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パピヨンジャープロジェクト 作者:南兎カナル
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ありがとう瑠璃ちゃん!

ここは朱雀の湯の女湯。まだ午後5時台という、一っ風呂浴びるにはいささか早い時間なこともあり、広い浴室に瑠璃と寧々の二人だけという貸し切り状態であった。
朱雀の湯は、昨今良く目にする《スーパー銭湯》ではない。古くからここ蝶々地区に暮らす人々の憩いの場として親しまれてきた《町の銭湯》である。
そんな自分たちしかいない女湯で、浴室奥の壁にペンキで描かれている美しい富士山をバックに、姉妹は仲良く並んで浴槽に浸かっていた。
「はわわー、生きかえるねーお姉ちゃん。極楽だよ極楽ー」
完全に蕩けきった表情で頭の上にタオルを載せたこの娘が瑠璃の妹、黒木寧々(くろきねね)である。
「寧々、あんた本当に中学生? 『はわわー、生きかえるねー』とかヤバいってそれ」
スラッと細く長い腕を伸ばしながら、瑠璃は呆れ顔で言った。
「もー、お姉ちゃんったら『本当に中学生?』とか言わないでよ……気にしてるんだからね!」
そう言ってぷくーっとほっぺたを膨らませる寧々に瑠璃は『ゴメンゴメン』と謝る。
「本当に寧々は大好きだよねー、湯楽の家の銭湯。うちにだって広いお風呂あるのにさー」
瑠璃の言う通り、町一番の大地主である二人の家には、まるで高級旅館のような立派な総檜造りの内風呂と、さらに広大な敷地内には天然温泉の露天風呂まであった。
にもかかわらず二人で月に一度、ここ朱雀の湯に足を運んでいるのは寧々のたっての願いからだった。
「お姉ちゃんは分かってないな-。ここにはうちのお風呂では味わえない、わびさびがあるんだよ!」
「そ、それぐらい分かってるし! わびさびでしょ、わびさび! ワサビじゃないんだからね!」
なぜだか分からないが、ムキになって言い返してくる姉が可笑しくて、寧々はクスクスと笑った。
「じゃあ寧々は、あそこにある石像の鳥。何て鳥だか言える!?」
そう言って瑠璃は、浴室の向かい側の角に飾られている鳥の彫刻を指さす。
「え? ……アレって朱雀じゃないの。ほら、ここ朱雀の湯だし」
その答えを聞いて瑠璃は『ブブー違います!』と勝ち誇った顔で言った。
「まってまって! ちなみに鳳凰は朱雀と似て非なるものらしいけど、同じ種類の仲間と言っても間違いじゃないって、学校の先生が言ってたよ!」
答えを鳳凰だと思った寧々は、すかさず朱雀でも間違いではないというフォローを入れたつもりだったのだが、姉の反応はその予想の斜め上、いや斜め下をいくものだった。
「え、ほ、ほうおうって何?」困り顔で尋ねる瑠璃。
「……」
「……」
「ほら平等院鳳凰堂の屋上に飾られてるアレだよ! 小学校の時、社会の授業で習ったでしょ!?」
寧々は呆け面の姉に『ほら金閣寺のてっぺんにもあるでしょ!?』などと言いながら必死に説明する。
「ウソ!? そんなこと習ったおぼえないし!」
「じゃあ一万円札を思い出してみて! ほら、アレがそうだよ!」
「ああいたねーアレ! 描かれてる描かれてる!」
寧々はようやく自分の話を姉が理解してくれたとホっとなった。
「じゃあ一万円のアレもブレイブファイヤーバードなんだ! 凄いじゃんバケコレ!」
だが悲しいことに姉にとって妹の話は、どうにも理解の及ばないものであった。
「……あの、バケコレってお姉ちゃんが小学校の時はやってたゲームのことだよね?」
「そうだよー! 面白かったなーバケコレ! ちなみに666匹、化け物を全部集められたのは、あたしと湯楽だけだったんだよねー」
ニコニコと自慢げに話す瑠璃。
「で……その《ブレイブファイヤーバード》っていうのは?」
「ああ、あそこの石像の鳥ね。そのバケコレに出てくる伝説の化け物の一匹、ブレイブファイヤーバードだって! 小学生の時、湯楽が教えてくれたんだよー!」
「……そ、そうなんだ」
湯楽ちゃん! どうして自分の家のことなのに、そんなとんでもない勘違いをしちゃってるの!?
寧々は心の中でダバーっと涙を流しながら嘆いた。
「そういえば今日は湯楽ちゃんいなかったけど、どうしたのかな?」
言って寧々はザバっと湯船から上がる。
「行くよって話はしてあるし、ちょこっと夕食の買い出しにでも行ってるんじゃない?」
そう答えながら瑠璃も妹に続いて浴槽を出た。
それと同時に浴室の出入り口の扉がガラガラと音をたて開き、いかにも田舎のおっかさんといった感じのおばちゃんが一人、中へと入ってきた。
「あら瑠璃ちゃんに寧々ちゃんじゃない!」
「あ、肉屋のおばちゃんじゃん! ご無沙汰でーす!」
「こ、こんばんわです……」

