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パピヨンジャープロジェクト 作者:南兎カナル
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I Can Fly!

それから蝶々祭り当日までの約四ヶ月間は、まさに目の回るような多忙な日々が続いた。

毎朝、早朝実施される基礎体力作りのため蝶々神社階段上りから始まり……
国民的美少女アイドル小紫美羽による、ビデオ通話を使ったアイドル育成通信講座。
黒木瑠璃プロデュース、藍場静莉美少女化計画。
定期的に朱雀の湯の女湯で開催される、ボーカルレッスンという名の歌合戦。
朱楽湯楽プレゼンツ、特撮ヒーローベストセレクション上映会。
木場模型店店長、木場衛による戦闘アクション訓練。
藍場静莉監修による、パピヨンユニットプロモーション映像の作成。
蝶々祭り特設Webサイトに掲載するためにの、インタビューに写真撮影。
久茂市まちづくり政策課からの取材。
黒木家別荘で行われた、地獄の強化合宿。
蝶々商店街での、宣伝チラシ入りティッシュ配りに限定クーポン付きゲリラライブ。
藤森商工会会長による、パピユニ親衛隊決起集会にミーティングと称されるコール練習。
蝶々高等学校生徒会主催による、パピユニ並びにパピヨンジャー壮行会などなど……

きっちり書けばラノベ一冊分ぐらいにはなる様々なエピソードがあったのだが、時間の都合上残念ながら今回は割愛させていただく。

そしていよいよ運命のその日……


八月末。
まだまだ残暑が厳しいこの日。
ここ久茂市蝶々体育館前広場は、蝶々祭りにやってきた多くの人たちで賑わっていた。
気になる参加者の出足はとても好調で、正午の段階ですでに去年の参加人数を上回る七百人以上の人々が会場に訪れていた……

雲一つ無い青空の下、金魚すくいにヨーヨー釣り、射的やカタヌキなどの露店の前には真っ黒に日焼けした子供たちがむらがっている。
ビール片手に焼きそばを食べるおじさんや、口いっぱいにフランクフルトを頬張る若者など、屋台で買った定番の品を食べる人たちの姿が多いのは、今が丁度小腹の空く午後三時だからだ。
午前十一時、商工会会長兼実行委員会委員長の藤森孝一郎による開会宣言から始まった蝶々祭りは、開会セレモニー《巫女舞》、民謡大会、蝶々中学校吹奏楽部演奏、こども太鼓、よさこいソーランとスケジュール通り進行し、現在野外ステージでは蝶々老人クラブによるマジックショーが行われていた。
そんなステージの裏手に設営されたここ控え室テント《女性用》に、次に出番を控えた湯楽たち四人の姿はあった……

「暑いねー」
アイドル衣装の襟元を、引っ張ったり戻したりして胸元にささやかな風を送りながら湯楽が言った。
「そうだねー」
それに、なんの意志も持たないマネキンのような顔で瑠璃が答える。
「蝉が鳴いてるねー」と湯楽。
「鳴いてるねー」と瑠璃。
テントの隙間から、焼きそばのニオイが風に乗って流れ込んでくる。
そんな美味そうなソースの香りと共に、手品の鉄板BGM、ポール・モーリアのオリーブの首飾りが聞こえてくる……
そして湯楽は深い溜息を一つついてから言った。
「夏休みも、もう終わっちゃうんだね……」
「うん……ジ・エンドだね……」
「『ジ・エンド』……じゃないよお姉ちゃん! 私たちのステージはこれから始まるんだよ!?」
だれだれな雰囲気の二人に、寧々が呆れた顔をして言った。
「レッスンレッスンまたレッスンでボク、全然宿題終わってないよ……」
「あたしもー」
「『あたしもー』……じゃないよお姉ちゃん! それを言い訳にしちゃダメだよ!」
「あの……どうしてそんなにリラックスしてられるんですか?」
控え室テントの中は摂氏三十度近くありそうだというのに、足をガタガタと振るわせながら静莉が尋ねた。
「緊張はしてるけど……」と湯楽。
湯楽の言葉に続けて、頬を流れ落ちる汗を拭いながら瑠璃が言う。
「うん。緊張はしてるよ……だけどほら、毎年蝶々祭りまで来るとさ、楽しかった夏休みも、もう終わっちゃうのかーって……そんな気持ちになっちゃうんだよねー」
「それはまあ……わかりますけど……」
「だってほら、今年の夏は特別に楽しかったじゃん! あたしんとこの別荘でやった合宿の時なんかさ、寧々の水着が破れちゃってさ」
「もう、恥ずかしいからその話はやめてよお姉ちゃん!」
夏休みの思い出話をする黒木姉妹に湯楽も続いた。
「そうそう、ボクん家の銭湯でやった歌の練習の時なんか、肉屋のおばちゃんが『合格って言うまでお湯から出ちゃダメ』って言い出して、瑠璃ちゃんのぼせて倒れちゃったんだよね!」
「それは、夏休み入る前の話だし!」
「あれ、そうだっけ?」
「ありがとう湯楽ちゃん! もっともっとお姉ちゃんの恥ずかしがる話を言っちゃってー!」
今日までのことを振り返り、盛り上がる瑠璃と湯楽、そして寧々の三人。
そんな三人を見て、静莉は思わず吹き出してしまった。

