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―ユメノ日記―カ←リニコ→ムル

作者:momoma
 僕が不思議な体験をしたのは物心ついてすぐの頃だった。デザインの才に優れた家系に生まれたぼくは同じような子供たちばかりの専門的な学校で日中を過ごしていた。自在ペンは誰もがスペアまで持っているのが当然で、中にはプロも使う複雑なグラフィックソフトをすでに扱える子供もいた。そんな進んだ子の一人にハクアという女の子がいた。ある日の学校帰り、彼女と僕は近くに住んでいたから二人でいつものように並んで帰路についていた。いつもと違ったのは家まであと十分といったところで送迎用ロボットが突然動かなくなってしまったことだ。自慢げにお得意のCGデザインについて語っていたハクアが止まってしまったロボットに手を伸ばした瞬間のことだった。ごぉぉぉおおおお、と聞いたこともない爆音が降ってきた。そう、降ってきたのだ。後に知ることになるが、とある事故により航空輸送中の電磁場展開機が丁度僕らの上で暴走してしまったらしい。それにより周辺の小型輸送機含む電子機械が一時的に機能停止してしまったらしい。しかし勿論その場にいたぼく達には何が何だかわからない。輸送機が自動車ほどもない小型だったとはいえ本来なら二人とも大怪我、最悪死んでいたことだろう。ところが目を開けた僕が見たのはまるで二人の立っていたところだけ避けるかのように不自然に散らばった機械片とぐちゃぐちゃになって炎を上げている送迎用ロボットだったものだった。ひたすら熱かった記憶だけが残ってはいるが、直後の検査で二人とも一切怪我をしていないことがわかった。更に幸運というべきか、ハクアはすぐに気を失っていたため精神的ダメージもほぼなかったらしい。僕も轟音を聞くと今でも熱かった記憶を呼び覚まされるが、大してトラウマと言えるようなダメージは負わなかった。診察をしてくれた医師に両親に似て感情の起伏が小さいことが幸いしたのだろうと笑い飛ばされたことの方が印象に深いくらいだ。今にして思えば鈍感だと笑われていたのかもしれないが、鈍感であることが幸いしたのだから悪いことではないと思う。この事故の直後ハクアは遠方の名高いデザイナー学校に移動したと聞く。更に数年後、彼女の名は新世代衣装デザイナー筆頭として世界中に知れ渡ることになるのは別の話。
 僕の奇跡的な体験はここから幾つも続くことになる。それは「憑いている」のがハクアではなく僕であることの証明である(彼女が高名になったのは彼女の実力相応だと僕は思っている)。ここぞというジャンケンで負けたことはないし、人気映画のキャンセル待ちをすれば中央の一番見やすい席を取れるし、落とし物を拾って届け出れば実は市長の要品で感謝状を贈られるし、細々とした奇跡は日々絶えなかった。その中で僕が気付いた奇跡の条件がある。他人にも利が生まれる、少なくとも誰かに損はさせないということだ。だからだろうか僕の奇跡にいちゃもんをつける人は現れなかった。おおごとになったのが最初の事故くらいだったというのもあるかもしれないが……。
