春の雲  〜Vernal Scud〜縦書き表示RDF


春の雲  〜Vernal Scud〜
作:貂寡


俺はふと空を見上げる。
昔の思い出にふける時間なんてないはずなのに。
青い空を見ながら思う、あの日々のことを・・・・


高校2年生の俺と彼女は同じクラスだった。
ただ平凡な毎日を平凡に過ごす。
変化のない毎日をつまらないと思いだした頃だった。


彼女は、いつも俺の隣の席で本を読んでいる。
5分休憩も昼休みも、そして放課後も。
話したことは一度もない。ただ見ているだけの日々。
彼女の手は白く、真っ白なセーラー服よりも白かった。
髪は、黒くて整っている。
顔立ちは、とても美しくまるで一輪のユリのようだ。
本を読んでいるときの彼女しか見たことのない俺は、それでも見とれてしまっていた。


放課後、夕日が教室に差し込んでくる。
俺は、机の中の物を鞄に詰め込む。
彼女はというと、まだ本を読み続けているようだ。
俺は、教室を出る。
廊下の向こう側に人だかりができているが気にせず階段を下りる。
靴箱から靴を取り出し履き替えて、
この大きな建物から出ようとしていたところだった。
不意に目の前を何かが落ちる。
俺はそれが何かはからない、ただ黒い物だった。
「キャーー」
どこからか女子の悲鳴が聞こえてくる。
辺りを見回すとテニス部と思われる女子がしゃがみ込んでいた。
状況が判断できない。
俺の足下に何かが落ちていた。それを俺は覗き込む。


そこには、今さっきまで教室で本を読んでいたはずの彼女が横たわっていた。
まだ呼吸をしている、まだ生きているそう俺は本能的に覚った。
白いはずのセーラー服が一部赤く染まっている。
どこかから出血をしているようだ。
先生が来ないので俺は彼女を背負って病院まで走る。
骨は、おれていないようだ。
しかし、美しかった髪の毛が今は、ごわごわになっている。
俺は息が上がるのをこらえて走り続ける。


病院に着き先生に見てもらう。
すると救急車を呼ぶことになり市立病院へと運ばれる。
市立病院の先生に階段から落ちたと嘘をついた。
病状は、回復に向かっていたが意識が回復するまでに何日間かかかると言われた。
病室は、個室だった。
なぜ彼女が教室から飛び降りたのかは知らないけれど、
何かしらの理由があったはずだ。
しかし、俺はそれを突き止めようとはしない・・・俺だって男だ。
彼女の体には、包帯が巻かれていた。
白かったセーラー服は、血の色がしみこんで洗っても洗ってものかなくなっていた。
学校に行って先生に説明しないと。
病室を後にして暗くなった町を歩く。
気分が悪くなってきた。


そんなこともあり、俺は昨日のことを先生に話した。
しかし、事実は何一つ言わず嘘のことを述べる。
彼女が自殺しようとして飛び降りた、などといったら自殺未遂で警察沙汰だ。
だから、貧血で目眩を起こして階段から落ちたと言うことにする。
ちょうど居合わせてしまったテニス部の女子には口止めをしてもらう。
いつまで持つかは知らないが口が堅いと勝手に期待する。


今日もまた彼女の元へ行く。
病室にはいると足が見えていた。
右足に少し血に色付いた包帯が巻かれている。俺はそれをそっと触る。
彼女には包帯姿は似合わない。
医者は、数日で意識を回復するだろうと言っていたがそれが何時になるのかは分からない。
ただ、目をつむって深い眠りについている彼女は美しかった。

花を生ける。近くにあった花屋で買ってきたユリの花それは彼女のイメージにぴったりと合っていた。
早く目を覚まして欲しいという気持ちとこのまま彼女の側にいたいという気持ちが
俺の心の器をどんどん満たしていく。
枕元に本を置く。
彼女が飛び降りる前に読んでいた本。
厚い本だが中には暖かそうなファンタジーの挿絵が描かれていた。
枕元にプレゼントを置く、なんだかサンタになった気分だ。


本を置いてから一週間ぐらいたったある日。
俺は、メガネを何所に置いたか分からずに探し回っていて踏んでしまった。
その日、俺はメガネをかけないまま最悪な気分で学校に行く。
帰りに眼鏡屋にも寄らなくてはいけなくなった。

