第五話:拾う歯車◆切り裂き屋
街の中で、最も人通りのない路地にて、異様それは、下に通路の通った橋の上に座り、ぼんやりと空に浮かぶ、黄金の月を眺めていた。
顔を隠す長い前髪は、瞳を刺すような金色で、適当に切り捨てられた後ろ髪より僅かに短い。
前髪で、十分に顔は隠れているというのに、赤い布が目隠しのように幾重にも巻かれていた。
しかし、その隙間から片目だけが覗いており、その瞳の色は青い。
「ま〜じょが現れ、言いました〜」
よく見ると、それは小さく唇を動かし、何かを呟いていた。
それは歌で、童謡のようだったが、聞いたことはない。
「『可愛い貴方を人形に〜』。金のま〜じょが言いました〜」
歌う気などまるでない歌声は、虚ろに路地にこだまする。
「人形、箱の中につめ〜、ま〜じょはお家に帰るのさ〜。 もっと大きな玩具箱、人形たくさん持ってきて〜遊んでしまって、また遊ぶ〜。人形フラフラ踊ってる〜」
ぶらぶらと足を動かしながら、それは歌を続ける。
「ある日玩具の箱が〜開かなくなって、人形た〜ちはゆっくりと〜箱の蓋を開けました。ま〜じょが、ずっと遠くからこちらに走ってきています〜、人形びっくりしましたが〜、蓋が閉まらず溢れだす〜そしたら箱が揺れだして〜は〜こからみんな、落ちちゃった〜。下には釜戸がありまして〜箱ごと皆〜燃えちゃった〜。だ〜から、ま〜じょは泣いちゃって〜涙で炎が消えました〜。そこから焦〜げた人形がぁ、一人這い出て言いました〜………」
それの空気のような歌声が、止まった。
月を見上げて、口の端を上へと上げる。
「『ま〜じょさん、貴方は魔女ですよ。女神じゃなくって、魔女でしょう?』
人形しゃべって逃げてった〜魔女が恐くて逃げてった〜」
くすくすと、笑い声を上げながら、それは月に向かって手を伸ばす。
月を掴みたい、というよりは、誰かに手を掴まれるのを期待しているかのような手の形だった。
月の光すらも眩しそうに、それは瞳を細める。
「燃えちゃった〜…ま〜じょも一緒に燃やされて〜、逃げた人形、ただ一人〜、ユラユラフラフラヨタヨタと〜、魔物の街にやってきた〜、ま〜じょは燃えて、にんぎょも燃えて〜、燃やした炎は燃やした炎〜」
ぐっ、と握り締められた手の平は、直ぐ様橋の柵に叩きつけられる。
口は相変わらず笑みの形のまま、瞳の青だけが、ギラギラと光を放っていた。
「魔物は、みぃんな、狩ってやるよ……僕は大丈夫さ。 人形だもの。 丈夫だから、大丈夫だよ。 あんたが作った人形だもの、魔女さん」
月に話し掛けるそれは、にこり、と微笑んで、橋の上から飛び降りる。
六メートルほどの高さから、それは音もなく着地し、それはゆったりと歩き始めた。
ユラユラフラフラヨタヨタと………。
酔いが回っているのか、少々頬に朱色のさした女性が、裏路地を歩いていた。
露出度の高い上着とミニスカートは、彼女によく似合っている。
「そこのお嬢さん」
微酔い気分でいた彼女は、小さく微笑んでそちらを向いた。
そこにあるのは、暗い路地裏と、今し方、声をかけてきたでろう誰かの手の平。
まるで人形のように形のいい白い手は、その先にある秀麗な顔立ちを想像させるのに、十分であった。
「さぁ」
そう言っで手はさらに彼女に伸ばされる。
そして彼女は………――
† ■ †
翌日、新聞を開いたゼオンは、表情を険しくし、下唇を噛んだ。
また女性が一人、ジャックの手によって殺されてしまった。
《人形狩り》は人形を狩り、《切り裂き屋》は人間をかる。
だったら《イン・ギア》はどうすればいいというのだろう。
人形狩りを阻止するのは《イン・ギア》
多くの人間の協力がなくては存在できないのも《イン・ギア》
ジャックは現れてから、二週間で、すでに十数人もの女性を手にかけている。
町中の人間を殺しきるかのようなスピードだ。
しかし、街の住民はただ恐れるだけで、何もしない。
何も。
はあ、とため息を付いて、ゼオンは新聞を畳む。
「どうして、こうなるのかな」
その呟きは、誰にもとどかない。
額縁に飾られた金の女神は、そんなゼオンを、優しい微笑で見つめていた。
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