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インギア
作:秋之



第四話:拾う歯車◇若街長




「父上っ!!」


ドバンッ!

と、扉を壊す勢いで、街長室に入ってきた息子に、街長は大きく肩を跳ね上げた。


「何をお考えなのですかっ! 《人形狩り》などと………いつまで、過去を引きずるおつもりなのですか!?」


何の迷いもなく歩より、街長の大きな机を叩いた息子に、街長はただ立ち尽くす。


「今やるべきは《人形狩り》ではなく、海側の防波堤の強化、旧文明の驚異を取りのぞき、滞っていた市場の治安回復の問題を片付けることです!」


バンバンバン!

と机が叩かれるたびに跳ねあがるインクツボと息子の形相に、街長は言葉もでない。

今、街長を叱咤している青年は、その名をルークと言った。

刄のような鋭い瞳と、外へ跳ねる癖のある硬質の長い髪は、結わえられもせずに背に流れている。

常日頃から、書類の処理や整理をしていたルークには、街の財政は筒抜けだ。

それに加え、ルークは正義感が強いので、この状況を黙って見ている訳にはいかない。

悠長にしていられない状況なのは、ルークだけでなく街長も分かっているはずだ。

今までこの街を治めてきたのだから、分からないほうがおかしい。


「《人形狩り》など、愚考の極みっ! 人形も人間も、その間で生きる者も、同じ同志であると分からないのですか? 今までこの街を支えてきたのは、人間だけですか? ここまで街が発展できる基盤を作り上げたのは、街民であり、人間だけではない事に、よもやお気付きにすらなっていないのですか!?」


いつしか自分から視線を外し、街の見渡せる大窓の外に視線を移した父の背を、ルークは険しい表情で見つめる。

父の考えが分からない。


「………もう、決まったことなのだよ、ルーク」

「父上………!」


街を見下ろしながら、街長は他人行儀に言い放った。

驚愕し落胆したルークを余所に、街長が話を勧める。


「だから、アークを養子に出す事にしたんだ」


その一言は、ルークの思考を停止させるのには、十分なものだった。

アークとは、ルークの六歳年下の弟のことだ。

アークはある事故によって、脳に多大なダメージを受け、表現力や言語力の殆どを失ってしまった。

更に、損傷した脳を補うために、一部を機械化させたのだ。


「な、なぜ、アークを養子にする必要があるのです? アークは人形じゃない!!」


私情で声を荒げた息子に、街長は僅かに驚いて、ルークを振り向く。


「何をそんなに慌てているのだ? アークにはここではなく、もっと自然の溢れた場所で療養して………」

「嘘だ! 父上、嘘をつきましたね? 父上はアークを殺すつもりなのでしょう!?」

「な………」


瞳を見開いて、冷や汗を流す父を、ルークは射殺すように睨み付ける。


「今まで、貴方は何度、アークとお出かけになりましたか? 俺は、全部知っていましたよ。 だから、もう貴方はアークに触れさせない」


そう低く言ったルークの瞳には、決意ととても暗い色が瞬いている。

ゆっくりと一歩ずつ確かめるように近づいてくる息子に、街長の手は、机の一番上の引き出しに伸びていた。

そこには、常に拳銃が入っている。

ルークはそれを知らない。

「………そうか、だからか」


呟いた父の言葉にも、ルークの歩は止まらなかった。

街長の手は、拳銃を掴む。


「邪魔だったのは、お前だったのか? ルーク」

「あ………!?」


轟いた銃声に、ルークの体は跳ねるようにして、倒れた。

驚きに見開かれた瞳のまま、ルークは天井を見つめ、起き上がろうとはしない。

熱を持った肩が、徐々に痛みを訴え始める。

反射神経を最大限に発揮した結果の負傷は、それでもひどく、肩を中心に液体が速いスピードで滲んでいっているのが分かった。

撃たれた衝撃に体が驚いてしまっていて、上手く動かす事ができない。

一瞬、本気で父親に殺されるとも考えたが、そうはならなかった。


「ルーク? 気をしっかり持ちなさい」


優しくも凛とした声に、微睡みかけていたルークの意識は覚醒する。

視線を動かすと、扇子を手に持ち、細身のドレスを身につけた女性が、自分の隣に立っていた。


「は、母上………?」


それが母だと気が付くのに、僅かな時間を要した。

緩く巻かれた、柔らかな髪は自分の髪よりも色素が薄い。

いつも微笑んでいる表情が、そこにはなかった。

パチリ、と扇子が閉まる音が、ルークの耳を叩く。


「あなた、全部、聞かせていただきましたわよ?」


上目遣いに夫を睨み付ける彼女は、口元を扇で隠す。

ルークは母の言葉に、最初から見てたのか、と恨めしく瞳を閉じた。

撃たれる前に、出てきてほしかった。


「あなたが《人形狩り》に資金を流していたのも、アークを疎ましく思っていたのも、ルークが反人形狩りの《イン・ギア》とやらに陰ながら支援していたのも、全部、知っていましてよ?」