 僕が17才を迎えて何週間か経ったある日のことだった。仕事場からの帰り道で――どういう訳だったか記憶にないのだが――普段なら気にも留めないような低層建築に挟まれた小道に歩みを進めてしまったのだ。その先の薄暗い夕闇の中に細身の人物が壁に凭れ掛かっているのを僕は見た。その人物は真っ白なスーツに身を包み目深にシルクハットをかぶっていた。何色とも取れぬ透き通るような長髪で顔を窺い知ることはできず、直後に発せられる声からも年齢はおろか性別も全く推測できない不思議さを湛えていた。
「やぁ、こんなところで人と会うとは奇遇だねぇ」
「あ、いや、今日はたまたま通っただけなので……」
「たまたま、ねぇ」
 僕は何の会話をしているんだと自分で思った。その人物の落ち着きようとは裏腹に、僕は見ず知らずの人に話しかけられたことにどぎまぎしていた。
「私は君にこれを届けに来たんだ。これは『定め』だからね、是非とも受け取っておくれよ」
 僕に差し出されたのは古い、それこそ歴史博物館でしかお目にかかれないようなラヂオだった。さびにくい合金でコーティングされているとはいえ何か所も傷やへこみ、汚れが見受けられた。これまたどういう訳か僕はついそのラヂオを受け取ってしまった。
「うん、これで私は使命を果たしたし、じゃぁね」
「えっあの、まってくだ――あっ!!」
 僕が慌ててラヂオから目を上げるとそこには誰もいなかった。只夜がひたひたと建物の隙間を埋めていくだけ……。
「何だったんだろう」
 僕は貰った、というより押し付けられたラヂオをどうするわけにもいかず、荷物カバンに押し込むとそのまま元の帰路についた。
 僕に与えられた四畳半の部屋の窓枠、多忙で電話もろくにできない両親と昔撮った写真や数年に一度咲くという花を咲かせてみようと思い育てているサボテンの鉢の並ぶ窓枠に貰ったラヂオを乗せた。もうこれ以上窓枠に物は乗せられないななどと思いながら室内照明に照らされたラヂオを改めてよく見てみる。どれだけ使い込んだのだろうか、沢山の傷や汚れにまみれている。帰る途中に交番の前を通った時、危険物の類ではないかとも思って簡易検査をしてもらったが本当に只のラヂオだった。ついでに若干壊れてはいるが今も電波を受信して放送を聴けるということも確認できた。僕はベッドの上に胡坐をかいてラヂオの電源を入れてつまみをガチャガチャと回してみた。自動補正が全く機能していないようで手動でぴったり止めないと雑音だらけでまともに聴けない。
「ガラクタじゃん……骨董好きの人にとっては価値あるのかもしれないけど、壊れてるから、やっぱり勝ち低いのかな……」
<ザーザザザーザーザザーザザーザーザーザザザー>
 僕はそれでもなんとなくガチャガチャと回し続ける。たまに聞こえてくるおしゃれな曲や人の話し声がちょっと面白くなったのかもしれない。――ほんの一瞬のことだった。
<ザーザー聴こえますかザー>
「っ!?」
 僕の耳には確かに今までの声とは異質な、そう僕めがけて話しかけてくるような若い女性と思しき声が飛び込んできたのだ。慌ててつまみを戻す。しかし雑音にまみれてしまって先ほどの声は全然聴こえてこない。やはり、今のはラヂオ曲の流していた電波を拾ったものではない、では一体――?
 僕がその日いつも通りの時間に眠りに就くまで試してみたものの、ラヂオは雑音を吐き出すだけだった。次の日起きてみて窓の方を見やるとやはり古ぼけたラヂオが置いてあった。昨日の出来事は夢ではなかったのだった。

