第十二話:填る歯車◇刀と糸・技師と人形
情報と言うのは、時に困ったものだとゼオンは思った。
たぶん、情報を持ってくるのはスゴウでなかったらば、もう少し楽であっただろうにと思うことは多々ある。今が、その状態だ。
「場所とか……分かる?」
「分かりますよ、心配いりません」
「そう」
伝言でその情報を伝えてきたスゴウは、すでにその場所に行ってしまったらしい。
だから、ゼオンは焦りの表情で、裏路地を駆けている。隣には、ガゼローフの姿が。
「スゴウを引っ張り戻しにいくだけですからね? あまり悪戯しないように」
「うん。……僕って信用されてないのかなぁ。そうか…信用されてないなら、別にここで死んでも」
「そういうことを軽く口に出すものではありません。……信用していない訳ではないですよ。ただ、念を押しただけです」
苦笑しながら言うゼオンにも、余り余裕はない。なぜなら、今回はよりにもよって“人形狩り”の本拠地に行ってしまったのだから。
彼の行動力と心臓の強さには呆れてしまう。
付き合い始めた頃からそうだったのだが、彼は“人形狩り”に敏感すぎる。技師だからという理由にしては、いきすぎている気もするのだが、こればかりは本人に聞くしかない。
「街外れにある、古い城壁跡らしいですが……」
「……あぁ、あそこ」
ぼんやりと呟くガゼローフの指先で、キュイ、と糸が鳴る。
横目で見たゼオンは溜め息をついた。
「くれぐれも、悪戯はいけませんよ」
「……」
何も言わないガゼローフ。ゼオンの不安は募るばかりだった。
▽ ▽ ▽
「スゴウ!」
一人も見張りのいない入り口。
中に入って、親友の名を叫んだゼオンは、はっとした。
「よ、速かったじゃん」
「スゴウ」
入って直ぐの広間にあぐらをかいているスゴウは、嫌味なくらいに笑顔だった。何もないにこした事はなかったのだが、それにしても静かすぎた。
「スカッた」
立ち上がり、溜め息をついたスゴウに、ゼオンは溜め息を返す。
「……全く、私たちがどれだけ心配したと思ってるんですか?」
「悪い悪い。別に死ぬような事もないだろって思って」
悪びれなく言うスゴウ。ゼオンは何かを言おうと口を開いたが、結局何も言わずに、目がしらに指を当てる。
「危険ですから、今後は控えてくださいね」
「……無理だと思う」
ゼオンも、ガゼローフのいい通りだと思った。
しかし、やめてもらわなくては困るのだ。彼は少し、血の気が多すぎる。逆にガゼローフは、無さすぎるのだが。
「だってよ〜、筋通して話付けてやろうと思っただけなんだぜ?」
「私達はあくまで平和的に事を進めなければいけないんです。武力はいけません」
どこか極道じみた言い回しでスゴウがズカズカと入り口へと歩き出す。
それを追うかたちでゼオンとガゼローフが続いたが、その足は、入り口から入る光が陰った事で止まる。
「お初にお目にかかる、ゼオン殿」
集団の先頭に立ち、黒いフードコートを来た男が言った。
聞き覚えのある声に、スゴウは一歩下がって身構える。この声とあの姿。
昼間に会った男だ。名前は確か…ツガサ。
「ツガサ……だったな。お前、まさか」
「スゴウ殿。まさか初めに来るのが貴殿とは思わなんだ」
「……“人形狩り”か」
フードを取り、笑う彼は、二十歳前後だろうか。独特の鋭い目付きに、結わえられた黒髪。そして腰の刀。
当にこの大陸からは姿を消したと思っていた一族の特徴そのものが、そこにいた。
人形の始祖。自動で動き話すカラクリ人形を、人類で始めに作り出した、東の民。
故に彼等は、一人で人形を造れると言われている。
人形師と技師のいる他の人間と違って。
「いかにも。某 “人形狩り”にて族長をしておる、ツガサと申す。以後、お見しりおきを」