「歌の練習と言えば、お婆さま、民謡大会優勝出来て良かったですね! ……自分たちのステージの事で頭がいっぱいで……言うのを忘れてました」
「ありがとう静莉ちゃん! あっ……ボクも一つ言うの忘れてた。商店街のゲリラライブの時さ、ボクが歌詞忘れちゃったところ代わりに歌ってくれてたよね! ありがとう!」
「その礼なら……あの後、何度も言ってくれてたじゃないですか」
「あ、あれ、そうだっけ? やっぱりボクも緊張しちゃってるのかな?」
そういってグシャグシャと髪の毛を引っかき回す湯楽。
それを見た瑠璃が慌てて止める。
「あー、もうせっかく綺麗にセットしたのにダメじゃーん! 湯楽も今日はアイドルなんだし、少しは静莉を見習ってよねー!」
瑠璃に言われて『ごめーん』と謝る湯楽。
ちなみに瑠璃は、いわゆるスタイリストの役目をかってでていた。
その瑠璃が見習うべき相手と言った静莉は今、いつものお下げ髪にメガネという地味な姿ではなく、前髪を揃えたロングヘアーにメガネを外したコンタクトという……それはそれはとても見栄えのする、パピユニメンバーの中でも一番アイドルらしい容姿であった。
それはさておき……
そこで瑠璃はサイドポニーにかけた指をクルクル回すと、ちょっぴり照れくさそうに言った。
「……言い忘れてたことならさ、その……あたしもあるかも……」
「あれ、瑠璃ちゃんも緊張してるのかな?」
自分と同じだと思い、嬉しそうに言う湯楽。
「だから緊張してるって言ったじゃん! って、それは置いといて……」
そう言うと瑠璃は、一呼吸置いてから話し始めた。
「こんな最高に楽しい夏休みになったのって……みんなのお陰だなって思ってさ……その……ありがとうって言いたかったんだよね」
「……瑠璃ちゃん!」
その言葉を聞いて、湯楽が瑠璃に抱きつく。
そして静莉は瑠璃の手を取り言った。
「その気持ちは……私も湯楽も、そして寧々ちゃんだって一緒です!」
「そうだよお姉ちゃん!」
「うん、やろう瑠璃ちゃん!」
「わたしも……緊張なんかに負けません! 今日まで頑張ってきた事を、精一杯やります!」
瑠璃の言葉にメンバー全員の心が一つになったその時、実行委員の女性が出番を知らせにやってきた。
「パピユニのみなさん、ステージへお願いします!」
「行こうみんな! You Can Fly!」
湯楽のかけ声に合わせ、三人が叫ぶ。
「I Can Fly!」