午後、つまらない教え方をしている先生にあきれて俺は寝て過ごす。
そしていつの間にか放課後になっていた。

学校から歩いて30分くらいの所にある眼鏡屋による。
眼鏡屋の店主がフレームしか傷ついていないのですぐに直せると言っていた。
その後花屋による。
花屋の店員は俺のことをもう常連と認めているようで、いつもユリを買う俺に良く話しかけてくる。

ユリを片手に病室に行く。
ちょうど看護師に会ってしまう。
「こんにちは、」
「こんにちは、今日はメガネをかけていらっしゃらないんですね。」
「はい、ちょっと壊してしまいまして・・・」
「そうですか。なかなか患者さん意識が戻りませんね。」
「はい、本当にお世話になります。」
俺は、看護師と入れ替わりに病室へ入る。
ユリの花を生けるために花瓶を手に取る。
そのまま、水道がある部屋の奥の方に行き花を生ける。
ユリを生けた花瓶を窓の側に置いたつもりだった。
しかし、花瓶は床に吸い寄せられるかのように落ちていく。
【ガシャン】
ものすごい音を立てて花瓶の破片が辺りに散らばる。
ユリは、無惨に散らばっていた。
メガネがないと何かと不便だとつくづく思い知らされる。
静かにしておきたいこの病室でこんな物音を立ててしまうなんてあり得ない。
静かに拾い集めた花瓶の破片をゴミ箱へと入れる。
ベッドに横たわっている彼女の方を見る。
とても気持ちよさそうに目をつむっている。


「うっ・・・」
彼女が一言発した、もしかして目覚める前兆なのか・・
咲夜さくや、大丈夫かい?」
俺は思いきって声をかける。
「うぅーー」彼女はうなる。
手が顔を隠すように動く。
「大丈夫か。」俺はもっと大きな声で言う。
すると彼女は寝起きの猫のように背伸びをして瞳をゆっくりと開く
彼女が目覚めてからの第一声。
「誰??」
冷たい一言だけど俺にとっては安心する暖かい一言。
「俺が分からないのか?」分からなくても良いけどノリで言ってみる。
「うーん知っているような・・・あっ!!私の席の隣の人・・・名前なんだっけ・・・??」
俺の顔を覚えていてくれて光栄です。
「俺!!加枝かえ 辰樹たつきです。そう、隣の席です。」

「そうで、何でここにいるの?」
俺の自己紹介が流された・・・完全に流された。
「お見舞いです。」
「誰の?」
「あなたの。」
訳が解らないといった様子の彼女におこったことを説明する。
彼女が自殺しようと教室(2階)から飛び降りたこと。
偶然にも俺の目の前に落ちてきたこと。
そして病院に連れて行った事・・・。
そこまで話すと彼女は不機嫌になった。
「何で死なせてくれなかったのよ。あなたに私の苦痛なんて解らないくせに。」
そう言った彼女は、俺が枕元に置いた本に気づく。
「これ・・・・」
「それ、俺が持ってきた本です。机に置きっぱなしだったから・・・。」
「ありがとう、まだ読みかけだったのよ。」
そう頬笑みながら彼女が言った。
俺は安心した。この本が読み終わらない限り自殺をしようと思うことはないだろう。
「そろそろ帰ります。早く元気になってくださいね。」
そう言って俺は病室から出る。
また明日ここに来よう。





俺は、夢を見た。彼女が病院の屋上から飛び降りる物だった。
とても恐ろしくて、かなしくて。
朝起きると枕が涙で濡れていた。


何ともいえない胸騒ぎが学校に行っても続いていた。
これを虫の知らせというのだろうか?
隣には、空いた席が一つ寂しそうに持ち主を待っていた。

学校が終わってすぐに病院に行く。
メガネは、まだ直っていないので足下がおぼつかない。
夕日が俺の背中をせかすように押していた。
早く行かなければ彼女に一生会えなくなるかもしれない。
早く。早く。気持ちは急いでいるのに体が言うことを聞かない。


やっとの事で病院に着くと俺は急いで病室に行く。
彼女は、やっぱり病室にいなかった。
俺は病室を後にする。彼女が寝ていたはずのベットには読みかけの厚い本だけ残っていた。
彼女は、どこに行ったのだろう。
夢の中では屋上だった。
“屋上”
彼女は、そこにいるのだろうか。
俺は、屋上に続く階段を駆け上がっていく。
こんなに急いだのは彼女を病院に連れて行ったとき以来だ。