そしてこの後、くしくも寧々が『本当に中学生? とか言わないでよ……気にしてるんだからね!』とほっぺたを膨らませていた理由が明らかとなるのであった……

「あらやだ寧々ちゃん、また背が伸びたんじゃないの!? モデルさんみたいでいいわねー!」
何が『あらやだ』なのかはさっぱり分からないが、おばちゃんは風呂場の隅々まで響き渡るようなデカイ声で言った。
それを聞いて『はわわー!?』と顔を赤らめる寧々の身長は、どうみても姉の瑠璃より遥かにに高かかった。
「おっぱいもますますボインちゃんになって、凄いわねー。それって何カップなの!?」
「ぼ、ボインちゃん!? はわわわわー!?」
おばちゃんの情け容赦のないセクハラトークに寧々は慌てて胸を隠した。タオルを握った右手で下半身を、左手で胸を押さえる格好だ。だが、その若く張りのあるGカップの巨乳はとても片腕だけで隠しきれるような慎ましい代物ではなかった。ギュっと押しつぶされた乳房がムニュっと上下にあふれ出る。
「うぅううー!」
うまく体を隠すことが出来ず、モジモジする寧々。
そんな恥じらう妹の姿をしげしげと見ながら瑠璃が言う。
「ほんとだー、また大きくなってるね-。育ち盛りってやつ?」
「はわわわわー!? お姉ちゃんもやめてよー!」
恥ずかしさのあまり半べそをかく寧々に、おばちゃんの一言がとどめをさす。
「お尻も立派だねー! その大っきなお尻なら赤ちゃん産むのも安心ってもんだよ!」
「ああぁああ、あか、赤ちゃん!?」
ドカーン! ついに寧々の羞恥心は限界を超えて爆発した。

そう……おばちゃんの言う通り、寧々の体はとても一ヶ月前まで小学生だったとは思えない、中学生としては規格外のグラマラスボディなのだ。
そんな大人のような自分のスタイルに、寧々はコンプレックスを抱いていた。

「あか、赤ちゃん……」
顔を真っ赤にして固まっている寧々。
「ほら、ボーっとしてたら湯冷めしちゃうし!」
そんな妹をタオルでささっとをふいてあげる瑠璃。
「あ、ありがとうお姉ちゃん……」
「はいはい。あ、ほら! 湯楽、帰ってきてるよ!」
ガラス窓越しに脱衣所にいる湯楽を見つけた瑠璃は、自分の体も手際よくふくと妹の手を引き出入り口の扉へと向かった。