照りつける夏の日差しの下、野外ステージの客席は湯楽たちパピヨンユニットのライブをお目当てに集まった大勢の人々で埋め尽くされていた。
そこへキラキラと飛び散る汗を光らせ、元気よくステージへと駆け上がる四人。
お待ちかねのご当地アイドル登場に、観客からドっと歓声が巻き起こる。
向かってステージ左から静莉、湯楽、瑠璃、寧々と決められた位置につくと、マイクを握った瑠璃が大きく息を吸い込んだ。
そして会場全体に響き渡るような高らかな声で言った。
「みんなー! 今日は来てくれてホントにありがとねー!」
その第一声を受け、客席最前列に陣取った藤森会長率いるパピユニ親衛隊から『るりねー!』という野太い声援が、そして客席にいるクラスメイトからは『キャーお嬢ー! 可愛い-!』という黄色い声援が飛ぶ。
声援に応え『ありがとー!』と手を振って笑顔を見せる瑠璃。
「みんなも知ってると思うんだけど、あたしたちパピヨンユニットは、この蝶々祭りを盛り上げて、いーぱいいーぱいの人に来てもらって、この……あたしたちの町のお祭りを、来年も再来年もずーとずーと終わらせないで続けていくために結成されたの! だから……」
「まだ来てない友だちがいたら、今すぐスマホで連絡してねー!」
そう言うと瑠璃は客席に向かってウィンクを飛ばした。
そのキュートな仕草に再度観客が沸く。
「それじゃー自己紹介するねー! まずはいつもニコニコ弾ける元気! 朱楽湯楽ちゃん!」
「え、えっと朱楽湯楽です! こ、こんな暑い日は銭湯の大きなお風呂でサッパリ汗を流すと最高に気持ちいいよー! お祭りの後はぜひ朱雀の湯に来てねー!」
「それ、自己紹介じゃなくて銭湯の宣伝だし!」
美羽から『ライブでのトークはアドリブの時の方が盛り上がるよ!』というアドバイスをもらい、事前の打ち合わせをあえてしなかったのだが、この賭けとも言える選択が功を奏した。
瑠璃と湯楽。二人のほぼ日常会話のような掛け合いで、観客から笑いが起きている。
「それじゃあ続いて、巫女さんからアイドルへ華麗なる変身! 藍場静莉ちゃん!」
「あ、あ、あの……藍場静莉……です。ちょ、蝶々神社に夕方からの御神輿を見に来られる方は、境内内大変足下が暗くなっておりますので、転ばないようご注意して下さい!」
「……だーかーらー、それじゃあ自己紹介じゃなくて注意事項だし!」
地元ネタがツボに入ったらしく、客席側から聞こえる笑い声は更に大きくなった。
「もう、次こそちゃんと決めてよね! JKだらけのパピヨンユニットで唯一のJC! 黒木寧々ちゃん!」
「はわわー! く、黒木寧々です……蝶々中学校一年一組です! 好きな食べ物は、えっと……椎茸です! よろしくお願いします!」
「流石あたしの妹! 初々しくてイイ感じだよー! そしてあたし、カワイイものが大好きな女子高生、黒木瑠璃ちゃん! って……アハハ、自分にちゃん付けはないよねー」
そう言ってテヘペロする瑠璃。
すると親衛隊から『るりちゃーん!』とさっきよりも熱の入った声援が飛んできた。
そんな熱い声援の中、青空に向かって一斉に手を広げる四人。
そして彼女たちは、声を合わせて言った。
『精一杯歌いますから聞いて下さい!……夢色TefuTefu!』

軽快なイントロが流れ、イントロのギターパートに合わせ親衛隊からの息の揃ったかけ声が飛ぶ。
『ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! パピユニ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! 湯楽静莉瑠璃寧々パピユニ!』
明るく爽やかなメロディーにのせて、四人が歌う。
湯楽は途中、また歌詞を忘れてしまった。
静莉はターンのところでバランスを崩し、よろけてしまった。
瑠璃と寧々は、ポジションを入れ替える時にぶつかってしまった。
しかし少女たちは笑顔で歌い続けた。
集まってくれたみんなからのかけ声が、真っ昼間でほとんど光っているのかどうかも分からない状態にもかかわらず、リズムに合わせて振られているペンライトが、ステージで歌う四人に力を与えた。
そして彼女たちは、宣言通り最後まで精一杯歌いきったのだった。
曲が終わると、野外ステージに盛大な拍手が鳴り響いた。
惜しみない拍手に包まれる湯楽、静莉、瑠璃、寧々の四人。
そんな中、静莉はもう溢れる涙をこらえることが出来なかった。
『ありがとうございました!』
客席に向かって深々と頭を下げると、少女たちは互いに固く抱きしめ合う。
そんな彼女たちの姿に、何人もの観客がもらい泣きをしていた。
そして湯楽たちがステージを降り、控えのテントの中へ姿を消すまで拍手は鳴り止まずに続いた……

