「はい、和哉。今日、2月14日だから」
明らかにいつもより三割り増しの笑顔と滅多に聞いたこと無い様なかわいい声で渡された机の上のチョコレートにオレは不信感を募らせていた。
オレと裕美は今、一緒に暮らしてる。結婚はしていない。所謂、同棲というヤツだ。
最初は楽しく暮らしてたけど、時間がたつにつれて家族のようになってきた。緊張感がなくなったのだ。
そこで彼女は恋人気分を思い出すために、バレンタインデーに手作りのチョコレートを作ると言い出したのだ。彼女のそういう気持ちはオレとしても嬉しく思ったので、楽しみにしていた。
そして前日。彼女はキッチンでチョコレートを作り出した。まぁ、売っているチョコレートを溶かして好きな形にするだけなのだが……。
「今、作ってるんだからキッチンに入ってこないで」
とかいって鶴の恩返しのようにドアを締め切って作業をしていた。
「なんだよぉ、わかったよ〜」
おぉ、なんか昔みたいな気分が蘇って来た!!
しかし、ドアの向こうでオレの為にチョコレートを作ってくれてると思うとやっぱり気になる。ということで、少し覗く事にした。
すると、後姿しか見えないけど察するに、彼女はチョコレートを溶かしている所だった。一生懸命作っている姿は愛しくさえある。
なんだか嬉しくて口元が緩んできたところで、オレの目にあるものが飛び込んできた
それは机の上に置いてある小さなビンだった。
何だあれ?
目を凝らしてよく見ると、そのビンのラベルには『劇薬』と書かれていた。
「う、嘘ぉん……」
オレの背中に冷たいものが流れた。
っていうか、なぜそんな『劇薬』なんてベタな名前なんだよ。
しかし、裕美がそんな行動を起こすのにも実は思い当たる節はある。
前から薄々感じていたのだが、どうも浮気がバレたっぽいのだ。
携帯や手帳を荒らされた形跡があったし、何よりも妙にココ最近優しい。
まさか……殺す気か?
ということで今、オレは机のチョコレートを見つめたまま数十分が過ぎている。
「ねぇ、何でさっきからコーヒーばっか飲んでんの?」
『お前のせいだよ!!』と心の中でツッコミ、言い訳をする。
「いや、裕美が入れてくれたコーヒーって激ウマだなぁ……とか思ってみたりして」
「普通のインスタントだけど? それよりチョコレート食べてよ」
「ぃゃ」
「え?」
「いや、いや、何でもない……」
すると、裕美はオレに近づいて顔を間じかに接近、これでもかという程カワイイ顔で言う。
「ねぇ、せっかく作ったんだから食べて……ね♪」
「ぅ……」
あぶねーっ!!
雰囲気に流されて思わす『うん』って言いそうだった!
そんな色香には騙されん!! この女狐!!殺されて堪るかってんだ!!
そこでオレは……いい事思いついた。
「そうだなぁー。お前が一生懸命作ったんだもんな、食べないとダメだな」
「うんうん!!」
「……でも、でもな、こんな力作を一人で食べるのはあまりにも理不尽だ。ということで一緒に食べよう」
「えっ!?」
我ながら天才だと思った。これでコイツが薬入れたかハッキリする。
「えーっと……えーっと……私は……その……そう!! か、和哉のために作ったんだから食べられないよぉ〜」
はい、決定。こいつは薬を入れてる。殺す気満々。
「そうやって騙そうとしても無駄なんだよ!! このチョコレートは食わん!! オレは見たんだからな、お前が劇薬を用意していたところを!!」
「えっ!?」
それを聞いた裕美は暫く呆気に取られていたが、やがて俯いた。
「ひどい……ひどいよぉ、私がそんな真似するはず無いじゃない……」
「ほほう、今度は泣き落としか? そんなモンでオレが同情すると思ったのか?」
「そんなんじゃないのに……」
「だったら、お前からそのチョコレート食えよ!! お前が食って平気だったらオレも食ってやる」
それを聞くと裕美は泣きながら机のチョコレートを手にした。
「お、おい、まさか本当に食うつもりじゃあ――」
「和哉。私、もっと仲良くなりたくてチョコレート作っただけなんだよ。同棲してみてわかったの、和哉といると本当に安心できる。このままずっと一緒にいたいって思ったのに……」
「裕美……」
ダメだ、ダメだ!! 騙されちゃいけない!! オレの心がそう叫ぶ。
「でも、もうダメだね。チョコレート作っただけで和哉に疑われるんだもん。このチョコレート食べたら私、出て行くね」
そう言い終わると裕美はチョコレートをどんどん食べていった。
今まで暮らしてきた思い出を噛締めているかのように、ゆっくり、ゆっくり、食べている。
もし劇薬が入っているならその症状が出てきてもおかしくない時間が過ぎていた。
そして、全てのチョコレートを食べ終えた。
俺は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「ゴメン。オレ、なんて謝ったら言いか……」
「ううん。いいよ、疑われるような事した私が悪いんだもん」
裕美は俯いたまま顔を上げない。
そんな姿を見てオレは好きな人を疑ってしまった自分を情けなく思った。
まずは謝ろう。
そして俺は両手を床につけた。こうなったらもう土下座しかない!
「ごめ――」
俺が謝ろうとした瞬間、裕美が口を開いた。
「でも、最後に勝つのは私だけどね」
「え?!」
顔を上げた裕美は薄笑いを浮かべてオレを見た。
「だって、薬を入れたのはチョコレートじゃなくて、さっきからアンタがずっと飲んでるそのコーヒーだもん♪」
「え―――っ!!」
都合よく次の瞬間、俺の意識は遠のいて行った……
どれだけ時間が経ったのか、俺は意識を取り戻した。
あれ……生きてる。ただ眠らされていただけだったのか。
慎重に薄目で辺りをうかがうと、 隣の机に誰かが座っているのがわかった。しかも二人。楽しそうに談笑している。
くそっ、いつのまに仲良くなったんだよ。
俺は見覚えのある二人に気づかれないようにまた寝ているフリをした。
まだ、化かしあいは続きそうだ。 |