「お帰り湯楽ー!」
そう言って瑠璃がガラス戸を開いたその時だ。
「アイドル妖精パピヨンジャー! 可憐に登場だよ!」
脱衣所にある姿見に向かって、ビシっとポーズをとる湯楽の決め台詞が炸裂した。
不意打ちを食らい、ステーンとひっくり返る瑠璃。
「あいたたっ……もー湯楽ったら、いきなりヘンな叫び声出すし……」
浴室のタイル張りの床にぶつけたお尻をさすりながら瑠璃がぼやく。
「今のポーズどう!? カッコよかった?」
今一度さっきのポーズをとる湯楽。
湯楽が言っていることもやっていることも理解出来ない寧々は、尻餅をついた姿勢の姉に尋ねた。
「……お姉ちゃん。アイドル妖精パピヨンジャーって……何?」
「んっ!? アハハハハハ……な、なんだろーねー」
妹の質問に、瑠璃は笑って誤魔化す。

そして姉妹が脱衣所で服を着ている間も、湯楽の一人ヒーローショーは続くのであった……

「燃える正義のアカタテハ! パピヨンレッド!」
見える人にしか見えない爆発を背にして、湯楽が変身ポーズを決める。
「湯楽ちゃん、《アカタテハ》ってなに?」と寧々。
「あー、そんなこと聞かなくていいし!」と瑠璃。
興味を示してくれる寧々に、目を輝かせて説明を始める湯楽。
「パピヨンジャーはその名と通り、蝶々地区のローカルヒーローだから蝶がモチーフ! ここまではいいかな!?」
「うんうん」
寧々はとりあえず話を聞き出してみようと、湯楽に調子を合わせた。
「色分けされたヒーローの場合、さらにそれぞれのカラーに合った特徴とか技が必要不可欠だよね!」
「う、うん……」
(よく分からないけど、そうなんだね……)と心の中で呟く寧々。
「そこでせっかくいっぱい種類がいる蝶がモチーフなんだし、それぞれの色に合った蝶とか使えないかなーとネットで探してみたんだよ!」
「そ、それでどうなったの?」
「レッド、つまり赤。赤い羽根、赤い模様、名前に赤がつく蝶……それが《アカタテハ》なのさ!」
「そんな蝶々がいるんだね! 知らなかった! 凄いよ湯楽ちゃん!」
なぜパピヨンレッドがアカタテハなのかということよりも、自分の知らなかった蝶をあの湯楽から教わったことに感激する寧々。
「でしょでしょー!」
自分の考えたヒーローの設定を褒めてもらえたとに感激する湯楽。
微妙に感激のポイントがズレている二人であったが、手を取り合いピョンピョンと飛びはねて喜んだ。
「下着姿ではしたないぞー」
先に着替えを終えた瑠璃が、呆れた口調で寧々に言う。
すると寧々は『はわわー!?』と慌ててスカートはき、上着の袖に腕を通した。
「そうするとやっぱり瑠璃ちゃんは、黒木瑠璃だからクロアゲハかなー!」とノリノリの湯楽。
「だから、やらないし!」
「寧々ちゃんはー……」
「あーっ!? お願いだから妹だけは、まきこまないでー!」
涙目で湯楽にすがりつく瑠璃。
そんな姉の姿を見て、苦笑しながら寧々は言った。
「もうこのまま秘密にされたら、気になって勉強にも手が付かないよ! ちゃんと説明して下さい!」
自分と違い勉強が大好きで成績優秀な妹を、瑠璃は自慢に思っていた。
「はーっ、しょうがないなー。説明するから勉強はちゃんとしなよー」
そして瑠璃は、これまでの事をしぶしぶ寧々に説明した。