万雷の拍手の中、控えのテントへと戻った四人。
「凄い……こんなに胸が熱くなるなんて思っていませんでした! やっぱり……アイドルって最高ですね!」
静莉は興奮覚めやらぬ表情で、汗と涙で顔をべしゃべしゃにしながら言った。
そんな静莉に、瑠璃がポーチからハンカチを取り出し手渡す。
「ほら、今日はそのアイドルなんだし、まずは顔を綺麗にしなきゃ!」
そう言う彼女の顔もまた、汗でべっしょりと濡れていた。
「なんか……これまでのこと……色々と思い出しちゃって……」
そう言って遠い目をする静莉。

あれは六年前……
その日、静莉はアイドルとしてデビューした親友の姿を初めてテレビで見た。
そこで、抱いていた夢そのものを目の当たりにした。
キラキラと光り輝く美羽を見て(自分では絶対あんな風にはなれない)と……そう痛感した。
その時、それまで漠然としていた夢の大きさが、夢までの距離が……明確にハッキリと見えてしまったのだ。
それは途方もなく大きく、果てしなく遠いものなのだと……

「……ほんと、お婆さまの言っていた通り『何事もチャレンジ』ですね!」
そう言って静莉は、手渡されたハンカチで涙を拭った。
そんな彼女の目の前で、湯楽がペットボトルに入ったスポーツドリンクを一気に飲み干し言う。
「もー、静莉ちゃんったら感傷に浸ってる場合じゃないよ! この次はパピヨンジャーショーなんだからね!」
「そ、そうですね……今度は湯楽憧れのヒーローショーでしたね! あ……ちなみに感傷に浸っていたのではなく、感慨にふけっていたので……一応、言っておきます」
「そんな難しい話はどうだっていいよ! もがーっ!」
いつもと変わらない静莉の細かい指摘に、湯楽はワシャワシャと頭を掻きむしった。
それを見て慌てて止めに入る寧々。
「はわわー湯楽ちゃん! それ以上髪の毛グシャグシャにしたら元に戻らなくなっちゃうよー!」
「ああ、ごめんごめん……」
身長の高い寧々に羽交い締めにされ、湯楽は足が中に浮いた状態で謝った。
まるで猫づかみされた飼い猫のようなその姿に、静莉と瑠璃が思わず吹き出す。
するとテント外から『中に入っても大丈夫かな?』と渋いダンディーな声が聞こえた。
瑠璃が『大丈夫です』と答えると、さっきまで客席の最前列で湯楽たちに熱い声援を送っていた藤森会長が、ハチマキにパピユニ親衛隊特注はっぴの姿でやってきた。
「いやー実に素晴らしかった! 最高のステージだったよ!」
そう言って、笑顔で拍手をする藤森会長。
そんな会長の目の前に、寧々の腕からするっと抜け出た湯楽がぴょーんとジャンプして着地した。
「あの!」
「どうしたのかな湯楽ちゃん?」
「いっぱいお客さん見に来てくれてたけど……今、何人ぐらい集まってるの!?」
それを聞いた藤森会長は、腕組みをして答えた。
「うーむ……昼の集計の段階で七百人を超えていたからね……目標までかなり迫ってきてるんじゃーないのかな!」
そんな話をしていると、タイミング良く集計係の女性がテントに駆け込んでくる。
「集計出ました!」
「おお! それでそれで、何人集まったの!?」
期待に目を輝かせ尋ねる湯楽。
その場にいる全員の視線が集計係の女性に注がれる。
そして彼女は、息を整えて言った。
「千……人です」
「千人って……まだ半分じゃん……」
目標の半数にしか達していないという事実を知り、湯楽は力なく地べたに座り込んでしまった。
「湯楽!?」
「湯楽ちゃん!?」
そんな湯楽を静莉たち三人が心配そうに見つめる。
「だって、ヒーローショーの後はもうビンゴ大会と盆踊りだけだよ!? これからあと千人なんて……絶対無理じゃん!」
湯楽のその言葉で、さっきまでの感動ムードから一転し、テントの中は不穏な空気に変わった。
するとそこへ、パピヨンジャーの出番を知らせる実行委員の女性がやってくる。
「休憩時間終わりでーす! パピヨンジャーのみなさん、ステージへ上がって……下さい……」
だがその知らせを聞いても、誰一人として動き出そうとしなかった。
ただならぬ雰囲気を察した実行委員の女性が『どうかされましたか?』と、心配そうに尋ねる。
不安な表情をして黙り込む少女たち。
そんな重苦しい雰囲気を振り払うように口を開いたのは、商工会会長兼実行委員会委員長の藤森孝一郎だった。
「大丈夫だ、心配ない! 君は先に行ってステージの準備を始めてくれたまえ!」
会長に言われ『はい、分かりました!』とテントを出て行く実行委員の女性。
そして藤森会長は、しゃがみ込んだまま立ち上がらない湯楽に手をさしのべて言った。
「大丈夫だよ湯楽ちゃん! 今年はこれだけ大勢人が集まり、こんなに盛り上がってるんだ! 来年はきっと開催費分の協賛金が集まるはずだよ! いや集めてみせるから、心配しないでおくれ!」
「会長さん……」
差し出された手をつかみ、ようやく立ち上がる湯楽。
「行こう湯楽!」
「行きましょう湯楽!」
「ファイトだよ湯楽ちゃん!」
そう言って立ち上がった湯楽に手をさしのべる瑠璃、静莉、寧々の三人。
「みんな……」
そして三人の手を握りしめた湯楽は、自ら気持ちを奮い立たせるように叫んだ。
「行こうみんな! I Can Fly!」

