第七話:拾う歯車◆陰欝人形師
ツェナに笑って答えてから、スゴウは高床式の別荘のような家の中に足を踏み入れた。
いい匂いと、何かを刻む音が聞こえる。
ガゼローフが夕飯の支度をしているのだろうと、スゴウは迷う様子もなく、左に曲がり、リビングに向かう。
案の定、ガゼローフが鬱々とした表情で野菜を切っていた。
補足しておくが、別に料理を造るのが嫌な訳ではない。
彼の表情は、常にこれだ。
「よぅ、何作ってるんだ?」
「………野菜、サラダ」
「へぇ。今日、飯食わしてくれるってツェナがいってたぜ、よろしく」
「……不味かったら絶対言って。死んで詫びるから」
「ぜってぇ、言わねぇ」
こういう奴なのである。
テイオよりは短く、スゴウよりは長い黒髪は表情をより暗く見せる為にあるようで、紫闇の瞳は、地獄を見てきたかのように輝きが無い。
死んだ魚のような目、とでも言うんだろうか。
「………できたら、料理をテーブルに置いてほしいな」
ぼそっと言った言葉が聞き取れず、スゴウは
「あ?」
と、常のしかも低い脅すような声で言ってしまった。
はっとしても遅い。
「ごめん。 自分の仕事を人に頼むなんて……自分の厚かましさを恥じて、死なせていただき………」
「うおぉぉぁっ!! や、やめろっ包丁、向けんのは、野菜にだろっ!!」
俎板の上に手を乗せ、包丁を振り上げるガゼローフを必死に止め、スゴウは言われた通りに料理をテーブルへと並べる。
ある種の脅しと化している彼の自殺的願望だが、あれは紛れもなく彼の本心だ。
止めなくては、彼は本当に死んでしまうだろう。
最近聞いた、ガゼローフの過去に、それは由来している。
「義手の話………飯食ってからにするか?」
「どっちでも………」
「じゃ、後で」
希望と言う文字を、彼は過去に置いてきた。
『病魔に殺され病死するより、運命と心中して老死するより、同胞に殺され他殺されるより、誇り高き自由な自殺を選ぶ』
それが彼の歪んだ思想だ。
どんな過程を経てそのような思想に行きたったのかは分からないが、ガゼローフが見た目よりも長く生きているのは、誰もが知っていた。
それはガゼローフが、《人対機戦争》の詳細を知っているからである。
それはまるで見ていたかのような描写で、彼は、何度も死にかけながら語った。
事あるごとに自殺しようとするのは、そのためかもしれない。
しかし、人対機戦争の事実を知っているのは、何もガゼローフだけではない。
ゼオンも、その戦争のことは知っていた。
彼の話によると、彼が生まれたのがそれより少し前のことらしい。
それにスゴウも、師匠的存在だった祖父から話には聞いていた。
今から、八十年か、それよりも前の話だ。
「おーぉい! 飯だぞー!」
テーブルに料理を並べ終えて、スゴウは部屋にある、上に押し上げるタイプの窓から、ツェナとテイオに言う。
「は〜い」
いつも通りにそんな声がして、スゴウは微笑んで窓を閉め直す。
「さぁ〜て、先に座ってようぜ、ガゼローフ」
笑顔で振り返ったはずのスゴウの表情が固まった。
わなわなと震える手に、未だ包丁を持ったまま、ガゼローフは聞き捨てならない分の羅列を淡々と口にし続けている。
「な、なんで………? なぜそんなに僕を信用するんだ。 味に自信なんて無いのに…美味しい事を前提にしてるんだ! そ、そそ、そんな、自信ないよ………あぁっ!」
「ガゼローフ!」
「不安だ! 胸が張り裂けそうなほど不安なんだ! この不安に耐えきれないので、死なせていただ………」
「止めろっつってんだろうがあぁぁぁっ!!」
スパァンッ!
と叩き落とされた包丁。
そのタイミングで、ツェナとテイオが、リビングに入ってきた。
二人とも、スゴウとガゼローフのやりとりに小さく苦笑をもらしただけで、すぐに席に着く。
それほど、この光景は日常的なものだと言う事なんだろう。
しかし、毎度毎度付き合わされるスゴウとしては、こんな自己主張はやめてほしかった。
「うん、今日もお料理美味しいよ、ガゼローフ」
ニコリと微笑んだツェナの反応に明らかに安堵して包丁を仕舞にキッチンの裏に向かったガゼローフに、スゴウはもう笑うしかない。
「本当、何なんだよ、あいつは」
疲れてため息を付いたスゴウに、ツェナもテイオも笑って答える。
しかし、残念ながら二人ともスゴウの質問には答えることが出来なかった。
そう。
ガゼローフはそんな奴なのだ。
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