「私は “反人形狩り イン・ギア”リーダー、ゼオン。……覚えておけと言いながら、なぜ剣に手を伸ばすのです?」
一瞬、火花が見えた。
こうして強気に言っているゼオンだが、彼には戦闘能力が全くない。逃げ足や、知識は豊富であるのだが、いざ戦闘となると、それを活用できないのだ。
「おい、ゼオン」
警戒して前に進みでようとするスゴウを手で制し、ゼオンはツガサを見据える。余裕の笑みを浮かべるツガサは、抜き身の刀に手をかけたまま、瞳を細める。
「……。中々、おつなことを」
「?」
彼の言葉をかわきりに、後ろの集団から声が上がり始める。ざわめきが、罵声に変わり始めるのに時間はかからない。
何が起きているのか分からないゼオンとスゴウは、困惑の表情でツガサと “人形狩り” の面々を見る。
と、きぃ、と扉が開く音がして、いつの間にやら姿を消していたガゼローフが、影になっている部分から天窓の明かりの中に出てくる。いつものやる気のない表情ではなかった。
人を寄せ付けないような、そんな鋭い表情は、スゴウもゼオンも通り越し、ツガサに向いている。更に言うなれば、彼の持つ刀に。
「……帰ろう、ゼオン、スゴウ」
ぽつんと言われた言葉を、その意味の通りに受けとるのに、なぜか時間がかかった。
「あっちに裏口があるから、そっち通ろう」
「おいっ!」
「え……えぇ」
有無を言わせないというように、スゴウの腕を掴んだガゼローフが、振り返った瞬間だった。
「待て、貴様」
瞬間に聞こえたのは、ブチブチと糸を引き千切る音。同時にガゼローフの指先から血が滴る。
無理矢理引き千切られた糸が、ガゼローフの指に食い込んだのだろう。
「この……キチガイが!」
「……」
しゃりん、と音をならした刀は、ガゼローフの鼻先を通りすぎる。
突き飛ばされたスゴウは、ものの見事に転び、ゼオンに気遣われる。ガゼローフは気にした様子はない。
「やっと見つけたぞ、裏切り者が! 八十余年、一族と巫女様の恨み、晴らさせていただく!」
「……あぁ、そう」
それを聞いた瞬間、ゼオンの頭に余切った感覚は、彼を動かすのに十分だった。
ガゼローフは、避けない。避けなかった。
だから変わりに斬られたのはゼオン。しかし、それによって血が流れることはない。
「人形……!」
「違ぇよ、機融人だ! おい、ずらかるぞ!」
「はい!」
服も皮膚繊維すら切り裂かれたゼオンの肩は、銀色の骨組みが覗いていた。
それは鉄ではない。銀だ。
「あれは……巫女殿の」
ゼオンが姿を消した瞬間、動けなかった “人形狩り” 達の呪縛がとかれる。いきり立った彼等が、裏口への扉へ殺到するのを見て、ツガサが声を張り上げた。
「やめぃ、屑どもが!」
「……ツガサ様」
「なんだ、カゲ」
「あの輩、追い掛けますか」
「あぁ。我が一族と巫女様にかけてな」
「は」
自らの支配下にある人間を押さえ込みつつ、部下に指示を出す。
それから彼は、一族と巫女様の事を思い出す。
カラクリ人形の技術を急激に発展させた異国の巫女様。金の髪で、碧い瞳の……そう、あのゼオンと同じ。美しい女性だった。
『私の弟よ』
そうして紹介された、彼女と似た少年。
戦争に出た彼は、人形側ではなく人間の側として帰ってきた。姉である巫女様を説得しに。
それなのに。
あの男は巫女様を殺した。あの、ガゼローフという男は。
「許しはせぬ」
一族を死にいたらしめ、巫女様を無為に殺したあいつを。
巫女様と弟の和解を無いものとしたあいつを。
恨んでも恨みきれない。人形師の端くれであるくせに。
この刀に誓って、いつか、殺す。
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