「ぬぅっわっははははー! 現れおったなパピヨンジャー! ここで会ったが百年目! 今日こそ貴様らをこの鎌の錆にしてくれるわはぁっ!」
テントを出たとたん、四人の前にカマキリの格好をした怪人が立がちふさがる。
それに遅れて、女性用控え室テントの隣に併設されている男性用控え室テントから、いかにも正義のヒーローメカという見た目をした人間サイズのロボットが姿を現した。
「ちょっと待って下さいよ木場さん! 背中のウイングの装着が、まだ終わってないんですってばー!」
そう言いなが、一歩一歩、歩きにくそうに近づいてくるヒーローロボット。
そんな怪人とロボットに向かって、湯楽が一歩前に進み出た。
「木場さん! 小室さん!」
そう、この怪人とロボットは湯楽たちにショーの協力を買って出た木場模型店の店長、木場衛と小室工務店の二代目、小室智哉の両名であった。
マスクを取るカマキリ怪人。
中から既に汗びっしょりの木場店長が顔を出す。
「湯楽ちゃん、今日めちゃんこ人来てるじゃなーい! いやー、地道に広報活動頑張ってきた甲斐があったわー! この勢いでパピヨンジャーショーも大成功させちゃいましょー! 友情、努力、勝利! なんちゃってー!」
相変わらずのハイテンションぶりで喋りまくる木場店長。
しかし、それに答える湯楽のテンションはあまり高くはなかった。
「う、うん。頑張ってくるよ……それじゃあね」
そう言って、ステージに向かって走り出す湯楽。
静莉、瑠璃、寧々の三人もそれに続く。
「湯楽……ちゃん?」
湯楽のいつもと違う態度に、木場店長は一抹の不安を感じた。

