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インギア
作:秋之



第十三話:填る歯車◇過去の欠片


「……ガゼローフ、先程の話ですが」

「……」


無言のままツェナ邸に帰りついたガゼローフとゼオンとスゴウ。

 ツガサという東の民から受けた傷。

 スゴウが見た結果、肩や腕の機能的には全く問題は無いと言うことで、皮膚部分の繊維を縫い合わせればいいだけとなった。

 よって、この部屋にはゼオンとガゼローフしか居ない。

 スゴウは向こうの部屋でツェナと話でもしながらゼオンを待っているはずだ。


「貴方が……あの人を殺したというのは、本当なのですか」

「……うん」


 すいすいと手を動かしてゼオンの肩を縫い合わせながら、ガゼローフは頷く。


「オリティーンだけじゃない。もっと沢山殺したよ。人形を造る人も、機会を造る人も、ゼイオンを殺したのだって僕さ」

「……」

「怒らないんだ」

「えぇ。私はその様にプログラムされていませんから」


 そのゼオンの答えに、ガゼローフの手が止まる。

 プログラム。そう。人形は人形。どれだけ人間らしくとも、所詮はプログラムなのだ。プログラムがどれだけ緻密に、どれだけの分岐を持たせているかによって、人形の柔軟性は変わる。


「私は、私の父が自分の姉に似るようにと創られた人形。私の父は矛盾していましたね。それは貴方がよく知っている」

「……人形が好きで、技師でもあるくせに、人間側についた変な奴」


 一旦針を置いたガゼローフは、縫い目に特殊なノリを塗りこんで縫い目を消す。


「貴方だって似たようなものじゃないですか? 人形師のくせに人間側につくんですから」

「死にたくなかったから」


 あの頃は。と、ガゼローフは呟く。今は真逆だ。死にたくて死にたくて仕方がない。


「人間は、無いものを求める。ゼイオンは人間と人形との完全な共生を。オリティーンは人形達の楽園を。交わりそうで交わらない世界」

「父は、あの人に話に行ったじゃないですか」

「うん。けどね、オリティーンは……オリティーンは人間の殲滅を宣言した」

「……」


 それは二人が知っている、歴史に埋もれた事実。


「オリティーンが都市ごと人間を爆破するなんて言うから……僕はオリティーンを殺した」


 大地を尽く破滅へ導くとされていた、大地の武器、人形側の最終兵器であった地熱爆弾。それが使われなかったのは、唯一爆弾の起動法と爆弾の有りかを知っていた人物が死んだからだ。

 そしてその代わり、人間側の兵器が大地を貫き、人形を焼き払った。空の武器、宇宙兵器だ。


「そのせいでゼイオンは希望を捨てたんだ」

「……私の父は、人間と人形が共に生きていく事は無いと悟ったのでしょう。唯一の肉親を奪った貴方に刃を向けて」

「返り討ちにあった……君の目の前で」

「覚えていますよ。まだ」


 目をつむり、思い出すようにするゼオンだが、結局それは人間の真似事に過ぎない。

 ゼオンの父、ゼイオンが姉のオリティーンの思考に似せて作った人形。

 ゼオンは日々自分が出来上がって幾度に思っていた。徐々に崩れ行く父を。自分を創りながら、涙していた父を。そして何度も自分を壊そうと手を振り上げた父を。

 最期に自分を見た父は、笑っていた。自分の手を握ったゼオンを『姉さん』と呼んだ。それにゼオンは、優しく微笑んで見せたのだ。

 プログラム通りに。


「父を斬って逃げ出した貴方が、まさかまだ生きているとは思っていませんでした。しかも人形師だっただなんて」

「……人形は、死ねなくなってから創り始めた」


 縫い目を消すノリを塗り終わったガゼローフは、上から染料を振りかけ、刷毛で馴染ませて行く。

 少し白っぽかった場所が、人間の血の通った皮膚のような赤みのある色へと変わる。


「死にたくないと考えることもなくなってから思ったよ。死にたいのに死ねないのは……死にたくないと願うよりも辛いって」


 ぼんやりと囁くには重すぎる言葉。

 人形と人間。その二つを動かしたのは二人の姉弟と一人の男。

 死にたくない男は、自分を含む人間を滅ぼそうとした魔女を手にかけ、魔女の手先を殲滅。

 これで平和になったかと思えば、魔女の弟で親友だった男が自分に刃を向けてきて、彼を殺してしまった。死にたくないから。

 死にたくないくて死にたくなくて、生きていられる方法を探し、ついに手に入れた男はフと思う。

 既に死にたくないという不安からは解放された。だが解放されたところで、自分は何の為にここにいるのだろうと。

 沢山の人間を手にかけた。親友も居ない。

 時が流れるに連れ、見知った人間はどんどんとしんで行く。

 死にたくない男は、死ねない恐怖を知った。死ねない苦しみを知った。


「親を失って、何も分からずに追われる人形と同じ」

「自分では、死ねない」


 人形に、自殺のプログラムは存在しない。自然に壊れるのを待つしかない。


「貴方は、この先どうします」

「……」


 完全に元に戻った肩を見て、ゼオンは言う。ガゼローフは道具を片付けながら答えない。


「私は、貴方を止めません。貴方がしたいようにして下さい。誰も見ていない所でなら……貴方が自殺まがいに殺されていても、私は誰にも何も言わないでしょう」

「それもプログラムなの」

「えぇ」

「僕への復讐のつもりかと思った」


 パタン、と箱をしめて振り返ったガゼローフは、一瞬目を見張る。

 ゼオンがオリティーンに見えた。

 人形側には女神と呼ばれ、人間側には魔女と呼ばれ、東の民には巫女と呼ばれた女。オリティーン。ゼオンのオリジナル。

 微笑む様が瓜二つ。

 そしてゼオンは言った。


「復讐のなら、再会した日から、ずっとしていますよ。拷問の様にね」


 見るたびに思い出す、今思えば、罪にしか思えない所業。


「そうだね」


 肩をすくめたガゼローフは、考えることを止めた。プログラム。

 ゼオンの行動は、プログラムなのだ。そしてプログラムを設定したのは、親友だったゼイオン。

 彼は自分に切りかかる間際、負ける事を前提として、ゼオンに復讐のプログラムを埋め込んだのだ。


「……」


 パタン、と閉まった扉。スゴウの声と、ツェナの笑い声。部屋の戸を開け、何時もと変わらない様子で会話に混ざるゼオン。

 一人部屋に残ったガゼローフは、そこにあった針で思いきり自分の手の甲を机に張り付ける。針は机に刺したまま、手を針から抜くと、わずかに血が着いているだけで、傷口はない。

 思わず吹き出した彼は、手を握り締めて呟いた。


「化け物じゃないか……僕は」


 人形よりも、たちが悪い。












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