ここの病院の屋上は患者の憩いの場所だった。
沢山の木々が植えられて気分転換するには良いところだ。
彼女が気分転換をするために屋上に上るのであれば安心なのだがそうも行かないだろう。
階段の一番上まで駆け上がった俺は深呼吸をして重いドアを開ける。
そこには、腰の高さほどしかない柵に手をかけている彼女がいた。
他の患者は見あたらない。彼女一人のようだ。
彼女は、今にも柵を越えて飛び降りてしまいそうだ。
俺は、そっと近づく。
「自殺しようなんて考えるなよ。命は一回きりしかねぇんだ。」
俺は、優しく声をかける。
「あなたには関係ないでしょ。自分の命は自分で消す物なのよ!!」
彼女の見せている背中は、小さな振動で崩れてしまいそうなほどもろく見えた。
「そんなこと知るか!!おれは、誰かが目の前で死のうとしているのを止めないでいるほど柔な男じゃないんだ。」
俺は、荒い口調で言う。
「そんなの自分の意見に過ぎないわ。私の苦痛も知らないで良くそんなことをいえるわね。」
「お前がどんな苦痛を味わおうとも関係ないが。
 俺の苦労を知らないおまえにとやかく言われる筋合いはない。
 お前はただ今の自分から逃げたいだけなんだろう。」
彼女はこちらを振り向かないで言う。
「そうよ。私はなんの変化もないこんな生活なんてもうまっぴらなのよ。
 こんな人生なら捨てても良いと思ったのよ!!
 ただそれだけなの・・・
 もし私の背中に羽が生えていたらこんな事思わずに自由に飛べていたのに。」
俺には、彼女の背中に小さいながらも美しい白い羽が付いているように見えた。
俺なんかに比べたらましの方だ。
「おいっ!!こっち向けよ。空なんか見ていても何も始まらないぞ。」
俺は振り向いた彼女に右の手首を見せる。
俺の手首には、無数の傷跡が刻まれている。

「リストカット・・・・」
彼女は、俺の方を見て驚いたように弱々しく言った。
「そう、リストカットさ・・・・俺の両親は、何かと家柄を気にしてな。
 中学生だった俺に大学に行けとかエリートになれとかうるさくてな。
 ストレスたまりまくりで、溜まったは良いが発散できなくてな。
 鬱放題さ。結局、俺は自分を傷つけることでそのストレスを発散したんだ。
 けどな、今になってもその癖が直らなくてな・・・・
 傷が絶えないというわけさ。自分を傷つけるのが好きなんだろうね俺は。」
これは、本当のことだった。両親は二人とも医者で、俺に対して妙に厳しいのだ。
テストで、満点を一つでも取らなかったら1時間以上の説教が待ってるし。
テレビは部屋にないし。
子供を過大評価しすぎる親を持つ俺みたいな子供は本当に大変なのだ。
彼女を見る。もう柵から手を離して俺の方を向いていた。
白い肌を伝うように涙がこぼれ落ちている。
「私・・・どうしたら良いんだろう。」
彼女は助け船を待つように言った。
「もし、君が望むのであれば俺が、日々に変化をもたらしてあげましょう。」
俺は、彼女に接しているとこの何週間はリストカットをしなくて良くなっていた。
彼女にとって俺は、どのような存在になるのだろうか・・・
ただ、一人で寂しい学校生活を送るよりは少しでも変化が生じるであろう。
「本当に変化を付けてくれるのかしら。」
彼女はそう言いながら俺に笑顔を見せてくれた。
本を読んでいるときの顔しか知らなかった俺は、
彼女のことをもっと知ることになるだろうとその笑顔を受け取った。

今、空は夕日に染まり一筋の飛行機雲が果てしなく遠くに続いている。
まるで春を思わせる風を探すかのように。






「辰樹〜〜!!行くよー早く来ないと置いていくよ!!」

青い空を見上げて昔の思い出に浸っていた俺は
手を振っている彼女を見る。
今日は、2人の記念日になる日。

「今行くから待ってろー咲夜!!」

俺たちが出会ってもう何年になるだろうか。
あの時あった、いろんな事も・・・
俺のリストカット癖も彼女の自殺未遂も
そして俺たちのつまらない日々も
今となっては良い思い出になっていた。


今俺たちは21才。大学卒業も間近に迫った。
この日の空はあの日の飛行機雲が探していたような春の香りがした・・・。


















お疲れ様でした。
この話は、友達の絵を題材にして作った話です。
自分にもこんな出会いがあると良いのにと思いながら描きました。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう