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義勇艦隊奮戦録
作:山口多聞



束の間の平穏


 新型軽巡「海龍」が竣工したことにより、一息ついた北上技師は久々に家へと帰る。彼には妻と4歳になる二人の子供がいた。

「ただいま!!」

 玄関の扉を開けると,そこに一週間会っていなかった妻の美麗がいた。

「あら、おかえり。」

「ただいま美麗。」

 彼の妻は中国人。彼が8年前大阪に住んでいた時に結婚した。1つ年下で、芯の強い女性である。彼女も働いており、造船所の電話交換手をしている。
「子供たちは?」

「もう寝てる。託児所でずっと遊んでいたらしいから。」

 彼らの子供、麗と忠は双子で、今が一番無邪気な年頃である。

「そうか。飯は?」

「これから。手開いてるなら手伝って。」

 二人は夕飯を作り、久しぶりに夫婦水入らずで会話する。

「美麗。今度の休日、大連の百貨店でも行こうか?」

「どうしたんだい?一緒に出かけるなんて?」

 北上は忙しい身で、年末年始を除いて休みはあまりなく、造船所に泊まることも珍しいことではなった。

「いや、今日から1週間の休みが貰えたから。それに、ボーナスも出たし。子供たちとも遊んでやりたいし。」

 彼はチラッと眠っている子供たちに視線を移す。可愛い寝顔を見ていると、仕事のことなど一切忘れてしまう。

「じゃあ今度の日曜日出かけようか。」

 そんな平和な光景が旅順の一角で見られる中で、世界は混沌としていた。平和な光景は嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 この時期、ヨーロッパの独逸ではヒトラー率いるナチスが勢力を大きくしつつあり、またイタリアではムッソリーニ率いるファシスト党が台頭していた。

 また、日本とアメリカの間でも中国権益をめぐって、その関係に暗雲が垂れ込めつつあった。

 緊張高まる世界に置いて、満州国、その中でも特に日本租借地は平和そのものだった。治安は安定し、旅順や大連の都市計画も順調に進みつつあった。

 建国から4年経つ満州国全体でみれば、奉天や新京といった大都市では開発が進み、また法制度や教育制度、国民登録も進められつつあった。

 加えて、日本をはじめ、少数ではあるが欧米系の企業も進出し、徐々に国としての体裁を整えつつあった。

 かつて一時期日本は大規模な農業移民を計画したが、結局未開根地の不足から少数の派遣団の派遣に留まっている。

 以前の日本なら満洲の属領化を考えたであろうが、国際的な目がそれを許さなかった。満州事変の際も、現関東軍司令となった石原莞爾が苦心したのもこの点につきた。

 だから、満州事変後も関東軍の増強は行われず、未だに租借地警備軍の規模を脱してはいなかった。行動にしても、日満安全保障条約によって、平時はその行動を大きく制限されていた。

 以前だったら全く気にしなかった事を、日本は警戒するようになっていた。ちなみに、その知恵を与えたのは白根とも言われているが、真実はわからない。

 とにかくそういうわけで、もしかしたらただ日本の傀儡地国家になっていたかもしれない満州国は、急速に発展していた。特に工業面での分野では、石炭や鉄鉱石といった豊富な資源を元に順調にその業績を伸ばしていた。

 ちなみに、石油も後に出たが、満州で出るのはいずれも重質油で、航空ガソリンなどへの精製が難しい部類の物であった。

 一方で、もちろん元々の所有者である中国はこの状況が面白いはずがない。満洲奪回のため、幾度か満州国への侵攻を企てていた。しかし、華南、華中の平定という国内問題が思ったように進まず、これまでは計画は頓挫続きであった。しかし、昭和10年ごろにはそれら地域も一定の治安回復に成功しつつあり、蒋介石は着々と満洲への侵攻準備を進めていた。

 アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、さらにはソ連からも兵器を購入し、戦力の忠実を図っていた。そして、嵐は昭和11年2月26日にやってくることとなる。



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