Act.01 世界を見つめた男
この世界は醜い。
人間という生き物は愚かだ。
だからこそ興味深い。
これが私の持論だ。
それ故に私にとっての世界や人間は、単に観察し記録するためだけの存在でしかない。
死を目前にした今でも、其れは変わらない。
長年、人間を観察し続けて気付いた事の一つに、『人間の本質は悪だ』というものがある。
人間というのは時に恐ろしいほど残虐になることができる。
人間を殺すために生きている人間がいる。
自らの利益のために何千人、何万人もの人間を消し去る事のできる人間がいる。
それこそ、『人間の本質は悪』とでも言わなければ説明がつかないのだ。
そして私自身もおそらくは『悪』だった。
国家に対する反逆者。
国の最高機密を持ち逃げしようとした悪党。
もっとも一部の者達の利益を害する存在を『悪』と呼ぶ場合に限るが。
勧善懲悪。
『悪』は『善』に滅ぼさなければならない。
今の大人は何の疑いも無しに、口を揃えてそう言う。
それこそがこの世の唯一にして絶対の真理であると妄信的に思い込んでいる。
そんな物、子供向けの御伽噺の中にしか存在しない唯の綺麗事であると、どうして誰も気付かないのだろうか。
人間という生き物は疑う事を忘れてしまったのだろうか。
それとも自らが『悪』であるということを自覚しながら、自らへの言い訳として『善』を騙っているのだろうか。
私がいくら考えを巡らせたとしても、それを理解することなどできはしない。
それは当人達にしか分からないことなのだから。
だが、当人達でさえもきっと、この問いの答えは分からないのだろう。
考える事を放棄し、唯周囲の意見や主張にあわせるだけの烏合の衆と成り果てた人間に、自分の安定した立場を崩すかもしれない考えを求めるなど、あまりにも酷であるだろうから。
そんな輩にこの国は動かされている。
そんな輩がこの国を間違った方向に動かしている。
舵取りを間違った者が勝手に沈むのは一向に構わない。
大衆が何千何万と道づれになろうとも関係ない。
所詮は人間。我等の足元にも及ばぬ下卑た存在なのだ。
だが、あの国にはあの子達がいる。
私と同じ歴史を知るべき資格を持ったあの子達が。
あの子達は賢い。
この私でさえ恐怖を覚えるほどに。
あの子達は賢すぎる。
いずれは私の領域をも軽く超越するだろう。
だがあの子達は幼いのだ。
まだまだ大人の庇護を必要とする年頃なのだ。
だからこそ、その才能を摘み取ってしまうのはあまりにも惜しい。
いずれこの日記を見るであろう者達よ。
これは忠告だ。
間違ってもあの子達に危害は加えるな。
あの子達には私の全てを託してある。
勿論、お前達が喉から手が出るほど欲しがっている例の計画の情報も。
この日記もどうせお前達にとって都合のいい部分だけあの子達に見せるのだろう。
私の本当の言葉はあの子達には届かない。
軍部の検疫で引っかかり、このページごと破り去られるのが関の山だ。
だがそれでいいのだ。
お前達に出来る事はあの子達に偽りを告げる事だけなのだから。
お前達の正義を教え込むがいい。
私の死因も適当にでっち上げるがいい。
あの子達の憎しみを煽るように。
あの子達の愛国心を高めるように。
だが、あの子達は賢い。
お前達など遥かに凌駕する思考能力を持っている。
あの子達はいずれ真実を見る。
あの子達はいずれ世界を刻む。
これが今の私に出来る唯一の意趣返しだ。
せいぜいその時まで足掻くがいい。
あの子達がお前達に罰を与える時まで。
あの子達の物語が刻まれる時まで。
嗚呼。それでも。
人間がどれだけ矮小な存在だとしても。
何故、この国はここまで腐ってしまったのか。
何故、この世界は間違いに気付けなかったのか。
私はあえて今、問おう。
この連鎖を始めたのは誰か、
この悲劇を刻む者は誰か、と。
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