猛々しさは何処へと
泣き臥す女が一人あり
近くに添うは若き男
野心を疾うの昔に亡くし
只々頭を掻くばかりの
人形と差異なき男が一人
嗚呼
妾の夫
夫の猛々しさは何処へ
義に生きる夫は何処へ
生きる事に貪欲で
弱音などは吐きもせず
己の義に忠実に従い
未来を嬉々と語っていた
あの強き夫は何処へ
今宵も女は泣き臥せる
男に侮蔑の言葉を吐いて
女は只々泣き臥せる
男は苦笑だけをして
逃げるように外へと駆ける
子供が赦しを請うように
済まぬ済まぬと詫びながら
只管路を駆けて往く
軍場に泣く姉弟あり
薄汚れた布身に纏い
息無き骸を揺さぶりながら
涙で地濡らす姉弟あり
その声聞きて止まるは男
朱に染まりし刄を携え
義にのみ従う軍人
男は絶句し交互見た
姉弟と刄を交互見た
乃公は一体幾つの命を
幾つの命を断ったのだろう
いつしか男は刄を鞘に収め
絶叫を軍場に響かせた
その声誰も聞きはせず
虚しく儚く木霊する
男はそれから数年の間に
義を棄て未来を放棄した
女を引き連れ都を後にし
名も無き村に移住した
女はそれから泣き臥し出したが
男に後悔の二文字は無かった
戦で理想を語るなど
子供を力で説くと同じと
胸の礎に刻み込み
人形と差異なく生きていこう
二度と刄を抜かずに生きようと
心に堅く誓いをたてたから
そう思う軍人も増えれば
必ず戦もいつかは絶える
女より逃げた男は
とぼとぼと路を引き返した
軍場から逃げたのが罪ならば
女の侮蔑は罰であろう
男はとぼとぼと歩いて帰った
一時だけでも男が愛した
今も泣き臥す妻の元へと
馬の嘶き
地を駆る蹄の音
武将の雄叫び
兵共の跫
軍場の音が唐突に男の耳へ届く
まさかこんな辺境に軍人が?
家まで残り七町(※)余り
(※一町は約一〇九メートル強)
男は家へと駆け出した
逃げるにも戦うにも
全ては家にあるが故に
女は躰を小さくし
震えて男を待っていた
戦火の跫は小さくも
淡々と躙り寄っていた
貴方逃げましょう早くさあ
女は恐怖で涙を流し
声を震わせ男にせがむ
ああ逃げよう今すぐに
男は鞘に収まりし
抜かぬと決めた刄を手に取る
躙り寄る狂気の跫
兵共の歓喜があがる
男は女の手を取り
一目散に駆け出した
馬の嘶き
地を駆る蹄の音
武将の雄叫び
兵共の歓喜
村人の絶叫
女子供の嗚咽
刄と刄が当たる金属音
燃える木の音
家畜の哭き声
戦火の只中に蔓延る音
男と女は只々走る
戦火が飛び火せぬ地ならば
地獄であろうと構わない
想いはそれのみ一心に
男と女は只々走る
家畜の哭き声
燃える木の音
刄と刄が当たる金属音
女子供の嗚咽
村人の絶叫
兵共の歓喜
武将の雄叫び
地を駆る蹄の音
馬の嘶き
戦火の音が蔓延る世界
男と女は只々走る
やがて二人は辿り着く
森という名の回廊に
この路往けば生を得られる
戦火の亡き場に逃れられる
男と女は歓喜をあげた
それこそ二人のアヤマチだった
女は刄に貫かれる
兵一人の狂刄に
女はその場で絶命す
歓喜をあげたアヤマチにより
兵共は二人いた
一人は刄を振り上げる
二人は男を笑い見た
二人は男を嘲った
二人は男を哄笑し
二人は男を嗤い見た
高々と構えられた刄
切っ先は男の心の臓に
二人は男を笑い見た
二人は男を嘲った
二人は男を哄笑し
二人は男を嗤い見た
兵一人は刄を振り抜く
心臓目掛けて刄を振り抜く
乃公は間違っていた
間違っていたのだ
乃公は逃げただけだった
乃公自身の人殺しの冠より
只々逃げただけだったのだ
乃公のくだらない感情で
我が妻の命は潰えたのだ
乃公が妻に出来る贖罪は
もはやこれしかないだろう
頭が飛ぶ
嗤い顔の頭が飛ぶ
骸の手には刄が一つ
朱に染まった刄が一つ
やがて頭は地に堕ちる
やがて骸も地に臥せる
同時に再び頭が飛ぶ
怪訝な顔の頭が飛ぶ
頭の無い躰はゆっくりと
頭と共に地に倒れる
男は一人刄を眺める
朱に染まる一つの刄を
肉片が散開する紅い大地で
男は一人刄を眺める
贖罪まではまだ遠い
赦しを得るにはまだ早い
男は一人軍場に
刄を手に持ち戻って往く
修羅の巷である
戦火の燃える軍場へと
咆哮が軍場に響く
誰の声かも判らない咆哮は
誰の耳にも届かない
誰の胸にも届かない
男は戦火を駆けて往く
贖罪という名の人殺しを
贖罪という名の弔いを
手に持つ刄で成し遂げる為
男は戦火を駆けて往く
以上が、私の蔵で見つかった、ある時代のある場所で起きた戦の事が綴られていた、誰かの書記である。
手始めに著しておくが、私は東北地方の、かの有名な俳人も詠った、ある川の上流の、極々小さな町に住んでいる。いささかの喧騒も無く、四季折々の音が楽しめる、素晴らしい町だ。私はその町のある名家の長男として生まれ、今に至っている。
名家である私の家には小さな蔵があり、その中には、民族学的に面白い、風土や文化の資料が山ほど眠っていた。その蔵書の量は、学者が何度も足を運ぶほど興味深いものが多く、私も暇さえあれば、それらの読書に耽っていた。そしてとある日に、この書記を見付けたのだ。
私はこれを見た時、当惑した。はたしてこれは詩なのか、小説なのか、史書なのか、それを特定する因子が何一つ無かったからだ。それは未だに私を当惑させている。勿論、私は私なりに推論を立ててはみた。しかし、この書記という型には、私の浅はかな推論など嵌まりはしなかった。
この書記を小説として考えると、この小説は何を伝えたいのかまるで判らなかった。戦を批判しているのならば、戦を肯定してはいけない。この話は最後、戦を肯定するようなかたちが取られているので、これは違った。夫婦の愛の深さも除外できた。この話に愛の表現など一つも出なかったからだ。復讐の心や贖罪の方法など、人によってまた場合によって、様々な方法があるものは、人には説けはしない。――と私は思う。よってこれも違う。娯楽としての小説の可能性は、初めから外していた。何故なら、娯楽ならばこれほどにまで中途半端に終わることなど、ないはずだから。
ではこれを史書として考えるとどうなるか? と模索をしてはみたものの、これもやはり無理があった。史書とするには、いつの時代なのか? どこの場所なのか? また、ここに出てくる男の名は何という名前なのか? それらの事柄がまるで判らなかったからだ。
この書記――物語は、一体何なのか、それは未だに判らない。
私がこの物語を公開しようと決断したのは、これを読者の判断に委ねようと思ったからだ。この物語が小説なのか、史書なのか、はたまたただの詩と額面通りに受け取るのか、それらを全て、読者に任せようと思ったのだ。
読者の方々が、どう受け取ろうと、どう感じようと、私は一向に構わない。何故なら、それがきっと、この物語が伝えたかった事なのだろう――
そう私は想いたい。
|