣服を纏っており、まるで彼女自身が飾りモノのように見せていた。
「お友達だよ! ちょっと隠れさせて!」
「いいよ。 もう少ししたら、スゴウとゼオンも来ると思うからさ。ゆっくりしていって」
微笑んだ彼女に軽く会釈をして、そうして、ユキは、テイオに引きずられるようにして、家の中に足を踏み入れた。
. |