第十五話:填る歯車◇復讐の赤
どうしてだろう。それは急に思い出した事だった。
『お前にだけは教えてあげる、これが私達の最後の希望』
それはママに手を引かれて連れて行かれた場所。この街の、ずっとずっと下にある場所。
『もし、もしこのまま、ママがいなくなったら、お前だけではどうにもできなくなったら、これを使うのよ。でも、これを使ったら、お前も生きてはいられないかもしれない』
ママ、僕は人形だもの。最初から生きてはいないんだよ。僕は僕のまま大きくなって、普通にしててもママより長く生きるんだ。だから、僕はいつか、本当にこれを使う日が来るんだと思ってた。
自分が壊れてしまいたくなったその日に、使うんだと思ってた。
でも、そうじゃないって、ママには分かってたのかな。
誰もいない暗い路地裏。例の端の上で、ジャックはぼんやりと目を覚ました。いや、人形である彼に、目を覚ました、という言葉は当てはまらない。彼はプログラムの起動を終えたのだ。
何十年も後に思い出すように、凍結させていた記憶という名のメモリ。それを解凍したジャックは、視線を下へ下へと落とす。
それは、最終兵器。地面の下から、街を滅ぼす物。
「……」
人間そのものに見える手。人間みたいにくるくる変わる表情。人間のように考える思考回路。人間と同じく起伏する感情。
全部、なくなってしまえばいいのに。
そうすれば、母親恋しさに苛まれる夜なんて来ないのに。人を殺すこと。そんな最大限の刺激で押さえてきたものが、もう抑えられなくなってきている。
最大限の刺激も、回数を重ねるたびに薄れていく。
「こんな世界、壊れてしまえばいいのに」
僕を生んだ、こんな世界。僕からママを奪ったこんな世界。幸せと不変の繰り返しを勘違いしてるこんな世界。
「全部、壊れればいいんだ」
兄さんも。
そう思って、ジャックの手が止まる。彼は、ゼオンは何をしたいのだろう、と。
自分がそうであるように、ゼオンにも何かしらのプログラムが設定されているはずなのだ。彼はそれに沿って行動しているはず。それが何なのか、ジャックには分からない。
ゼオンは、ジャックの目的を知っているのに。
「……」
自分の邪魔をしたような事もあった。インギアとか言う組織を立ち上げて、街を守ろうとしている。けれども、それが設定されたプログラムに関係あるのかが分からない。
人形には通常ありえないが、インギアの行動が彼の個性なのだとしたら。
「兄さんは、何をしたいのさ」
鼻で笑ってみても、何も始まらない。だから。
だから今日も、誰かを殺しに行こう。そしたらきっと、彼は来る。あの黒い髪の技師を追いかけて。
「だぁかぁらぁっ! それは俺の勝手だって言ってるじゃぇか」
「いいえ。ものには限度があるんですよ、スゴウ」
腕を包帯でグルグル巻かれているスゴウ。そしてグルグル巻きにしてるゼオン。
「またやってるよ」
「あれは仕様がないんだよ。意見のソオイってやつ」
「相違だよ、テイオ」
たまたまゼオンに絵の描き方を教わりに来ていた、ユキとテイオとアーク。
驚異的なまでのスピードで回復を見せるアークは、すでに普通に会話ができる様になっていた。時々、単語を思い出せなくなるような事にはなるらしいのだが。
「最近おかしいんだよ。街の連中も、人形狩りも、ジャックも。様子見にいっただけだっつうの」
「じゃぁ、なんでこんな怪我をして帰ってくるんですか」
「……枝に引っ掛けたんだ」
これほど深く鋭く皮膚を避ける枝なら見せてもらいたいものだ。そう思うほどによく切れている。
「大体、想像はつきますがね。……大方、ジャックのところにでも行ったのでしょう」
「う…、あ、ま、まぁな」