湯楽たちが再びステージに登場すると、さきほどにも勝るとも劣らない大歓声が響き渡った。
その歓声に応えるべく、湯楽が声を張り上げる。
「良い子のみんなー! パピヨンジャーショーがはじまるよー!」
元気よくステージのセンターに躍り出る湯楽。
すると『お姉ちゃん頑張れ-!』とパピユニ親衛隊に替わって、客席最前列に並んだちびっ子たちから声援が飛んだ。
声援に応え、子供たちに向かってVサインをする湯楽。
その後ろ姿を見て小声で話す寧々、静莉、瑠璃の三人。
「湯楽ちゃん大丈夫そうだね!」
「そうですね!」
「心配いらなかったかな?」
そう言って彼女たちはホット胸をなで下ろすと、それぞれ決められた位置へと急いだ。
それと同時に明るく弾けるようなイントロが流れ出す。
そして湯楽が再び客席に向かって叫んだ。
「それじゃあ、まずはこの歌から聞いてねー! Fly High! パピヨンジャー!」

日曜の朝、テレビで放送されている戦うヒロインアニメの歌を彷彿させるようなプリティーでキュートな曲に合わせ、汗だくになりながら歌って踊る四人の少女たち。
聞き覚えのあるような楽曲に、ちびっ子たちも大はしゃぎだ。
子供たちの喜ぶ笑顔に支えられ、湯楽たちは熱さに負けることなく最後まで歌いきった。

歌が終わり、再び野外ステージに拍手が鳴り響く。
するとステージの袖から、花束を持った老婆が登場した。
「それではここで、本日大活躍してくれたパピヨンユニットのメンバーへ、蝶々商工会相談役、朱楽鳴子より花束の贈呈です」
藤森会長のアナウンスで紹介されたその老婆は、なんと湯楽のお婆ちゃんであった。
「お婆ちゃん!?」
「お婆さま!?」
お婆ちゃんの登場に、やたら大げさなリアクションで驚く四人。
そして今度は恐ろしげなBGMと共に、木場店長演じるカマキリ怪人がステージへと姿を表した。
「ギャーッハッハッハー! 花のあるところ蝶々あり! 蝶のいるところカマキリありぃいいいいいいいいい!」
これまで以上の……血管が二、三本切れそうなハイテンションで絶叫する木場店長演じるカマキリ怪人。
そして怪人は『その花束をこっちによこせ! ババア!』と言って、湯楽のお婆ちゃんから花束を奪い取った。
「ギャーッハッハッハー! この花束でいたいけな蝶々さんたちをおびき寄せ、触角の先から胸部、腹部、後羽に至までムシャムシャパクパクしてくれるぅわはぁーっ!」
木場店長の完全に怪人になりきった迫真の演技に、客席最前列で観覧していたちびっ子たちの何人かが泣き出してしまった。
怪人の目の前に湯楽が飛び出したのは、気の強い男の子が『カマキリなんかやっつけちゃえ!』と言ったその時だった。
「そこまでだカマキリ怪人!」
「何奴!?」
「この町の平和を乱すものは、ボクたちがゆるさないぞ!」
そう言って湯楽はビシっと怪人を指さすと、胸元にクロスさせた腕を大きく広げ叫んだ。
「エマージェンス、パピヨンジャー!」
変身のかけ声に合わせ、ステージの両脇から巨大なクラッカーによって七色のメタリックな紙テープが大量に打ち出される。
そして湯楽たちは、その紙テープに紛れ足早に女性用控え室テントへと戻った。

「よろしくお願いします!」
息を切らせながら言う湯楽に、テントの中で早着替えのためスタンバイしていた実行委員のおばさんの一人が『任せておきな! 四十秒で着替えさせてやるよ!』と威勢良く応えた。
そして大急ぎで《変身》が開始された。
「はわわわー、汗で服が張り付いてる-!」
「ほら、お尻引っ込めて!」
「キャー! 髪の毛痛んじゃうしー!」
ドタバタと変身が進む中、静莉は隣で着替えいる湯楽に声をかけた。
「大丈夫ですか、湯楽?」
しかし、早く着替えるのでいっぱいいっぱいなのか湯楽からの返事はなかった……