 私は今日もついてない。どうしてこんなに全てうまく行かないのだろう。ゼロシステムは全人類が幸福に生きられるように組まれているはずだという。確かに私は不幸ではないかもしれない。やりたい仕事はできているし、人間関係も悪くない。それでもやっぱり幸運ではない。不運とか不遇とかそんな言葉では済まされないほど、生まれた時から毎日毎日私はついてない。はぁ……。

 僕が次にそのラヂオから不思議な声を聞くのは翌々日の朝食を食べていた時のことだった。ホットミルクのカップ片手につまみを右に左に回していると突然あの声がした。
<ザザーザーあなたは、>
「繋がった!!」
 僕の手はつまみをその位置で今度こそ固定した。また見失っては困るというほどでもないが気になってしょうがない。
<幸運かしら。私は違うから……どうなのかしら>
 僕の声はその相手に聴こえやしないことを分かっていたがつい口に出して応えていた。
「僕は幸運だ。物心ついた時から、僕には都合のいいことがたくさん――」
<答えなんて聞けやしないのに、ごめんなさいね。でも伝えないといけないの、私のザーザーザザザー>
「お、おい、なんで……つまみ弄ってないのに!」
 僕は思わず叫んでしまった。ラヂオはまたしてもノイズを吐き出すだけになってしまった。
「このポンコツ!!」
 僕はそう罵りながらもラヂオの電源を切りつまみがずれないようにそっと窓際に戻した。出掛けなければならない時間だ。続きは帰ってからゆっくりと調べよう。あの声が聞こえるチャンネルを見つけ出せただけ進展はあったのだ。それにしても一体声の主は何を語ろうとしていたのだろうか。わからないことだらけだ。
 僕のその日の仕事ぶりはとてもよかったとは言えないだろう。依頼品の納期は間違えるしいつもならすぐ浮かぶデザイン案もラヂオに塗り替えられてまともに出やしない。会議に出てもラヂオから聞こえる声のことがどうしても気になってしまい上手く進行しない。昔から仲が良く今では同僚のサクザンにも何かあったのかと心配されてしまった。ちょっと不調かもと冗談めかして返事をしたが果たしてあのラヂオのことは誰かに言ってもよいものか。そもそも入手経路からして信じてはもらえないかもしれない。あの声も気紛れにしか聞こえてこない。もう少し状況把握ができるまで黙っておくべきだろう。僕はその後もなるたけ平然を装って仕事をこなし帰宅した。途中でラヂオを渡された路地を探してみようとしたが全く道が思い出せなかった。端末の行動履歴を辿ればわかるかもしれないが、そこまですることでもないだろうと真っ直ぐ帰った。
 僕はやや偏食の気があって、週初めは好きなものばかり食べる分週末は栄養バランスをとるためとか言って食事管理システムに出される好きでもないメニューを食べる羽目になる。毎食のように油ものを好んで食べていた父に比べれば僕はましな方かもしれないが、それでもこの日のような週末の食事には嫌な印象がある。食卓も兼ねている作業台の上にはそんな食事だけでなくラヂオも勿論おいて流れ出る雑音に耳を傾けていた。デザイナーの端くれとして自分の目指すものにはある程度の確固たる信念がある。一言でいえば凝り性なのだ。だからこのラヂオにも僕は拘っていたのだろう。そして件の声は唐突に聞こえてきた。
<ザザーあのね、私がどれくらい憑いていないかっていうと>
「聞こえたっ!!」
<ここぞというジャンケンで勝ったことはないし、映画を見に行こうと思えば急用が必ず入って行けたためしがないし、落とし物を拾ったかと思えば回収し忘れたただの廃棄物だったりするの。そんなの些細なことだと思うかもしれないけれど、毎日、いいえ毎時毎時ついてないなって思うことがいくつも起こるのよ。とても偶然とは思えないくらいに。でも偶然なのよね……>
 僕と真逆だ。僕とまるで対のような体験談ではないか。もし本当の話ならこの声が僕のもとに届いたのは必然だったのではないか。彼女の話に耳を傾ける。
<そんな些細な不運でもね、これだけ続くと日常の一部だから気にならなくなるのよ。それでもね、それでも……時々どうして私は生まれてきてしまったのだろうと思うときがあるわ。どうしてこんなついていない体質に生まれてしまったのだろうって。あなたはザーザーザザザー>
「おいっ、またかよ……」
 僕は渋々雑音しか流さなくなったラヂオの電源を切ると窓枠の上に戻した。なんとなくもう今日はつながらないだろうと思ったからだ。今までの感じからして次あの声が聴けるのは明日以降だろう。それでも彼女の話は正に僕が聞くべき内容だとわかった。それだけで十分な収穫だ。話の続きが楽しみでしょうがなくなっていた。もしかしたら僕の幸運体質とも関係があるのかもしれないのだから興味を持たないわけがない。
 僕はあることを思い立ちラヂオの代わりに固定端末を立ち上げた。声だけを一方的に聴いているのではどうにも居心地が悪い、ならば彼女自身を探そうと思ったのだ。手掛かりはほとんどないが声を録音することはできる。ゼロシステムのデータベースから声紋照合で彼女を見つけ出せるかもしれないということだ。とはいえ一般人の僕にはそこまでできる権限がない。そこで知りうる最高の権限を持っている人物にコンタクトを取ることにしたのだ。そう、ハクアだ。優れた成果を収めればその業界での権力も相応に与えられる。だから彼女はある程度ならデータベースにアクセスできるのではないかと考えたのだった。多忙を極めているハクアだったが二日後にメッセージを返してくれた。その間にラヂオの向こうの彼女の声は録音できていた。話の内容は如何に彼女が不運であるかを語ったもので彼女を特定できるような情報は含まれていなかったが。
『久しぶりね。急な連絡で何かと思えば人探しだなんて、どういう訳よ。まぁいいわ、声紋照合なら簡単にできるもの。声のデータ送ってくれれば照合結果を直接あなたに返すようにしておくわ。私があなたの探している人を知ってもしょうがないからね』
 僕と連絡を取ったのはハクアの言う通り久しぶりであったにもかかわらず快諾してくれて助かった。すぐに僕は録音したデータを送った。これまた二日後のこと、照合結果がデータベース管理センターから直接送られてきた。あまり他人に知られたくない僕の意図を汲んでくれたのか、ハクアの配慮でこの結果は僕しか知りえない。果たして、ラヂオの声の正体は特定できていた。そして彼女に直接会うことが叶わないと知ったのだ。

