あたしの街が赤く染まってく。
「和葉!はよ起き!空襲や!」
夜中にお母ちゃんに叩き起こされる。
あたし、もう17やのに、お母ちゃんはまるで小さい子どもを扱うみたいに
わざわざ自分の手で、あたしに防空頭巾を被せる。
「和葉、いい?私は隣のおばあちゃん連れて防空壕行くから…あんたは先行って」
「嫌!嫌や!あたしもお母ちゃんと一緒行く!」
離れるのが不安で、お母ちゃんの袖をぐっと掴んだ。
「和葉!はよ行くぞ!」
玄関から平次が現れて、あたしの腕を引く。
「平ちゃん!和葉の事頼むよっ…!」
「あぁ、まかしとき」
「嫌や!お母ちゃんも一緒やないとっ……」
「和葉!」
平次のあたしを叱るような口調に、肩が震えた。
平次に手をひかれ
玄関でお母ちゃんと離れた。
あたしは泣きながら
平次と防空壕へ向かって走る。
「泣かなくてもええ!お前のおかんなら大丈夫や」
「…っ……」
怖い。
「…怖いんか?」
怖い。
「怖がる事ないやろ。俺がついとる」
平次の手が、あたしの手を強く握りしめる。
「俺が絶対守ったるから、心配すんな」
そうや。
今まで危険な目におうたけど
いつも平次は守ってくれたやないの。
「……うんっ…」
あたしは頷いて
左手で涙を拭った。
防空壕まで、あと少しの距離に来た。
その面前に、小さな人だかりが見えた。
数10名の人々がバケツを回し、
燃えさかる工場の火を流れ作業で消そうとしている。
みんな死んだみたいな顔をしていて
機械的に体を動かしているように見えた。
その横では
兵隊の格好をした1人の男が、銃を片手にふんぞり返っている。
見張りをしているようだ。
こんな大きな火、消せるわけない。
はよ逃げんと、みんな死んでまう。
平次とその場を通り過ぎようとすると
男があたしらに銃口を突きつけた。
「お前らもそこ入って火けせえ!」
「は?何ゆうてんねん!オッサンあほちゃうか?」
「いいから黙って火ぃ消せ!」
目を赤く光らせて、あたしらを睨む。
本気や。脅しやない。
あたしは手にどっと汗かくのを感じた。
「こんな火消しにかかっても無駄やゆうてんねん!みんなはよ逃げんと死ぬで!」
「黙れ!逆らう奴は容赦せえへん!」
終わりや。
あたしら、ここで死ぬんや。
手が震えはじめた。止めよう思っても止められへん。
震えるあたしの手を
平次がぎゅっと握りしめた。
「分かった。俺は残って火ぃ消すわ。でも…この女だけは…逃がしてやってくれ」
「平次!?何ゆうてんのっ!?」
「この女、病弱でなぁ。とてもじゃないけど使えへん。逃がしても構へんやろ?オッサン」
兵と睨み合う平次の横顔が
涙で霞んでよく見えない。
しばらくして平次は
あたしの方へ向き直った。
「和葉、はよ逃げろ!」
「平次っ!?」
「こっから先は大丈夫やろ?」
「何ゆうてんの!?嫌やっ!あたし行かへんで!」
平次の両腕を強く掴んで
何度も首を横に振った。
涙が止まらない。
恐怖と、不安と、焦りと、愛しさが込み上げてくる。
平次の首に手を回して、平次を抱き締めた。
「嫌やっ……!あたしも平次と死ぬっ……!」
「……あほ」
「あほちゃう!」
ふっと平次の笑う息が耳元で聞こえた。
平次はあたしの腕を自分から引き離す。
あたしの肩をぐっと掴んで目線を合わせ
言い聞かせるように言った。
「お前のおかんに任されとんのやぞ?」
平次はニコッと笑った。
何で笑えるねん。
笑えへんわ。
ちっとも笑えへん。
「へー……じっ……」
「行け、和葉!俺は後から行くから!」
「平次っ……!」
「行くんや!」
強い口調とともに
すごい力で背中を押され、あたしと平次の距離は遠くなった。
「お前は生きろ!」
嫌や、平次。
「嫌やああああ!!」
あたしはがむしゃらに走りだした。
何度も振り返ろうと思ったけど
平次の顔見たら、動けんくなるような気がしてやめた。
途中で思い切り足を滑らせ、
転んで立てなくなってしまった。
煙と埃で前が見えない。
「平次ー!」
□
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
目が覚めたら
汗で枕まで濡れていた。
顔は涙でぐしゃぐしゃ。
「平次っ…」
あたしは布団から飛び出し
机の上の携帯電話を取る。
電気をつけるのも忘れて
夢中でメモリーを辿る。
電話を耳に押しあて
呼び出し音が切れるのを待つ。
「おう、和葉か?」
声を聞いた瞬間
安堵したあたしはその場に座りこんだ。
「何やお前、こんな遅くから。夜中の2時やで?」
平次。
「俺が映画見とって起きてたから良いものを………って和葉?どないした?」
平次。
「…へーじっ……」
掠れた小さな声しか出なかった。
「和葉…?今どこや?」
「………家や……」
「待ってろ、すぐ行くから」
あたしはゆっくり立ち上がって
部屋からでて
その足で玄関に向かった。
外に出ると、1分もたたないうちに人影が見えた。
その人影は走ってきて
あたしの前で止まった。
玄関からの僅かな明かりで顔が見える。
「和葉っ………」
「平次……」
「お前っ…大丈夫か?」
全速力で走ってきてくれたのだろう。
肩で息をしながら
あたしの顔を覗き込む。
あたしは黙って
平次の胸に顔を埋めた。
「か、和葉?」
夢やった。
良かった。
平次は、ここにおる。
「平次…ありがとう」
平次の手が
ポンポンと軽く私の頭を撫でた。
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