第十四話:填る歯車◆ジャックと少年
嫌な夢を見た。
ママが自分に覆い被さっている。
瞬きせずに、銀に煌めく剣を見る。片方にしか刃のない剣。背の高い男。
ママを殺した男。
世界で一番殺したい男。
「……」
「こんにち…わ」
金髪隻眼の殺人鬼、ジャックを前にして、その少年は舌足らずに、転んだままの格好でそう言った。
ぼんやりと覚醒しきらない頭で少年を見下すジャックは、青の瞳を細める。
長い髪。
「君、女の子?」
「おんなのこ……? おとこのこ」
「はぁ?」
少年の言葉に要領を得ず、ジャックは未だに起き上がらない少年の頭上に立ち、しゃがみこんで、その顔を覗きこむ。
薄い白に見えなくもない、水色の髪。外着には見えない薄い衣。人形のような、感情のない表情。
「……」
「……」
見下すジャックを、じっと見返す少年。そこに会話はない。
「金色」
「は」
いきなり言葉を発した少年は、グイッとジャックの金髪をつかんで引っ張る。
「金色……ぜおん。金色」
「お前……何」
見知らぬ少年の口から出てきた、見知った男の名前。一気に不機嫌になったジャックは、少年の手を振り払おうとしたが、彼の手に当たる前に、少年は髪から手を話していた。
絶妙なタイミングで。
少々カッとなったジャックが、少年の胸ぐらを掴むが、彼はぶさらがったまま微動だにしない。
「……」
本当に、反応しない。
誰の侵入も許さない路地裏。ジャックの犯行の形跡が残るそこで、少年は何も感じていないようだ。
「あ、おひるだ」
また、突拍子のない事を言った彼に、ジャックは苛立ちを募らせるばかり。
だが、次の瞬間、苛立ちが驚きになる。
「おひさま、まうえ……おうち、かえる」
そう。気が付いたら、少年はよちよちと、大通への道を歩き出していた。
軽々とジャックの腕を通り抜けて。
「!!」
「にいさまに、おこられちゃう……」
なんて言いながら、おぼつかない足取りで彼は、歩く。
後ろのジャックに、何の警戒心も抱かずに。警戒する価値すらないように。
「きょうは、みんなで、おちゃかい……」
テイオとユキが来る。
少年、アークはそのまま家まで歩いて帰った。
自分が、どんな目にあったかも分からずに。
それは、人が望みすぎたがゆえに始まった戦争。
『なぁ、お願いだから』
父さんが言っていた。
『お前にしか頼めないんだ、お前なら出来るだろ』
だってもう、人殺しなんだから。
と、仲間に向かって平気で言えるようになってしまった父さん。
『一人も二人も変わらないだろ、だから』
殺せと言う。
私が愛した父さんではなくなった、でも私の父さん。
『頼むよ、ガゼローフ』
すがりつかれ、ただただ困惑と不安と恐怖の表情で追い詰められた彼は、それでも首を縦には振らない。
『そうか、駄目か……』
私が立って、その光景を見ていると知りながらも、父さんは笑った。
笑って、手元にあった中ほどの剣を振り上げる。
『ゼイオンッ!!』
ガゼローフは叫んだが、父さんは止まらない。薄ら笑いを浮かべて、何度も剣を降り下ろす。
机の上、棚、壁に掛けてあったもの。それら全てを破壊して、ガゼローフは逃れて父さんは追う。
だが、ここは狭い。逃げ切れるはずもなく、ガゼローフはついに扉を背にして追い詰められた。
ガチャガチャとなるばかりの扉に、剣が刺さる。
『……悲しいんだ、虚しいんだよ、ガゼローフ』
うつ向き、笑う父さんを、彼はどう思ったろうか。
『俺を、殺してくれ、ガゼローフ』
そう言いながら、剣を振りかざす父さんの矛盾に、私はそうなるまで不可解で仕方なかった。
ガゼローフが、剣を引き抜き、父さんを切り捨てる瞬間まで。
『……ゼ、ゼイオン…?』
条件反射だったのだろうか。
暫く硬直していた彼は、恐る恐る倒れ伏した父さんを見下ろし、後退り、逃げ出した。
その光景を見ながら、私は……
「おや、今、おかえりですか? アークくん」
「……金色」
「はい?」
遠慮なく引っ張られた長髪。
。アークはその手触りを確かめるように指先で擦りながら、しきりに『金髪』を連呼する。いきなり髪を引っ張られたゼオンは、嫌な表情一つせずに、黙って微笑んでいる。
ついこの間まで、言葉を話すことすらできなかったアークの回復具合が嬉しいのだ。