一方その頃ステージでは、いなくなってしまった湯楽たちに替わって、あの商工会館の会議室に置いてあった八○インチの巨大液晶テレビが登場していた。
どうやら最初からステージ中央の壁際に設置されていたようだが、このタイミングまで壁と同じ黒い布を被せて隠しておいたらしい。
ステージに残ったカマキリ怪人が『はいはい良い子のみなさーん! それではここでCMのお時間でございますよぉおー!』と言うと、それに合わせて同じくステージに残っていた湯楽のお婆ちゃんがテレビのスイッチを押した。
『蝶々公園でパピヨンジャーに会える! 可憐に舞う四人の戦士が今、この町に舞い降りる! 蝶々公園でボクと握手だよ!』
ヒーローショーに光るパジャマ、変身アイテム、はたまたチョコやソーセージにいたるまで、巨大液晶テレビにどこかで見た事のあるようなCMが次々と映し出される。
するとさっきまで泣いていたちびっ子たちも、いつの間にやらテレビの画面に釘付けになっていた。
その様子を見ながら、カマキリ怪人の木場店長が言う。
「いやー、さすが湯楽ちゃんお見事! 大成功ですわー! この変身の時間をCMで繋ごうっていうアイデアね、湯楽ちゃんのなんですよー!」
それを聞いて嬉しそうにお婆ちゃんが、ウンウンとうなずいたその時だった。

「お待たせ!」
颯爽とステージに再登場する、ヒーロースーツに身を包んだ湯楽たち。
そしてザっと横一列に並ぶと、お約束の名乗り口上が始まった。
「燃える正義のアカタテハ! パピヨンレッド!」
「蒼穹の風に舞う神秘のアオバセセリ! パピヨンブルー!」
「陽光きらめく希望のキアゲハ! パピヨンイエロー!」
「見目麗しき漆黒のクロアゲハ! パピヨンブラック!」
この日のために繰り返し何度も練習してきた変身ポーズをそれぞれが見事に決めると、パピヨンレッドの湯楽が叫んだ。
「ボクたち四人でパピヨンジャー!」
お待ちかねのヒーロー登場に、沸き立つちびっ子たち。
だが、そんなちびっ子たちの歓声をかき消すようにカマキリ怪人の絶叫がこだまする。
「ギャーッハッハッハー! 四人でパピ四って……ダジャレかぁあ!? 馬鹿めぇえええ! どこの世界にカマキリに勝てる蝶々がいるというのだ!」
そう言ってカマキリ怪人は、パピヨンレッドの前に立ちはだかった。
そして次に、そんな言葉に屈することなくパピヨンレッドが勇ましく立ち向かう……はずだった。
「そんなの、やってみなくちゃ……分からない」
台詞の途中で急に言うのを止め、立ち尽くしてしまう湯楽。
木場店長は様子がおかしいと思ったがどうする事もできず、とりあえず台本通りレッドに向かって鎌を振り下ろした。
するとパピヨンレッドは、出番前控え室テントで座り込んでしまった時と同じように、その場で力なくへたり込んでしまった。
異変に気が付き駆け寄る静莉、瑠璃、寧々の三人。
「大丈夫ですか、湯楽!?」
「湯楽!?」
「湯楽ちゃん!?」
三人の声に湯楽は、震える手で客席を指さし言った。
「く、久茂市の市長が見に来てる……何人集まってるのか調べに来たんだ!」
湯楽の指さした方向を見てみると、そこにはワイシャツにきっちりとネクタイを締めた格好の男たちが数名立っており、その中に市長の姿を確認することが出来た。
「確かに……あそこにいるのは市長さんですね……」
静莉ならともかく、世間に疎そうな湯楽が市長に気が付いたのには理由があった。
それというのも彼女たちはつい最近、市のまちづくり政策課から取材を受け、その時市長に会ったばかりだったのだ。
そして湯楽は言った。
「み、みんな……ボクの頼みをきいてくれて、あんなに一生懸命頑張ってくれたのに……もし、このまま人数が足りなくて、お祭りが中止になっちゃったら……ボクは……ボクは……」
「……その事ならさっき会長さんが大丈夫だと、心配ないと言っていたじゃないですか!」
そう言って、震える小さな湯楽の肩を抱きしめる静莉。
しかし湯楽は、頭を掻きむしろうとしているのか、ヘルメットをごしごしと手で擦りながら言った。
「でも、どーなるかなんて分かんないじゃん! 今までだって頑張って、それでも駄目だったんでしょ!?」
「湯楽……」
湯楽のその一言に、三人がかける言葉を失いかけたその時、一人の少年がステージへと駆け上がった。
「待ってろねーちゃん!」
そう言って一目さんに大型テレビの後へと姿を消す少年。
その後ろ姿を見て、湯楽と寧々が同時に同じ人物の名を叫んだ。
「有馬!?」
「有馬くん!?」
突然の出来事にざわめく客席。それとは反対にステージの上は、時が止まったかのように静まりかえっていた。そして……

