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義勇艦隊奮戦録
作:山口多聞



練習空母「雛鳥」 下


 赤とんぼに基地への待避を考えてから30分ほどして、波と風が収まってきた。すると、艦橋に取り付けられた電話が鳴った。飛行甲板指揮所からの回線である。大橋中佐がそれに出た。

「もしもし?」

「艦長、飛行長です。着艦許可を出していただけるよう具申します。」

 甲板指揮所の飛行長からだった。案の定上の飛行隊に着艦許可を与えて欲しいようだ。しかし、波風ともに収まってきてはいるが、それでも甲板は上下に揺れている。練習生に果たして可能だろうか。

 ちなみに、飛行長とは直接飛ぶ役職ではなく発着艦や飛行隊の編成など空母や飛行隊で主に運営を任せられる役職の事だ。

「大丈夫かね?私の見る限りではまだ波も風も強い。練習生には無理せず陸上基地へと向かわせた方が良くないかな?」

「それは私も承知していますが、連中は着艦が始めてではありません。それに、実戦に比べれば今の状況はまだまだ序の口です。この程度の状況で着艦出来ない者などおりません。」
 
 飛行長は随分と強気であるが、艦全乗員の命をあずかる艦長としては安易に決断できない。

 彼は後ろに立っている副長である林少佐の方に振り返った。

「副長。飛行長は随分と強気だ。着艦許可を求めているが、私としてはまだ危険であると思う。君としての意見はどうかな?」

 すると、林少佐は答えた。

「確かに、艦長の危惧も最もだと思います。しかしいざ実戦となったらあまり甘いことは言っておられません。むしろ、これは彼らや我々を鍛える良い機会であるのかもしれません。私としては許可を与えるべきと思います。」

「ふむ・・・よろしい。では護衛艦に信号、トンボ釣りに備えるよう信号を送ってくれ。」

 大橋は着艦許可を出すことにした。その前に、今回護衛役として付き従っているフリゲートの「丹東」と「営口」にトンボ釣りの準備をさせる。

 トンボ釣りとは、空母の後ろを走って万が一着艦に失敗した機体を素早く救助できるようにする事である。

 信号が出されると、早速「営口」が「雛鳥」の後ろに回る。一方で「丹東」はこの2隻を囲むように大回りして走る。こうして対潜警戒を行うのだ。今のところ日本海に潜水艦が侵入したという話は聞かないが、万が一に備えてである。

 2隻のフリゲートが位置に着いたところで、大橋は飛行指揮所への電話を取った。

「待たせて悪かったね。訓練飛行隊への着艦許可を出す。」

「了解しました。」

 飛行甲板でも準備が始まった。まず飛行甲板前部のバリケードが上げられた。このバリケードとは、飛行機が着艦ようのフックを掴めず、そのまま海へと落下しないようにする装置の事である。ネットが付いていて、これで飛行機をキャッチするのだ。

 続いて甲板後部にある着艦用のワイヤーが上げられる。このフックは何本か上げられるが、この内の1本を飛行機に取り付けてあるフックが掴み、飛行機を強制停止させるのだ。着艦を制御された墜落というが、まさにその通りである。

 さらに、飛行甲板横の無線用アンテナが倒される。空母は戦艦や巡洋艦のような立派な艦橋やマストを持てないので、代わりに飛行甲板側面にこれを取り付ける、ただし上げっ放しでは飛行機がぶつかるので、起倒式となっている。

 そして最後に、光学式の着艦指示装置が点灯する。これは現代の原子力空母でも使われている方式で、光でパイロットに角度や速度を指示するのだ。もちろん、誘導員もいて最後は彼らが旗を使って誘導する。

 これで準備完了である。

「準備完了だな。風上に艦を向けろ。」

「は、取り舵20度!!」

 発艦する時と同じく、艦首が風上に向けられる。

「よし、来い。」

 全ての準備が整ってから1分ほどして、それまでグルグル旋回していた赤とんぼの編隊が、編隊を解きバラける。そして最初の機体が着艦コースに入った。

 その機体は時折姿勢を直しながら向かってくる。「雛鳥」の乗員たちが固唾を飲んで見守る。何度見ても安心できないワンシーンである。

 そして、その赤とんぼが艦尾を通り過ぎた。

「いけるか?」

 杞憂だった。赤とんぼは難なくフックを掴み、見事着艦を成功させた。まずは一安心である。

 続く2番、3番機も無事着艦した。そうして順々に各機が降り立っていく。

 ところが、最後の8番機は一度着艦しようとしたもののやり直した。その後もなかなか甲板に脚をつけようとしない。見ている全員が心配になってきた。

「どうやらパイロットに恐怖心がついてしまったようですね。」

 林が赤とんぼを見つめて言った。

「だが我々としてはそれをなんとしても乗り越えてもらうしかない。」

 そして、5度目の着艦コースに乗る赤とんぼ。何度も何度も姿勢を修正しながら飛んでくる。見ているだけで危なっかしい。

 誘導員は危ないと思ったらしく、着艦中止の赤旗を上げた。しかし、遅かった。パイロットは何が何でも着艦すると決めたらしい。そのまま甲板に脚をつけた。

 その瞬間誰もが目を見張った。赤とんぼは最後のフックを掛け損ねたのだ。もちろん、力は掛からず、そのまま滑走していってしまう。

「まずい!!」

 赤とんぼはそのままバリケードに突っ込んだ。

 バキン!!ブチブチ!!

 プロペラが折れる音と、バリケードの網が破れる音が響き渡った。

 赤とんぼはなんとかバリケードによって静止した。ただちに整備兵と救護兵が機体に駆け寄る。パイロットがもしかしたらケガをしているかもしれない。

 大橋や林も固唾を飲んでその様子を見守っていた。だが、間もなく乗っていた2名とも無事という報告が届いた。また機体と艦の損傷も大きい物ではなく修理可能であった。ひとまず一安心である。

「いやあ、冷や汗物でしたな艦長。」

「ああ。だがとりあえず搭乗員が無事で良かったよ。これより本艦は新潟への帰還針路を取る。「丹東」、「営口」にも通達だ。」

「了解!!」

 着艦成功で一安心していた艦橋のスタッフが、再びキビキビと動き始めた。そんな中、大橋は考えていた。

(あの搭乗員たちは、また一つ壁を越えた。だが、実戦での壁は先ほどの物よりも遥かに高く険しいだろう・・・彼らの1人でも多くが、この戦争を切り抜けてくれる事を祈るばかりだ。)


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