見透かすような彼女の視線に、街長の額に脂汗が滲み始め、手から拳銃が落ちる。

その音はルークの耳にも届いた。


「やはり、父はあなたを見誤っていたのですね」


ほぅ、と嘆息する母の前に、漸く動けるようになったルークが庇うように立つ。

ポタポタと伝う血が、絨毯に点線を描いた。


「ルーク、無理はいけません。ここは母に任せて休んでいなさい。もうすぐ、お医者さまがいらっしゃるわ」

「そこまで分かっていたなら、もっと早くに出てきて下さればよいのに………」

「お医者さまは保険です。ルークほどの剣士ならば、あれ位は避けられると思っていたのだけれど………」

「無理です」


息子を過大評価しすぎだ、とルークはふらつく足を叱咤しながら、苦笑する。


「あなたには、この家から出ていたっていただきます」

「!? だが、街長は………」

「ご心配なく」


扇を扉に向け、瞳を細める母を見て、ルークは青ざめた父を睨んだ。

狼狽えるように、街長、という職にしがみ付こうとした夫の言葉を、彼女はピシャリと遮る。

この街の長は、選挙などではなく、代々一つの血筋から選ばれる。

ルークの家庭において、その血筋を引いているのは、母の方であり、父は入り婿であった。

よって、一番権力があるのは街長である父ではなくて、母なのだ。


「街長は責任を持って、ルークが引き継ぎますわ」

「母上。それも無理です」

「お黙り」

「………はい」


彼女には誰も勝てない。


「荷物は纏めさせておきました。 車を一台さしあげますから、お好きな場所にお行きなさいな」


母が言い終わると同時に、使用人の男が二人、街長室に走り込んできた。

間髪入れずに父の両脇を掴んで、部屋から引きずりだす彼らを、そして父の叫びを、ルークは茫然と眺めていた。

最後に、父が何を言っていたのかは分からない。

しかし、ろくでもない事だったのだろうとは予想が付いた。


「…、………ふぅ」


辛そうに息を付いたルークの肩に、慈しむような母の手が添えられる。


「ごめんなさいね、もう少しのしんぼうだから」

「大丈夫ですよ、これくらい」


笑いながら、ルークは自分の限界を誤魔化していた。

出来る事なら、今直ぐにでも意識を失いたい。

しかし、そんな事をしたら、母がこれ以上に傷ついてしまうかもしれない。

意識を失わないように、そんな事を考えながら、ルークは座り込む。

その時、丁度、半開きになっていた扉が、ゆっくりと開いていっているのが見えた。

余りにゆっくりとした、その速度にギョッとして、ルークはぎこちなく動きをとめ、扉を凝視する。


「………にぃ、さま」

「アーク!?」


ずるずると、足にシーツを絡ませたまま歩いて来たのは、ルークに良く似た髪質の、表情に乏しい少年だった。

ルークより母よりの色の髪は、もとから跳ね気味であったのに加え、寝起きだったからか、更に跳ねている。


「ん」


差し出されたシーツだったが、ルークはただ受け取り、使い道に悩んだ。

何の意図が働いたのかが分からない。


「痛い」

「ん、あぁ」


単語を呟いただけだが、自分に尋ねているのだろうとルークは解釈した。

そのアークの手が、シーツの端を掴み、ルークの肩へと向かう。


「ん」


ルークの肩の向こうに伸ばされた手はシーツの端を離し、脇から伸ばした手がその端を掴んで引いた。

そうすると、丁度、傷口にシーツが巻かれたような形になる。


「そう、そうよね。怪我をしたら包帯を巻くのよね」

「ん」


心なしか満足した表情のアークは、そのまま、うずくまるようにして、ルークの足に頭を乗せる。

枕代わりされた足と、いきなり眠りだした弟に、ルークは驚きつつも苦笑した。

あの日から、何時もそうだ。

ところかまわず眠りだすくせに、ルークがいると必ずその近くまで移動してきて、また眠るのだ。

なので、兄弟の寝室は幼いころと同じく、同室になっている。


「早く、一人で眠れるようになれよ」


外見は十三歳に成長した、六歳前後の弟を愛しく思いながら、ルークはその頭をなでた。






それから直ぐに医者が到着したのだが、アークが眠っていたおかげで、診察から治療までを、そこですませる羽目になった。


「………無理しないで」

「い、え。弟を起こしたくないんです」

「でも、痛いでしょう?」

「………………はぃ」


そんな会話が行なわれていた事を、アークは夢現つに聞いていた。

しかし、記憶には残らない。

もう一度、アークは夢を見るために目を閉じた。











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