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インギア
作:秋之



第三話:拾う歯車◆凄腕技師


街の外れにある、正方形の箱のような木造の家。

そこがゼオンの唯一の領域だった。

こぢんまりとした住居の中は、見た目よりもすっきりしていて、以外と明るい。

絵の具と薬瓶が混雑している棚が、家の片方に寄って配置され、その下には紙やキャンバスが並んでいた。

そのせいか、彼の家は絵描きならではの、独特の香で満ち、その中にそこはかとなく花屋から貰い受けた花が咲き誇っている。

ゼオンは、その中で女神と向き合っていた。

ゼオンと同じ、金の髪の女性。

この家には似付かわしくない、美しい装飾の施された額縁におさめられた女神は、柔らかな朝日のように微笑んでいた。

その微笑みこそが、今までのゼオンを街につなぎ止めていたもの。

女神の加護があるからこそ、自分はこの街で暮らせる…と、少なくとも本人はそう思っているようだ。


「……ちぃ〜す。ちょっと開けてくんね?」


トントンというよりは、ドンドンという音で、誰かがゼオン宅の扉を無遠慮に叩いた。

ゼオンはその音で意識を現実に引き戻すと、慌てて扉を開ける。

そして、息を飲んで驚いた。


「な、薬貸して薬。…出来ればタオルも」

「どうしたんですか? あぁ、取りあえず中に入って!」

「このまんま入ったら、家ん中に血がたれるぞ?」

「いいから入って!!」

「………はい」


  バタンッ!


扉の前にいた短い黒髪の青年を、無理矢理に家の中に入れたゼオンは、すぐさま青年にタオルを渡す。


「いや〜、悪ぃな。ビックリしただろ?」


渡されたタオルで傷口の額を抑える青年は、数少ないゼオンの友人だった。

彼は一流の技師として慕われている反面、“人形狩り”には要注意人物として警戒されている。

おかげでこの街ではそこそこ有名だった。

千里のスゴウ。

それが、彼の別称だ。


「……こんなに血が出てますよ? 目の方は大丈夫なんですか?」


傷薬をもってきたゼオンを、スゴウはキュインッと作り物の瞳を作動させて笑みを浮かべた。


「心配すんな。擦ってすらねえよ」


傷口からタオルを外したスゴウは、ゼオンの持ってきた薬を自分で傷に塗り込む。

いつも思うのだがそんな乱暴な塗りかたをして、痛くはないんだろうか。


「………っ、しみる〜……!」

「だったら、もっと優しく塗ればいいじゃないですか」


嘆息するゼオンに対し、スゴウは痛みに顔をしかめながら、


「しみた方が、よく効いてるような気分になるじゃねえか」


などと言う。

苦笑するゼオンは、薬の塗り終わった傷口に、ガーゼをあてて、テープで止めてやる。

それから、事の次第を聞こうと、スゴウと対面する位置に椅子を動かして腰掛けた。


「で、どうしたんですか? その傷は」


出血の量にしては、案外浅い傷だったか、場所が急所だけに、ただ事ではなかったのだろう。

菩薩のごとき笑顔のゼオンを前に、スゴウは逃げることなどできなかった。


「……実は、ジャックとはちあわせしてな」

「ジャックと? よくその程度ですみましたね」

「………………お前、俺のこと馬鹿にしてんのか? 俺がジャックごときに裂かれる訳ねぇだろうが」


その自信は一体、どこからくるのか。

ゼオンは呆れてしまって言葉が出ない。

スゴウは視線をそらして、ガーゼをいじる。


「確かに、ちったぁ、危ねぇとは思ったけど、負ける気はしなかったぞ」


悔しいが、スゴウのその意見は、決して過大評価ではない。

知らぬところで同士を増やしている《反人形狩り》だが、ゼオンが知るかぎりでは、一番腕利きで最強なのはスゴウなのだ。

それは対抗勢力の《人形狩り》から目を付けられるほどのもので、ジャックにも劣らない。


「あいつと俺の違いって、殺すか殺さないかぐらいしかないんじゃねーの?俺は殺しなんか、まっぴらごめんだね」


肩をすくめるスゴウに、ゼオンは今朝の新聞記事を思い出す。



旧文明の怪人甦る。

その昔、人間の女を殺し回った《切り裂き屋・ジャック》
神出鬼没の殺人鬼のごとく、本日の事件についても、証拠も目撃者も皆無であった。
手口は残虐であり、筆舌に尽くしたくはない。



「んでな、姿はやっぱ見えなかった………一生の不覚!」


街に出没した殺人鬼と遭遇したというのに、彼はあくまでも普通である。


「程々にして下さいよ」


嘆息するゼオンに、スゴウは笑って返す。

分かっているのか、いないのか。

その内、
「これが彼の最後の笑顔でした」
なんて事になりそうで、ゼオンは心配でしょうがない。

当の本人は
「心配はかけてるけど、迷惑はかけてねぇだろ」
と、屁理屈を言い、全くおとなしくしてくれないのだ。

これではゼオンもどうしようもない。

困り果てた表情のまま、ゼオンが座ると、向かい合ったスゴウが、深刻な面持ちになって、手を組み合わせる。


「ジャックに遭ったのは、びっくりハプニングだからいいんだ、別に。 問題はそっちじゃねぇんだ」

「と、言うと?」


スゴウは目がいいだけではなく、情報も早い。

確実せいのある情報は、すぐにスゴウに伝わり、ゼオンへと届けられる。

その速さで、街の誰しもが《人形狩り》に賛成している訳ではない事がうかがえる。

それは、街の最高権力者も、同じ事だったようだ。


「街長の息子が動いたぞ」

「彼は、確か」

「あぁ、奴は《イン・ギア》派だ。 親父を引きずり落として、街長になったらしいぜ。 公表はされてないが」

「………そうですか」


少しばかり、肩の荷が下りて、ゼオンは表情を綻ばす。

スゴウも笑いかえすが、油断はできない。


「つっても、《人形狩り》は、もうでっけえ組織になってる。 今更、街の政策で押さえ切れるかどうかったら………」

「無理、でしょうね」

「だよな」

「しかし、大見え切って行動も出来なくなるでしょう。 私たちには、協力者が多いですから」


にこりと笑うゼオン。

《人形狩り》が考えているよりも、《イン・ギア》に賛同するものは多い。

スゴウのように、顕著な人物の方が少ないのだ。

人形と勘違いされた人を、捕まえた振りをして、花屋まで連れていくのが、《イン・ギア》本来の姿。

《人形狩り》を蹴散らすような、力強いメンバーはスゴウくらいの者だ。


「さて………どうしますか」


腕を組んだゼオンの瞳が、眼鏡の奥で細まる。

スゴウも同じく、腕を組み、瞳を閉じた。









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