「そうなんだ……蝶々祭りの方が久茂市祭りより、断然いいと思うけどな。みんなわびさびが分かってないよ……」
瑠璃の説明を聞いて、寧々はしゅんとなった。
するとその様子を番台からずっと見ていた老婆が、二人に声をかけてきた。
「すまないねー、瑠璃ちゃん寧々ちゃん」
深くシワの刻まれた額の下には愛嬌のあるドングリ眼。そしてボサボサの白髪。
そう、湯楽のお婆ちゃんである。
「湯楽ちゃんったら、私が毎年お祭りの民謡大会に出るの楽しみにしてるもんだから『婆ちゃんのために、絶対お祭りを無くさせないから!』って頑張っちゃってねー」
「あーっ!? そんなこと話さなくていいよ!」
祖母の話に慌てふためく湯楽。どうやら、その辺のいきさつは内緒にしておきたかったらしい。
「湯楽……」珍しく真剣な表情で彼女を見つめる瑠璃。
「だって……同情引くみたいなことになったら、ヒーローっぽくないじゃん!」
ばつが悪そうな様子で頭をかきむしる湯楽。
そんな彼女に寧々が泣きながら抱きついた。
「ふぇーん、湯楽ちゃん! 私もやるよパピヨンジャー! お姉ちゃんも一緒にやろうよ! ね? ね?」
妹からの哀願に瑠璃は『う、うーん』と困惑した。

その時だ。女湯の浴室から『ハァ-……てふてふ羽ばたきゃ草木もゆれる……アチョイチョイ!』とのびやかな歌声が響いてきた。
それを聞いた湯楽のお婆ちゃんは、フフフと笑いながら言った。
「誰もいない銭湯ほど、歌の練習がはかどる場所はないからね」
「それじゃあ、歌っているのは……」と瑠璃。
「そうだよ。肉屋のみっちゃんさ! みっちゃんはね、私のライバルなの! 去年の大会は負けちゃったけど、今年は絶対に負けないわ!」
そう言って湯楽のお婆ちゃんはニカっと笑う。綺麗に並んだ歯の中に一本だけあった金歯がキラリと輝いた。
(湯楽のお婆ちゃんが毎年民謡大会に出てるとか、気にしたことなかったかも……)
瑠璃はそんなことを考えながら、何気なく番台の方に目をやった。
「あ……」その時、瑠璃は気付いた。
番台の後ろの壁にズラりと飾られた表彰状。それは全て民謡大会で湯楽のお婆ちゃんが優勝してもらったものだったのだ。
(これまで何気なく見てただけで、全く気が付かなかった……)

「……あたしがクロアゲハなら、寧々はキアゲハとかじゃない?」

そう言って瑠璃は、まだ寧々に抱きつかれた状態の湯楽にウィンクを飛ばす。
その仕草は、彼女が日常的に使う《OK》のサインだった。
「瑠璃ちゃん!?」
「お姉ちゃん!?」
驚いた二人の声がハモる。
そして今度は湯楽が瑠璃に泣きながら抱きついた。
「ありがとう瑠璃ちゃん!」
「髪の毛……そんなボサボサにしちゃったら、リンスしてもなおんないよー」
胸元でスンスンと鼻をすすっている湯楽の頭を撫でながら瑠璃は言った。
(ほんと、湯楽はヘンなところで照れ屋さんなんだよ……)
「なにか言った?」
瑠璃の心の声が聞こえたのか、キョトンとした表情で顔を上げる湯楽。
「ん、何でもない!」そう答えて瑠璃は優しく頬笑んだ。
そこへ寧々も話しに加わる。
「そういえばお姉ちゃん、さっき私は『キアゲハじゃない?』って言ってたけど、どーして?」
妹の質問に、瑠璃はピっと人差し指を立てて答えた。
「だってほら、あたしたち《黒木姉妹》だし。そしたら、あたしが《黒木》の《クロ》で《クロアゲハ》なら、寧々は《黒木》の《キ》で《キアゲハ》じゃん!」
その答えに寧々と湯楽は『なるほどー!』と再びハモった。

そして……

「よし、それじゃあまず変身ポーズの特訓からいってみよー!」
そう言って脱衣所にある縁台の上にピョンと飛び乗りポーズを決める湯楽。
「そこからー!?」と、今度は姉妹の不満の声がハモった。
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