Act.13 瓦礫の上のボクの王様
大変だ、とボクは心の中で呟いた。
気が付くと二人の姿はどこにも無く、元の広場に戻ろうにも今自分がどちらから来たのかも分からない。前も後ろも右も左も全て森で、同じような景色にしか見えなかった。
そして、ボクはある事実に行き当たり、愕然とした。
あの二人が迷子だ、と。
なんとも不思議な話だが、ボク自身も迷子になっているという事実に、その時のボクは気付かなかったのだ。無意識のうちに事実から目を逸らしていただけとも言うのかもしれないが。
ともかくボクは二人を探そうと思い立ち、とりあえず前へと歩き出した。
と同時に、そもそも何故こんなにも早く二人を見失ってしまったのだろうか、とボクは考え始めた。
出発した時間にほとんど差は無かったはずなのだ。
答えは単純明快。ボクの足が、彼女達の足より短いからだ。それはつまり、ボクの身長が彼女達より圧倒的に小さい事を示していて……。
ボクは考えるのを止めることにした。何かとてつもなく不快な気分になったからだ。しかも自分で論理的によく考えた上でその結論に至ったということが、胸の中に湧きいずる不快感をさらに強大なものにしていた。
と、ちょうどその時、ボクの足は茂みから脱し、かなり厳しい傾斜のついた一本の道にたどり着いていた。
その道は灰色のアスファルトで舗装され、多少曲がりくねりながらも道に立つものを目的地へと誘っていた。道幅はバスが一台かろうじて通れるほどだ。
なるほど。先程のバス停はこの先にある何かに向かうものだったのかもしれないな、とボクは一人納得した。
そして、ボクは急にこの先に一体何があるのか、正確にはあったのかだが、とにかくそれが何であるのかということにに興味を抱いた。
登山家に何故山に登るのかと問うと、『其処に山があるから』と答える者が度々いるが、その時のボクを掻き立てていたのはそれと同じ原理だった。
其処に道があるから歩くのだ。
道があるのに歩かなければ、道に対して失礼ではないか。
そもそも道は何かにたどり着くためのものなのだから、その何かにたどり着いてやらなければ道が道である意味なんてない。
そうだ。どんどん歩いていこう。
こうしてボクは妙な使命感に駆られたまま、その道を歩き始めたのだった。
もう何年も手入れされず、遥か高き天を目指してそれぞれ好き好きに枝を伸ばしている木々を、囀りながら羽ばたいていく小さな命を、この山そのものを楽しみながらボクは歩きに歩き、ついに目的地らしき高台が眼前に見えてきた。
鬱蒼と生い茂る木々の中に、その場所はあまりにも突然に出現した。頭上を覆う雑然とした緑を切り取ったように、真っ青な空がぽっかりと口をあけていたのだ。
あれが頂上だろうかとボクは思い、達成感と多少の期待と共に駆け出した。
もしボクがボクでなかったなら、鼻歌でも歌っていただろう。それくらいにその時のボクの機嫌は良かった。
しかし、ボクの期待は見事に裏切られることとなった。
坂を上りきったボクの前に広がったのは大自然の雄大な景色ではなく、整然と積み上げられたコンクリートだったからだ。
痛々しく削り取られた山の中腹に作られた集合住宅。あちらこちらのガラスの無い窓にはブルーシートが被せられ、生活用品らしきものが転がっていた。
どうやら人が生活しているらしいということは分かった。さて、これからどうしよう。
建物の内からは物珍しげな視線がいくつもボクを見つめていた。きっとボクのような子供は普通このような場所には来ないので、物珍しいのだろう。
それに、この荒らされ模様から推測するに、治安はそれほど良くなさそうだ。
とりあえず関わらないのが得策と考え、ボクは歩みを進めることにした。
目的地は此処よりももっと上。まだ此処は頂上ではないのだ。
迷子になった二人を探すという当初の目的など、もはやボクの頭にはなかった。あるのは子供っぽい使命感と、単純な好奇心と、何か特別な事が起こる予感とでもいうべきものだけだった。
ボクは住宅地跡を早足で通り過ぎ、さらに上へと続く道を見つけた。
その道は先ほどの道とは違い、真っ直ぐとどこまでも伸びていた。ボクは迷わず、その道を登っていった。
どれだけ登っていったときだろうか、急に視界が開け、ボクは大きな広場へと到着した。
