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新鋭機 後編
 いよいよ各機体のエンジンが始動した。

 ハインケル博士は我が子を見るように、M1戦闘機を見つめていた。そんな彼に歩み寄る一人の男がいた。

「どうですかな博士、自信は?」

 声をかけたのは義勇艦隊大将服を着た男、白根総司令官であった。

「おお、これは白根社長。」

 実は二人とも顔見知りである。かつてハインケルがドイツから工具を取り寄せたさい輸送を行ったのが、白根が運営する大亜細亜通運であった。

 その時以来、ちょくちょく白根はハインケルに会っていた。また、白根は航空機の補充部品などを、ハインケルの工場に発注するなどして優遇していた。

ちなみに、この会話は通訳を通して話している。

「自信は満々ですよ。あなた方の空母や艦載機を見せてもらったおかげで随分と設計の参考になりましたから。最高の戦闘機に仕上げたつもりです。」

「そうですか?量産性能とかも上がっていますかな?我々が欲しているのは芸術品ではなく戦闘機ですから。」

「もちろんですとも。まあ見ていて下さい。」

 彼がそう言った時、M1戦闘機が飛び立っていった。

 M1戦闘機は空力学的にもよく作りこまれた戦闘機で、その外観はどことなく後に現れる米陸軍のP51を思わせる物がある。

 同じ水冷の「飛燕」もそれなりの機体であるが、それにもましてある種の力強さを感じさせるスタイルである。

「飛燕」を流麗な日本刀とするなら、M1は細いながらも相手の急所を一撃で突くサーベルを思わせるものがあった。

 M1に続いて、今度は零戦33型が飛び立った。

 そして、高度3000m付近で、低高度模擬空戦が始まった。今回の模擬空戦は1対1で低高度、中高度(4000から6000m)、高高度(6000m以上)の3空域で行われる。

 零戦33型は、1500馬力と原型機の1,5倍の出力のエンジンで、しかも機体各部を補強している。それまでの特性であった旋回性能を若干犠牲にして、急降下性能や防弾性能を高めていた。

 しかし、M1戦闘機は零式戦闘機に優勢とまで行かないものの、互角に戦った。これは最高速度がM1の方が速く、さらに秘密兵器によって旋回性能を高めていたからだ。

 結局、低高度では互角という判定が出た。そして、中高高度では速度で勝るM1の優勢という判定がでた。

 第一ラウンドは勝利である。続く、「飛龍改」との対戦でもほぼ同様の判定がでた。これは「飛龍改」が零戦と同じく、軽戦として設計されていた事が大きな要因であった。

 そして、いよいよ真打との戦いである。

 まず、キ61である。M1と同じく流麗な水冷式の戦闘機である。エンジンの出力もほぼ同じである。ただし、最高速度はM1の方が20km程早い。また、キ61は操縦席後方がフィンバックタイプの機体である。

 高高度、中高度での戦いは同列、もしくは最高速度で若干勝るM1の方が有利であった。

 しかし、低高度での戦いはM1が一方的な戦いを行った。キ61はついに一度も後ろを取れず、逆に3回の被撃墜判定を受けて惨敗してしまった。

 何故そうなったかといえば、M1の秘密兵器のおかげである。実は、M1には全自動空戦フラップという新兵器が積まれていた。

 通常、飛行機がフラップを出すとその分主翼の面積が増し、重量が分散され旋回性能が上がる。しかし、逆に速度が急激に落ちるという欠点もある。これまでのフラップは手動であったから、パイロットは一々面倒な操作をしなければいけなかった。しかしながらこの全自動空戦フラップは、名前のとおり、水銀と圧を使った仕掛けで、戦闘中最適のタイミングで開く。

 後に可変翼のはしりといわれたこの装置は、もともと川西飛行機が自社製の戦闘機に積む予定だった。(史実の紫電)ところが、航空機開発の整理から紫電の開発は中止されてしまい、この装置はお蔵入りになりかけた。

 それを、密かにハインケル博士が手に入れていたのだ。そしてこの新兵器はその性能を如何なく発揮したのだ。

 水冷戦闘機同士の戦いはM1の勝利だった。

 ところが、続きキ84との戦いは思った以上に苦戦を強いられた。

 このキ84、世界一小さい2千馬力級エンジンの誉れを積んでいた。そのため、最高速度は638kmとM1と同等であった。しかも、旋回性能も重戦闘機としては優れていた。

 結果、低高度は同等、中高度はキ84の勝利、高高度も同等という厳しい判定になってしまった。

 これはハインケル博士にもショックだった。

「うむ・・・」

 そううめいて、彼は押し黙ってしまった。

 こうして、この日の公開性能テストは終わった。この後はそれぞれの整備性や量産性を評価し、採用が決まる。

 そして一月後、各メイカーに通知が出された。

まず零戦33型と「飛龍改」は今後の発展性が限界に達していると判断された。ただし、零戦33型については小型護衛空母の艦載戦闘機としての量産が命じられた。一方の「飛龍改」は中華民国空軍への輸出用機として少数の量産命令が出たに留まった。

 キ61は不採用となった。キ84の方が全般的に優れていたため、こちらを日本陸海軍が積極採用する事となった。

 そしてM1戦闘機は満州駐留日本軍と、満州国軍、義勇海軍への採用が決まった。日本軍に採用されるほどではないが、久しぶりにハインケル博士にとっての戦闘機大量発注である。彼が大喜びしたのは言うまでもない。

 決め手となったのは、誉エンジンがただちに大量生産に移れず、満州での需要に答えられない事と、マリーンエンジンの生産は満州内で行われ供給が容易であることだった。

 こうして、昭和17年8月。M1戦闘機は、満州国空軍42式戦闘機「炎龍」として正式採用となった。
 作者テスト期間中につき、更新が一時ストップします。
 作者の架空戦記は他に流浪の三千院家や幻艦記がありあます。そちらも良かったら見てください。


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