 私が生まれたのは地球から何光年も離れた宇宙探査船の中だった。船と言っても一千万人が暮らす巨大都市を成しているから地球上での暮らしとほとんど変わらないのだそうだ。両親は大したことのない凡人で船の運営における単純労働力として働いていた。その間に生まれた私もいずれ親と同じような仕事に就くのだろうと思っていた。それで満足だ。分相応というもので、むしろこれだけ大きな船を動かしていくことに携われるなんて光栄なことだ。私は十分に幸福だった。家族とも友達たちとも仲が良かった。ただ、ひたすらに私だけが不運なことに目を瞑れば。
 私の人生最大の不幸は17才を迎えて数週間がたったある日、突然に訪れた。一千万人に一人の気病を発症してしまったのだ。症例が少なく対処方法や治療法も確立されていない、そして何よりたちが悪いのは発症後一ヶ月以内の致死率が100%だったことだ。運の悪い私に生き残るすべはなかった。突然のことに両親も周りの友人も嘆き悲しんでくれた。でも、当の私は違うことを考えていた。考えないわけにはいかなかったのだ。
 私は何のために生まれてきたのだろう。
 私の不幸は何だったのだろう。
 私の脳裏にただ同じ疑問が巡回し続ける日々だった。辛いとか苦しいとか悲しいとか、そんなことよりも晴れない疑問と不運が濃く私を支配していった。これだけの不運をこの短い人生の中で被った意味を知る権利くらいはあってもいいんじゃないだろうか。そうして衰弱していくある日の夕暮れ、部屋の窓から疑似太陽の日差しが深く差し込んでいた時の事、その人はいつの間にか私の枕元に現れていた。
「知りたいかい、君の不運の意味を」
 私の耳にするするとそいつの言葉が流れ込んできた。
「ならば伝えてみないかい、君の不運を」

 僕の異常なまでの幸運は不思議なことにいつの間にか無くなっていた。恐らくこれが正常なのだろうが突然不運になったような気がして僕は少し苛立っていた。後から見てみれば実際はそんなことなかったけれど、何もかもがうまく行かなくなったような気がしていた。幸運が消えた理由は、そもそも幸運が憑いた理由がわからない以上さっぱりわからなかった。ただ、理由に絡みそうなことは一つだけあった。彼女の亡くなった年齢と僕の今の年齢が丁度同じであることだ。17才と幾週間。つまり、彼女が不運を被り続けた時間と同じだけ、僕が幸運を授かっていたということになる。彼女の不運と僕の幸運は丁度合わせれば0になるように、プラスとマイナスにきっかりわけられて与えられていたということか。普通の人はそれを一つの身に受けるから一個一個のプラスもマイナスも大きくはならない。だが完全に分けられた二つはとても巨大なものになったと……。
<ザーザザー>
 僕の幸運が消えたのと時を同じくしてラジオも彼女の声を流さなくなった。いつしかラヂオは窓枠に並ぶオブジェたちの一つと化した。そして僕はデスクに並ぶ仕事仲間と何ら変わらないただの人間になった。ものいえぬ寂しさが心の奥底に沈んでいくのを感じてはいたが、それもいずれ霞んで忘れてしまうのだろうという予感も抱えていた。

 私が生きた証を……私が生きたことの意味を……!!

 僕の幸運の意味は……僕が生きる意味は……??


 今日もいつもと変わらない、幸運でも不運でもない、なんでもない朝を迎える。何万年隔てても、何万光年隔てても、生きることが生きた証。生きていたことが生きる意味。そんな大したことない大それた朝を迎えるのだ。
 8月半ばくらいにはアイデアができていたものの、書くのに時間がかかってしまいました。放置されるのも可愛そうなので無理やりにでも締めちゃいました……。

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