その場にいる全員がこれから何が起こるのかと巨大液晶テレビに注目する中、八○インチの画面に紫色のヒーローのおめんをつけた謎の人物が映し出された。

「何そんなところでしゃがみ込んでるの!? さあ立ちなさいパピヨンレッド!」

テレビに繋がれたスピーカーから響き渡る聞き慣れた声……
「こ、この声は、もしかして……」
「ぱ……ぱぴこなの!?」
「み、美羽!?」
驚き呆然とする四人を前に、画面に映し出された謎のヒーローが叫ぶ。
「紫炎をまといし優美なるオオムラサキ! パピヨンパープル!」
その時、静莉は気付いた。テレビに映し出された画面のインターフェイスが、ビデオ通話ソフトのものであることを……(美羽……)
「さあ立ってよパピヨンレッド! 私の分まで頑張って言ったじゃない!」
涙混じりに美羽が叫ぶ。
「……そうですよ! ヒーローは絶対に負けちゃ駄目だって、そういつも言ってるのは湯楽じゃないですか!」
美羽に続いて、静莉も涙声で訴えかける。
「ねえ、いつもみたいにさ……元気よく言ってよ! 『もがーっ! ボクがこんなことでへこむわけないじゃーん!』って」
途中湯楽の声色をまねながら、瑠璃も涙ながらに訴えた。
「そうだよ! こんなの全然湯楽ちゃんらしくないよ! 私の知ってる湯楽ちゃんは……湯楽ちゃんは……はわわわわー」
最後に言葉をかけることになった寧々は、言いながら本気で泣き出してしまった。
『パピヨンレッド頑張れ-!』
『立って! おねえちゃーん!』
『負けるな湯楽-!』
『この後、銭湯行くから立てくれ-!』
今ステージで起こっている事が、ショーの演出なのか、それとも今ここでリアルに起きている事なのか分からないまま、観客たちも湯楽に声援を送った。

「み、みんな……」
ヘルメット越しに聞こえてくる優しく温かな声に、湯楽はマスクの内側を大粒の涙で濡らした。

「さあ立ちなさいパピヨンレッド! You Can Fly!」
美羽の呼びかけに『I Can Fly!』と、力強く応え立ち上がったパピヨンレッド。
その姿を見届けると、謎のヒーローはつけていたおめんを外して言った。

「それじゃあ会場のみんな、後はよろしくね!」

次の瞬間通信が切れ、テレビ画面にはビデオ通話ソフトが立ち上がったパソコンの画面が映し出された。
まさかのスーパーアイドル登場に、祭りの会場全体が一気に沸き立った。
ステージ全体が揺れるような大歓声の中、湯楽たちのかけ声に合わせ登場するパピヨンジャーロボ。
そしてそのパピヨンジャーロボの必殺技である《ファイナル蝶燐剣》によってカマキリ怪人は倒され、パピヨンジャーショーは幕を下ろした。
ショーが終わりヘルメットを脱ぎ捨て、泣きながら抱きしめ合う湯楽、静莉、瑠璃、寧々の四人。
その姿を湯楽のお婆ちゃんが、涙ぐみながらステージの端で見つめていた……

結局ウィスッパーで拡散したスーパーアイドル美羽登場の情報を聞きつけた人たちが祭りに押し寄せ、最終的には三千人を超える人たちが会場に集まった。
蝶々祭りは大成功で終わり、来年もし協賛金が集まらず開催費が足りなかったとしても、これまで通り市から補助金を出してもらえる事になった。

これは後から聞いた話で分かった事だが、湯楽がその姿を見てショックを受けてへたり込んでしまった久茂市の市長は、参加者数を確認しに来たのではなく、ただ単にエールを送るため会場まで足を運んでくれたとの事だった……
+注意+
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