第十一話:填まる歯車◆人形狩りの長
あの夜のことは聞けず仕舞いのまま、スゴウは街を歩き回っていた。
インドア派のゼオンと、あまり堂々と歩き回れない立場になったルークの代わりのつもりだったのだが、スゴウは自分がどんな立ち位置なのだか、本当の意味では理解していなかった。
「どうすっかなぁ……でもなぁ」
うろうろと、ゼオンの家の周りを歩きながら、彼を訪ねる決心がつかずにいた。
しかし、そんな中でも、スゴウは周辺から感じる視線を逃してはいない。
少なくはない人通りの中から、数人分の視線が自分に集まっていた。見ているという範囲ではなく、監視していると言った感じだ。
いつもの事だし。 と、溜め息をついたスゴウ。その彼に、フラフラとした足取りの男が、倒れ込む様にぶつかってきた。
「! う、おいっ」
どうやら向こう側の店から出て来たらしい男は、日が高いにも関わらず、頬を仄かに赤く染めている。
考えるまでもなく、酒の飲みすぎだろう。
「……ぐ」
「おい、大丈夫か?」
うめいた男は、スッポリとフードコートを着ているので、その容姿は分からないが、声音は男というには少しだけ高い。
「は……吐きそう、ぅ」
「お、お前、こんな道の真ん中で吐くなよ!? くそ、もうちょい我慢しろ」
「も、申し訳ない……」
取り合えず裏路地にでも連れていこうと男を抱えたスゴウは、そいつの軽さに驚いた。
ひょい、と担げるほどだが、身長はスゴウと差ほど変わらない。
「かたじけない……うぇぇぇっ」
「あぁ、ほら、そんなんいいから……全部吐け」
裏路地の端に付いている、排水用の溝に、今まで我慢していたものを吐き出している男の背を摩ってやりながら、スゴウは溜め息をつく。
「ちょっと待ってろ。水持ってくるから」
ゲホゴホいっている男をその場に残して、スゴウは近くの店から水をもらってきた。
それでうがいをした男は、先程とは全く正反対の清々しい笑顔でスゴウに頭を下げた。
「助けていただき、心より感謝する。 拙者、ツガサと申すのだが、貴殿は?」
「あ? 俺? 俺は……スゴウ」
花屋の女主人とはまた違った言葉の使い方に、どことなく戸惑いながら、スゴウ答える。最近、このような話し方をする人間をたびたび目撃したような気がするのだが、どこでだったかは忘れてしまった。
「……スゴウ…そうであったか」
「は?」
「いやいや、こちらの話だ。気にしないで下され」
「あぁ、そう」
もとより、初対面の人間と、和気あいあいと話をするような達ではないスゴウは相手が言った通りに気にしないことにした。
気にしたとしても、答えが出るようなことはないだろうし。
そうして去ろうとしたスゴウは、最後にちらりと相手を見た。フードの丈より長い、その刃物。抜き身のままで下げているので、どうも現実味に欠けるのだが、確かにそれは、それでしかなかった。
剣ではなく、刀という、凶器。
「今日は本当にすまなかった。後日、お礼申し上げると共に、詫びの品でも」
「あぁ、俺は別にいらねぇけど……くれるんならもらっとく」
「面白い方だな、貴殿は。おっと、それでは。拙者はこれにて」
「もう飲み過ぎんなよ〜」
と、怠惰に手を振り去ってゆくスゴウと反対の方向に進みながら、ツガサは足を止める。
「ツガサ様、いかに」
「あれがスゴウという男のようだ。聞くよりも遥かに出来る男だな……ただ今は何もするでないぞ? アレに感づかれる訳にはいかん」
「は」
影の中から出てこないそれは、ただひたすらにツガサに忠実だ。ツガサもそれに慣れているようで、余裕が表情に見てとれる。
先ほどまでの失態が嘘のような、堂々としたたち振る舞いだ。
「直に時が来る。その時にどう動くか、あの男の反応次第だな」
「では、そのように」
そうして闇に消えたそれは、何の痕跡も残さずに溶けたような静けさだけを残す。それを確認したツガサは、ゆったりとした足取りで歩き始めた。
行先は、街のはずれにある古いビルの跡地。
“人形狩り”として集められた屈強な者たちが集う場所。
その“人形狩り”の長を務める男は、スゴウとも、街長とも、イン・ギアのリーダーとも、たいして外見の年齢は変わらない男だ。
「もう直ぐ、会えるぞ」
そう呟いて、胸に手を置いたツガサは、空を見上げ、わずかに目を細める。
「それでどうするかは、お前次第だ」
そのつぶやきは、誰に聞かれるでもなく、風に流されることもなく、しばらく中にとどまっただけで消えていく。
抜き身の刀が、光を反射して輝いただけで、あたりには人も疎らに、夕暮れに近づいていく時間を知らせた。
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