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『モラトリアム』 ―僕達の戦争日記―
作:香音



Act.02 正義を信じた兄妹


僕達は母を知らない。
僕達二人が生まれてすぐ、死んでしまったからだ。
僕達は父をあまりよく知らない。
僕達が小さい時に戦争に行ってしまったからだ。
唯一つだけ知っていたのは、父が『正義』のために死んだという事だけだった。
その頃の僕達は『正義』というものの存在を信じていた。



真っ白な部屋。真っ白な服。
周りには僕らと同じような子供がたくさんいた。
そして同じように真っ白な服を着た先生がいた。
その場所に連れていかれた夜、先生は僕達に一冊の本を手渡した。
ずしりとした重量感。父の遺した唯一の品。
父がその最期の夜まで書き続けた日記だった。
明らかに不自然に破れている場所があったが、僕達は何も言わなかった。
そうするのが一番賢い方法だと分かっていた。

その夜、僕達は日記を開いた。
ぱらぱらとページをめくり、其処に刻まれた日々を見た。
素っ気無い文体。
箇条書きのように、その日にあった事が書いてあるだけの日もあった。
書いてあった事が全て黒く塗りつぶされている日もあった。
それでも僕達は探した。
何かを見つめ続けていた父の本当の言葉を。
きっとどこかに隠されていると信じて。

父はいつも遠くを見ていた。
僕達の事なんて、ほとんど気にも留めていなかった。
父が何を見ていたのかを知りたかった。
そして、父が何を考えていたのかを知りたかった。

一見、無意味な文字の羅列の中に、僕達はある法則性を見つけ出した。
そして其れは僕達にとって唯一の密かな楽しみとなった。
子供の簡単な言葉遊び。
注意深く見さえすれば、誰でも気付きそうなもの。
昔、父親がどこかに行ってしまう前に一度だけ一緒に遊んだ暗号。
倉庫からそっと持ち出した懐中電灯を片手に、二人で仲良く布団を被った。
時折笑い声を漏らしながら、それでも誰にも見つからないように。
一つ、また一つ。
かちりかちりと言葉を当てはめていく。
全てを解き終わったその先にある物に、期待で胸を膨らませながら。
かちり、かちりと。


簡素な暗号に秘められた伝言。
そして暗号の中に存在した暗号。
其れは、僕達の世界の崩壊。
其れは、僕達の正義の崩壊。

正義は一体、何処に行った?












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