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義勇艦隊奮戦録
作:山口多聞



中国侵攻!!


 1936年2月26日未明。中満国境線において、中華民国軍による砲撃が始まった。後に第一次中満戦争と呼ばれる戦いの始まりであった。

 最初にそれを通報したのは、国境警備隊所属の陸軍少尉、陳青英であった。

 彼は砲撃が始まると、直ぐに後方基地につながる電話に飛びついた。

「こちら第42国境警備所、中華民国側からの砲撃を受けている!!大規模な侵攻行動であると認む!!」

「了解!!以後はマニュアル通りに、後方基地まで後退せよ!!」

 このように、満州国側が中華民国の侵攻を国境警備隊が確認すると、それらの部隊に退させる光景が各地で見られた。

 これは、この時点における満洲陸軍が中華民国侵攻を前提にした行動マニュアルで、国境警備隊は侵攻の確認後は直ちに撤退することを明記していたからだ。勝ち目のない戦闘での戦力の消耗を防ぐためである。

 中華民国軍は、各地の国境警備隊の詰め所や駐屯地を砲、爆撃した後、満州国内になだれこんだ。

 中華民国は、独逸やソ連、イギリスなどから輸入した戦車で攻勢した虎の子の機械化師団、第200師団を始めとする精鋭部隊を今回の作戦に充てていた。

 6個師団12万名、戦車・装甲車100両。火砲1000門を動員していた。

 一方、事前に中国軍の侵攻を予期していた満州国軍は、国境線から一歩下がった基地で反撃の用意を行い。それに伴い、住民の後送を行う。

 この時点で、中華民国と接する熱河省に駐屯する満州国軍と日本軍の兵力は総勢4万名、戦車などは日本から輸入した89式中戦車、94式装甲車、イギリス製のヴィッカース6t戦車、そして日本陸軍が秘密裏に投入していた97式中戦車等計42両。火砲120門であった。その他に空軍機30機であった。
 
 
 

 中満国境で戦闘が始まった頃,旅順の義勇艦隊でも非常呼集が行われ、各艦艇は出撃準備を行っていた。

 旗艦である軽巡「海龍」では、艦隊司令である大貫少将以下幕僚が揃い、総司令部からの出撃準備を今か今かと待ち構えていた。

「陸上では陸軍や空軍が戦闘を行っているのに、我々だけが何も出来ないなんて、歯がゆい想いです。」

 参謀長の長野中校がぼやく。

 彼は日本海軍からの転籍者である。二等兵から入ったものの、中々昇進の機会に恵まれず、また階級差が激しいのを嫌って、義勇海軍に入っている。学業、実技ともに優秀な男ではあるが、性格は強気で、扱いの難しい男である。

「参謀長。そうぼやくな、敵が出てこなければ我々には出る幕がない。」

 大貫少将が宥めるように言った。

「そうはいいますが、だったらこちらから出て行くぐらいしないと。じゃなければ我々は本当の役立たずです。」

 長野が強気の発言をするが、もちろん義勇海軍にそのような実力はない。長野自身もそれくらいはわかっている。だが、彼としては友軍が戦っているのに、自分が何も出来ないことが嫌でしょうがなかった。

 しかし、この10分後、長野を喜ばす情報が入ってきた。発信源は、中華民国の有力海軍基地であり、黄海方面艦隊の母港でもある青島に潜入していた工作員からだった。

「中華民国黄海艦隊出撃す。巡洋艦2、駆逐艦5.進路は不明なり。」



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