そして、彼は其処にいた。
時折、風が吹く以外は音を立てる者は誰もいない場所で、眼前の瓦礫の山を見つめながら、彼は一人佇んでいた。
灰色の髪をした青年だった。いや、青年と呼ぶにはまだまだ幼い、青年になりきれていない少年だった。
彼はそびえたつ瓦礫を見つめていた。彼の見つめる先、それは巨大なビルの跡地であるようだった。
此処で一体何があったのか、彼が何を思って此処にいたのか、その時のボクは知るはずもなかった。しかしそれでも、目の前の瓦礫を――もしかしたらその向こう側を――見つめ続ける彼の背中は、ボクにはとても大きく、同時にとても弱弱しく寂しげに見えたのだ。
ボクは我慢できなくなり、現実的に考えれば不可能だったのだが、彼に声をかけようと一歩踏み出した。
その瞬間、吹き飛ばされそうなほど強い熱気にボクの全身は打たれた。
目も開いていられないほどの熱と、ごうごうと燃え上がる炎の音、それに何かが焦げる匂いに顔をしかめながらも、ボクは恐る恐る目を開けた。
其処に広がっていたのは、それまでとは全く違った景色だった。
場所が移動したわけではない。ボクは変わらず其処にいたし、彼もまた其処にいた。
ただ、変わっていたのは、倒壊し瓦礫と化していたはずの目の前のビルが天高くそびえ立ち燃えさかっていたことと、その光景を見ているボクが彼であったということだけだった。
そう。その瞬間、ボクは確かに彼だったのだ。
この不可思議な状況について考える暇も与えられず、目の前の情景は見る見るうちに変貌を遂げていった。
何か引火性のものにでも燃え移ったのだろうか、突如地を震わせる轟音が響いたかと思えば、ビルを覆っていた硝子張りの窓やドアは一つの例外なく吹き飛んだ。そして、行き場を失うほどに大きく成長した炎は更なる獲物を求めて、ビルの窓という窓、ドアというドアから噴き出した。
ああ、このままでは火傷してしまうと、やけに冷静にボクは思いながらも、恐怖とも怒りともつかぬ感情でボクは満たされていた。
正確に言えば、それらの感情を感じていたのはボクではなく彼だったのかもしれない。ボクが何を思おうと、何を考えようと、『彼』の感情はそのどれにも干渉されずに其処にあったのだ。
すなわち彼という存在を、ボクがすべて受け身になって受け取るという形で、ボクは『彼』であったということだ。
そこで、干渉することがないのならば、とボクは彼の感情の深奥を探ろうと試みた。
理由は簡単。彼の怒りの正体に興味がわいたのだ。
眼前の炎への恐怖だけならまだ理解できたのだが、怒りを感じているとなると何かあると勘ぐるのはごくごく当たり前の事だろう。そして、それが何なのかを知りたいと欲するのも。
まず手始めにボクは『彼』になりきり、身を任せることにした。ボクが何事かを考える行為そのものが、彼の感情を押さえつける結果となっていると理解したからだ。
ボクが彼に同調すると彼の感情は、押さえつけられていた水が一気にあふれ出るように『彼』を満たし支配した。
それは怒りでもあり、恐怖でもあり、憎しみでもあり、寂しさでもあり、妬みでも虚しさでもあった。そして最終的に『彼』を支配したのは、負の感情の中でも一番強く全てに共通する感情、悔しさだった。
それまでボクが怒りだと思っていたものは悔しさだったのだ。
その悔しさはどこから来ているのか。それを知る前にボクの意識は『彼』から切り離されていた。
まどろみの中でボクの肩を抱く腕の温度が心地良かった。
その腕がボクを揺り動かし始めたので、心地よさは消えてしまった。
気付くと、ボクは誰かによって抱え起こされていた。
どうやらボクは倒れてしまっていたらしい。
仰向けに倒れたボクの傍らには、僕を支える腕の主がいた。
「よかった……。大丈夫か?」
ぼんやりとしたボクの視界の中には心配そうに僕を見つめる彼の姿があった。
そのボクを案ずる声色や、ほっとしたような柔らかな表情からは、あれだけの激しい負の感情を内に秘めているとは到底思えなかった。
そして、ボクが同調できたということは、彼もまた生き残り。条件は全て満たされていた。
(やっと……)
ボクは口を必死に動かして、その言葉を言おうとした。
彼に伝わらなくてもいい。ボクが、ボク自身が確認したいだけだから。
やっと、見つけた。ボクの王様。 |