少々ご立腹気味のゼオンの様子をうかがいながら、激しくうろたえるスゴウ。ゼオン相手に隠し事ができると思っているのだろうか。
「……ちょっとかわいそうだよね」
クレヨンで画用紙を塗りつぶしながら、ぼそっと雪が呟く。同じように一心不乱に画用紙に向かい始めたアークは何も返してくれなかった。
「かわいそうっていうか、身の程知らず?」
「おい、聞こえてんぞ、テイオ」
輝かんばかりの笑顔で言ったテイオを、スゴウの千里眼が睨む。それを奇麗に無視して、テイオは、それが何なのか分からない謎の生物を描き続ける。
軽くため息をついたスゴウは、あきれた表情のゼオンが入れたお茶を受け取る。
「全く……無茶はしないで下さいと言っているじゃないですか」
「個人的に無茶してるつもりはねぇんだけどな。俺だって、出来ねぇって思ったことはやらねぇよ」
「本当ですか……?」
信用ならない。怪我をしてしまっている時点で、無理をしているようにしか思えないのだが。
「無理してない。これぐらいで無理してるって言われたら、人間、なんもできねぇって。死ななきゃいいんだ、死ななきゃ」
窓の外に視線を向けるスゴウ。だが、本当に死ななければ何をやってもいいんだろうか。ふと浮かんだのは、ガゼローフ。死んだように生きているのは、無理をしているという風にとらえていいのだろうか。
「ところでゼオン」
「……」
「ゼオン?」
「……はい?」
「具合でも悪いのか」
「いえ。私は全く。少し考え事を」
薄く笑ってみながらも、やはりどこか抜けているような雰囲気に、スゴウは何も言わずにお茶をすする。
ジャックとゼオンが顔を合わせたあの日。あの日からスゴウは、普段以上にゼオンを観察し始めた。別に敵としてどうこうという訳ではない。彼の様子がおかしい。けれども、彼は話してくれないし、自分からもきけない。外から見るしかできないのだ。
ここにきて、ずいぶんと臆病だと笑われるかもしれないが、彼は特別なのだ。それは彼の整備をしてみてよく分かる。
スミレの花屋にも、機融人の身体検査のような形で、腕や足など、体の部位の整備をしに行く。彼らの場合、大体が大戦前後からの医術として発展した技術、ようは義足や義手、と言った感じの構造なのだが、ゼオンは違う。
技師だけではなく、人形師でしか分からないような、高度で緻密な技術で作りだされている。しかも、それらを模るのは、鉄や銅などではない。銀。大戦後の大地にはもう残されていない、美しく輝く白銀だった。
部分的に、ごく僅かに銀を使った部品が装備されている者も確かにいる。けれどもゼオンは全てが銀なのだ。
いうなれば、ありえない。普通ではあり得ないのがゼオン。彼は大戦がはじまる前から存在していることになる。それに、本当に人間かどうかも、怪しい。
人形。
「ゼオン、俺、お前に聞きたいことがあるんだよ」
「何でしょう?」
変わらぬ様子で、余裕の優しい笑み。出会って頃から全く変わらない姿。達観している意見に、誰もが知らない事を知っている。この街の仕組みも。
「お前、本当は、に……」
んぎょうなんじゃないか? そう続くはずだった言葉が、響いた爆音に消される。
爆音。それはこの街に来て、今だに一度も聞いたことのない音だ。そんな破壊兵器、この街にあったことすら知らなかった。
「そんな!」
テイオとユキ、そしてアークを部屋に残したまま、外にでたゼオンとスゴウの視線の先。そこには黒煙が上がっていた。無駄に高いビルとビルの間から見えるそれは、明らかに常軌を逸していた。
「あり得ない……なぜ今頃、そんなものが」
考えるより先に行動を起こしてしまうスゴウ。茫然と呟いたゼオンを置いて、一人走りだす。
見なければいけない。何が起こっているのか。
「怖気づくな。何のための千里眼だ、てめぇ」
