第六話:拾う歯車◇白い人形姫
無機質な壁に囲まれた、それでいて広いその敷地は、青い芝生と多彩な花々によって彩られていた。
その中で、白髪に銀の瞳の女性が、これも白い上呂を片手に、バラの手入れをしていた。
結われた髪と、肩の露出した黒の上着には、大きめのバラの花の飾りが付けられていて、どこかのお姫様のようだ。
しかも、その髪と瞳が作り物のようで、人形に見えなくもない。
彼女は、日の光が苦手だった。
なので、今は日が沈んで間もない、といった頃だ。
「ししょー」
「あ、テイオ!」
丁度、門に様子を見にいこうとしていた時、その門の向こうから、赤毛の一見女の子に見間違えそうになる少年が走ってきた。
後ろには、黒い短髪の天才技師で《イン・ギア》の、スゴウが付いてきている。
「今日はゼオンじゃないんだ」
「よ、ツェナ。 今日はゼオンじゃなくて俺。 新しい技手の話しにきた。 ガゼローフいるよな」
「うん。 きっと夕食作ってると思う。 食べてく?」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
そう言いながらニカリ、と笑って、スゴウは家の中に入っていった。
「さて、じゃ、やろっか」
「はい、よろしくお願いします!」
白い上呂を、花壇を囲う煉瓦の上に置いて、ツェナはテイオに微笑んだ。
テイオは腕を捲り上げ、構えをとる。
清楚可憐に見えるツェナだが、実は武芸の達人であり、それを活かしてテイオの師匠などもかって出る、戦姫であった。
この場所以外には、花屋にいくぐらいしかしないので、街の中では余り有名ではない。
そうでなくとも、最近はジャックの出現で、若い女性のツェナは夜間出歩く事ができない。
もし、誰も止めなかったら、夜の散歩を続けていたかもしれないが、
「君が出ていったきり帰ってこなかったら、不安と絶望に押し潰されて、死ぬから………」
などと言われてしまっては、いくらマイペースなツェナも従わざるを得ない。
「もう少し踏み込んでも大丈夫。………うん、そうだね、円が乱れないように。そうそう、そんな感じ」
「うりゃっ!」
テイオの繰り出す、素早く流れるような手の平や蹴りを、同じようにして交わしながら、ツェナは優しく指導する。
「うん。 じゃぁ、そのまま、流れを変えてごらん。足の運びに気を付け………あ」
「ぅえ………と、とととっ!? うひゃぁっ!」
ツェナが注意を促した瞬間、それを聞き終わるか否かの時に、テイオが左の足につま付いて、見事に転げた。
下は芝生なので、無傷ではあるのだが、痛い。
「いてて」
と、テイオが正直に口に出して言うと、ツェナがテイオに手を貸して、少し休むことになった。
始まってそんなに時間は経っていないが、毎回気紛れに休憩するので、ツェナもテイオも気にしてはいないようだ。
ぼんやりと、様々な花の植えられた園を見ながら、二人は座り込む。
「ししょー、ししょーってガゼローフさんの事、どう思ってるんですか」
「え? う〜ん、お料理作るの上手いな〜とか、髪の結い方上手いな〜とか?」
「髪、結ってもらってるんですか………?」
「うん」
キョトンと首を傾げる彼女は、果てしなく純粋だ。
友情から色恋ざたに発展していくタイプだろう。
「後は〜そうそう、何かに付けて、『死ぬ』って単語を使いたがるんだよ。 駄目だよっていうのに」
「それは知ってます」
ガゼローフという人は、そういう人なのだ。
絶望しきった暗い表情で、思い付きのように死のうとする、一層愉快な人なのだ。
ただ、止めてやらないと冗談でなく、本気で自殺を遂行するのがたまにきず。
その時は、ゼオンとスゴウの処置によって一命をとりとめたが、彼らが居なかったら、確実に死んでいただろう。
「ていうか、そもそも何で、ししょーの家にいるんですか」
少しばかり尖った物言いに、ツェナは苦笑して聞き返す。
「いたら、駄目かな?」
「いえ、そういう訳じゃなくて………ししょー、女の人だし、ガゼローフさんは男の人だし………」
「あぁ、そういう事」
後半、口の中でモゴモゴとどもったテイオに、ツェナはぽん、と手を打つ。
彼女自身、そしてガゼローフも気付かなかった意見だ。
そんな事、一度も考えなかった。
「たぶん、大丈夫だよ。私、強いし」
「………あぁ!」
なぜかそこで納得するテイオ。
確かに、一本背負いか、巴投げでもかまして、事無きを得そうだ。
「それにガゼローフさん、そういう事、考えるよりも、もっと考えることがあるから」
「考えること?」
「自分が絶望する要素とか………」
「暗ッッ!」
「そういう人だもの〜」
笑って答えるツェナは、ただその意味だけで、その単語を使っている。
そこに恋愛感情はない。
そもそもツェナとガゼローフが出会った切っ掛けは、夜の散歩を最中、ツェナが川を放流していたガゼローフを助けた事に始まった。
川の上流から、ずっと流れてきたようで、あちこち傷だらけで瀕死の状態だった。
話を聞いてみると、街よりも(死ぬ確立の高い)山の方が自分にあっている気がして、山の洞窟で暮らしていたところ、洪水と土砂崩れのダブルパンチにあい、川を流れていたそうだ。
何とも哀れな話である。
その前から、自殺願望的感情は天性的にあったらしいが、はじめの頃は本気で困った。
凄まじいまでの被害妄想に、ゼオンすら失笑していた。
そんな彼と、対等に会話してみせたのがツェナである。
彼女のおかげで、ガゼローフが優れた人形師である事が分かり、彼が《イン・ギア》に協力してくれるようになった。
ツェナが居なければ、凄腕技師と鬼才人形師のタッグは見られなかっただろう。
「お〜い、ツェナ、テイオ、飯だって〜」
「は〜い!」
リビングの窓から顔を出したスゴウの呼び掛けに答えて、ツェナが立ち上がる。
続いてテイオも立ち上がり、ズボンに付いた葉っぱを払う。
余り稽古はできなかったが、いつもこんな感じだ。
ゆっくりとそれでも強くなっている自分を感じながら、テイオは、リビングの扉を開けた。
そこでガゼローフが持っていた包丁を叩き落としたスゴウを見て、テイオとツェナは苦笑して席に着いた。
そこにはガゼローフの絶望仕切った表情からは想像も付かない、華やかに色とりどりの料理が、美味しそうな香を漂わせていた。
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