第十六話:填る歯車◇報復の青
ヒュン、とナイフが白い肌を裂く。
「くっ」
何を考えての行動なのか理解が出来ないが、狙われたとあっては逃げるわけにはいかない。ツガサは避けつつ、何とかジャックのナイフを受け流していた。
「ジャック!!」
ジャックを止めようとしたゼオンを、掌が制す。ツガサの相手をしつつ、目だけを向けて、彼は言った。
「どうして止めるの? コイツは“人形狩り”じゃないか。しかも一番偉い奴。死んだ方がやりやすいでしょ」
そうして一歩大きく踏み出す。
それはまるで見せ付ける様だった。自分は、人形だと。
「……っ!」
「こういう事だよ。人形を相手にするってのはさ」
ジャックの腹をつき抜けた銀の刃は、ただつき抜けただけだった。
彼には痛みもなければ、それによって制限されるものもない。刺さった。それだけの事。
「君は何のためにこんなことをしているの?」
心臓に突き付けたナイフは動かさず、貫かれた事も気にせずに、ジャックはツガサに問う。
汗を浮かべながら、警戒の見える声音で、ツガサは答えた。
「復讐のためだ」
「誰の?」
続けて、状況は変わらない。
「……我が一族と、我等が巫女様の」
「そう」
それを聞いて満足したのか、ジャックはツガサの胸からナイフを外し、何歩か後ろに下がって剣を抜き去る。
それからゼオンを振り返った。
「だってさ、兄さん。復讐のためだって。僕と一緒なんだよ。……だからって、仲間ゴッコするつもりはないけど」
止めることなんて出来ない、といいたいんだらうか。
「彼の邪魔はさせれないなー」
「標的が人形であっても?」
凛とゼオンが尋ねても、ジャックはさもおかしそうに笑うだけ。笑いながら、ゼオンとスゴウを見やる。
「何言ってるのさ。人形はもう居ないよ。分かってるくせに。僕と兄さん。それで最後さ」
ツガサには聞こえないように、声を潜めた。
やっぱりそうか、とスゴウは目を細め、ゼオンの金髪を見やる。人間と同じような柔軟性を持つ、けども人間ではないゼオン。
彼は、それでも人間を守る。
ジャックや人形狩りと同じ様に、恨んでもいいはずなのに。
「僕はこの囲われた世界の命が無くなることを願ってる。使えるんだよ、“人形狩り”はさ」
くすくすと笑うジャック。ジャックは、ゼオンに全てを話す。隠す何てことはしない。
それはジャック自身、無意識でのことで、ゼオンもそれを意識することはない。おかしな話だが、昔からそうだった。
「ジャック。どうしてこんな事を」
「ママの復讐。それだけ」
「この街の人間には、何の罪もないでしょう……」
「この下に、皆が埋まってる。ここの奴らは、それを知りもしない。死んだって生きてたって、僕には関係ない。思い知るといいんだ。虐げられて捨てられた皆と、ママの恨み」
全員殺してやるから。炎を背に、まるで悪魔の様に微笑んだジャック。
彼に重なって見えたのは、ゼオンの父、ゼイオンの姿。
「殺すなんて、言わないでください」
いつの間にか姿を消したツガサ。
消防の音が聞え、スゴウはゼオンの肩を引っ付かんで、路地裏を進む。
「やっぱ、人形だったか」
「はい。すみません、騙すつもりはなかったのですが……」
「別に気にすんな。お前が人形だろうが何だろうが、お前はお前。それでいいじゃん」
いつも通りの笑顔。いつも通りの会話。
スゴウなら変わらないだろうと思っていても、やはり嬉しかった。
「会ったときから思ってたぜ、お前人形だろうなって。体の作り方からして、人間様のパーツじゃなかったからな。それに素材にしたって、大戦前のだし……人間の寿命敵にそれはありえない」
俺のジジイは死んだからな、とスゴウは小さく笑う。彼の師匠とも言える技師の老人は、自らの体の大半を自分で作り上げた義体で補っていた。それは彼が大戦の経験者であって、第一線で人々を救っていた人物であったからだ。
その老人は、もう数十年前にこの世を去った。
「そう言うことだ。多分、ガキ共以外、皆分かってるんじゃねぇの。分かってなくても、たぶんそんな気はしてるんじゃねぇかな」
それは遠回しな言葉だった。多分、スゴウは『気にするな』と、言いたいのだろう。
「分かってますよ。『イン・ギア』の仲間なんですから」
人形の為ではない、人間の為の組織。でもそれを立ち上げたのは、世界にたった二人だけになった、人形の片割れ。自分によく似た人間が殺されるのに黙っていられなかった人形は、至極人間的であると思う。それは人形という枠に入れては置けないほど、人間然とした人形。
「私は分かってますよ」
人間が、それほど愚かではないことを。
呟いたゼオンに、スゴウは、ホントかよ。と笑いながら、ただただ石畳の道を走っていた。
人に指図されるのは嫌いだと言いながら、人は結局、誰かの存在なしには生きていけない。それを思い知った日に、彼の地獄は始まった。けれどももう、その地獄すら、地獄と感じないほど、彼はそれにのまれていた。
たん、と響いたのは、包丁がまな板に突き刺さった音だった。
「ガゼローフ?」
日の下を歩くことのできない、白の人形姫。ツェナの声に、ガゼローフはゆったりと顔を上げた。
「どうかした?」
「いや」
何を考えていたのかすら思い出せなかったのだが、良い事ではないのは確かだ。空虚な時間だったには違いないが、それでも手は的確に動いていたらしい。最後、まな板に包丁を刺すまでは。
「困ったね、ガゼローフ」
「え」
「なんだか困ってるよ、ガゼローフ」
そうだろうか。そう思いながらも、彼はまな板に刺さったままの包丁を引き抜き、貫通しきらずに穴が凹みができてしまったまな板を水で流す。困っているだろうか、自分は。
余り長い間、様々なことを考えていて、結局は答えにたどり着けやしない。何年も、繰り返し、繰り返し。
「困って、るか」
「うん」
穏やかな笑顔のツェナを見ていられなくて、ガゼローフは視線をさ迷わす。呆れ顔になったツェナは庭を見た。
自分とは違い、身体中に日の光を浴びる花達。
「……困ったねぇ」
もう一度呟いてみても、ガゼローフ自身が、何に困っているのか、気付くことはなかった。
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