「ま、話しかけてやるとか、人が話してる所にいれば、普通に回復してくと思うけどな。もとから頭の出来はいいっぽいから、悪くて一カ月程度じゃねぇの? そこら辺はテイオにでも任せておきゃぁ心配ねぇだよ」
楽観にもほどがあると思ったスゴウの意見だったが、あながち外れではないのだろう。
「あ、チョウチョ!」
直ぐに他へ興味が移ってしまうのも、順調な回復の目安らしい。
「微笑ましいですね」
呟いたゼオンを縁側から見つめていたスミレは、そのゼオンの様子を微笑ましく思う。いつからかは分からない。けれども最近、ゼオンの様子がおかしかったのは確かだ。何かを考え込むようにしていたかと思えば、ため息ばかり。
実のところ、スミレは人を保護するために場所を提供しているだけであって、インギアの活動に参加している訳ではない。
「何だかうれしそうだね、スミレ」
「あら、ツェナちゃん。今日は天気がいいのに……大丈夫なの、外に出て」
「うん。直接日光に当たらなければ問題ないよ」
日傘をさして、黒い手袋をはめた、人形のような彼女。その彼女に付いてきた、暗い表情の青年が無言で、店先に花を置く。
「カスミ草。今年も可愛く咲いたんだよ」
誰も知らないだろう。この街に花屋が存在する事を。そして花に囲まれた住まいが存在する事を。
機械に埋もれ、その機械に恐怖し、そして枯ゆくこの街の人間は、誰も知らないだろう。自分達の住む街に何が起こっているのかも分からず、ただゲーム感覚で、いたずらに人を落としめているようなこの街の人間には。
「これから、この街はどうなるんやろなぁ」
「さぁ。でも、僕達がやれる事をやる事には変わらないよね。信じてれば、世界だって変わるよ!」
「そうならえぇんにね」
紫の花。菫をあしらう白い着物の彼女は、薄く笑うばかり。
世界を変えられると本気で考えているツェナを、少しうらやましく思っていた。彼女には、明るい未来が見えている。けれどもスミレに見えるのは、そこにたどり着くまでの苦難。
「確かに、そうなるまでは大変だろうけどさ……」
スミレの考えを呼んだかのように言うツェナは立ち上がり傘越しに空を見ながら、幸せそうに、心強そうに微笑んでいた。
「大変だからこそ、僕らがいるんだよ。皆がいれば大丈夫! なんてね」
太陽に愛されなかった少女。その代り、彼女は強かった。身体能力的にも、心にしても。
「ガゼローフ、帰ろっか」
「……あぁ」
洋々と帰るツェナ。その隣をゆくガゼローフ。彼の表情はいつにもまして暗い。それでもツェナは変わらないだろう。彼女がいる。それがガゼローフにとっては大事なのだ。ただそこにいるだけで、彼はたぶん救われる。
人形の様に汚れなく、一点の曇りもなく美しい彼女がいれば。
コンコン、と咳をしたルークは。大きく息をついて、かつては父が座していた場所から街を見下ろした。
人形狩り。インギア。ジャック。
この街に住んでいる人間の何人が、事の重大さに気が付いているだろう。たぶん、誰も分かっていない。現実味がない。平和ボケをしている訳ではないが、この街はどこか可笑しい。
街と住民。住んでいる世界が、そもそも違うというような感覚。これは前街長が全てをひた隠しにしてきたせいであるとルークは思っていた。
だからといって、今さら隠してきたことを曝け出したとしても、誰も相手にはしないだろう。若い街長が何かおかしなことを言っている。そんな馬鹿な、と。
だから、全ての長でありながら、ただの人でしかない、ルーク。
「どうしたら変わる?」
街に、自分に問いかける。
不安要素ばかり。どうしてこんな街になってしまったのだろう。なぜこんな街になったのだろう。
全ては八十年前の戦争から始まった。あれさえなければ、人形も、人間もうまく生活出来ていたのかも知れないのに。
「げほっ」
また軽く咳き込んで、ルークは椅子に座り直す。
まずはジャック。彼を何とかしなければなるまい。彼は一人。会話で解決できるなら、それに越したことはないのだろうが、それは難しいように思える。あの日見た彼の眼は、誰の言葉も聞き入れないような赤。
「……けほ」
決定的な解決策が見つからない。ルークは唯、書類を見て、小さく咳をするばかり。
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