自分を勇気づけるように言うスゴウ。彼は新しい真実に触れることに弱い。一度理解してしまえば、触れてしまえばどうってことはないのだが、それに行きつくまでが長いのだ。けれども、こんかいはそうも言っていられない。
ここで引き下がっては男が廃るというものだ。
後ろを追いかけてくるゼオンの足音を聞きながらも、路地を抜け、人のうちの敷地を通り、最短距離で駆け付けたその現場にいたのは……。
「やっぱりてめぇらか!」
黒い髪の、切れ目の男。
燃え上がる炎をものともせず、数人の手下を連れて、崩れた建物の前に立っていた。
「あぁ、ここには人形が数十体住んでいたと聞いたのでな……旧世代の兵器を試してみただけのこと」
「お前、人形はもういねぇっていっただろ! そいつらは……」
「己の命を長らえるためだけに、人形になる事を善しとした愚か者ども。違うか?」
有無を言わさぬ彼の目。人形狩りの長、ツガサは感情の見えない冷たい目つきで言い放った。吹いた風と、その風にあおられて大きくなる炎。
「違いますね。私はあなたの意見に賛成することなどできません」
気迫、というのだろうか。ツガサの放つそれにスゴウが呑まれかけたとき、追いついたゼオンが、炎の光に目を細めながらも、言い返した。
その彼を見て、ツガサは薄く笑う。
その笑み。スゴウが彼に初めて会った時には想像もしていなかった、暗い微笑み。見ていて、ぞっとするような。
「そうだろうて。お主には、理解ができなくて当然」
どん、とまた別の場所で火の手が上がる。人の悲鳴が聞こえては消える。それがどういう意味なのか、スゴウは二択答えに行きついた。
誰かの先導で逃げおうせたか、巻き込まれて死んだか。
この街とて、決して人は少なくない。むしろ多い部類に入る。八十年前の戦争。あの時に生き残った生命全ての為に作られた、いわば箱庭。戦場で生き抜いた命、全てが詰まった場所。
本来ならば、人の痛みが分かる者同士が、互いを尊重しあい生きていた場所のはずなのに。
「人形遣いに飼われていた貴様には分かるまい。人形の貴様には、我々の憎しみは分からん!」
飼われていた。その言葉に、ゼオンが明らかな不快感を表す。
「飼われてたって……ずいぶんだよね、兄さん」
ゼオンが何かを言おうと一歩踏み出した時、そいつは炎の中から、炎をまとったまま現れ、そして目の前にいた男を切り裂き、更に切り裂き、薄く笑った。
「ママを、馬鹿にしないでくれる? カラクリ師風情が」
ゼオンとよく似た金の髪。今はまだ青い、赤布に隠された隻眼。手にしたナイフは銀色に煌いている。
「いいね、これ。本当は旧世代兵器なんて大っ嫌いって言いたいところだけど、これよりも効率よく人を殺せそうで……ねぇ僕にも頂戴よ」
「……く、黙れ、人形!」
「あれ? どうして僕が人形だって知ってるのさ? あれれ、僕と君は知り合い?」
「!」
たぶらかす様に笑うジャックに突きつけられたナイフ。ツガサは言葉を失い、ゼオンとスゴウは動けない。
「僕、覚えてるよ。君に似た人がたくさんいた者。ママが、滅ぼした人たちの……マツエイって言うんだっけ?」
「……、貴様、たばかるな! 我々は、ただ巫女様の」
「その巫女様に滅ぼされたんでしょう、君たちって」
「違う」
「どこが」
人間なら絶対に出来ない芸当。こうして話している間、ジャックの腕は一ミリも動かなかった。人間なら筋肉の運動のせいで、静止していることは到底出来ないはずなのに。
彼の笑みは、全ての心を揺るがす。そして、何かを壊す。
振り上げられた剣。彼はそれにほほ笑んだまま。
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