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『モラトリアム』 ―僕達の戦争日記―
作:香音



Act.05 偽善を自覚した少女


私の世界は世界じゃない。
私の世界は私じゃない。


昔、私の世界は世界だった。
そこには平和な日常があった。優しい家族がいた。
悪夢は戦乙女の姿をして、突然現れた。
粉雪の舞い落ちる季節、蒼穹に煌めいたオーロラ。
日本国においては常ならばありえない光景。
そして日常は地獄に変わった。

大好きだった人達が変わっていった。狂っていった。
たくさんの真っ赤な花が散った。
空気は鉄錆の香りと腐臭に満たされた。
息をするのが恐ろしかった。
私は自分の口を手で押さえて、ずっと隠れていた。

そうしている内に大人に見つかった。――母だった。
母は私を殴った。
高らかに笑い声を響かせながら。何度も、何度も。

不意に母の拳が止んだ。
崩れ落ちた母の重みが私にのしかかった。
私は母の下から這い出した。
母の背には根元まで刺さったナイフの柄があった。
呆然とする私に真っ赤に汚れた小さな手が差し出された。
そこには涙でぐちゃぐちゃななった顔で微笑む彼の姿があった。



この世界は私を見捨てた。
私の世界は粉々になった。
もう守ってくれる大人はいなかった。
自分が生きることだけで精一杯だった。
他人を気にする余裕なんて無かった。
奪い合い、殺し合い、生き延びる。
ただそれだけだった。十年も昔の事だ。


私達は正義を語る。
私達は正義を騙る。
私達はただの偽善者。

それでも彼は皆を守る。
それでも彼は私を守る。
だから私は彼といる。

私の世界は世界じゃない。
私の世界は私じゃない。
私の世界は彼一人。
彼が世界の崩壊を望むから、私は彼のために世界を壊す。

私はただ、彼を守りたいだけ。












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