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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第六十九話


 文久4年 1月10日

 将軍警護のため大阪に出向いていた新撰組一行は、安治川河口から大阪城にほど近い場所で待機するよう命ぜられていた。

 
 日の暮れた頃。
 交代で警備に当たっていた総司が休憩を取るために歩いていると、黙々と何かを書いている土方の姿を見つけた。

 「何してるんですかぁ?」
 「おぉ、総司か・・・・・・いや、ちょっと年賀状をと思ってな」
 少しバツが悪そうな表情をする土方に総司は首をかしげる。

 「郷里の日野にですか?」
 「あ、あぁ・・・・・・まぁ、な」
 心なしか隠そうとする土方の様子に総司は心の中でニヤリとしていた。

 「そうですか・・・・・・じゃあ、邪魔しちゃ悪いですね。わたしは向こうで少し仮眠でも取ってきます」
 クルリ。と背中を向けた総司だったが、口元には笑みを浮かべている。
 もちろん土方には見えていない。

 「おぉ、それがいい。休める時に休むのも仕事だからな」
 珍しく素直にその場を離れようとする総司に、土方は内心ホッとしたのかすぐに視線をふみの方へと戻す。

 が、すぐに後悔することになる。


 「・・・・・・・100人は言い過ぎじゃないですかぁ?」
 ふみを書くのに没頭していた土方の背後から、そこにはいないはずの総司の声が降り注ぐ。
 「のぁっっ!?」

 「いくらなんでも多すぎますよぉ?」
 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら言う総司に、土方は目を白黒させる。
 「おまっ!?」

 「それじゃあ、いくらなんでもバレバレでしょう?」
 「い、いいんだよっ。どうせ判りっこねぇんだからっ!・・・・・って、お前なんでまだ居るんだよ!?」
 「だって、土方さんがコソコソしてるから気になったんですもん」
 ペロリと舌を出し、わざと可愛く肩をすくめる総司に土方は拳をワナワナと震わせる。

 「気になったんですもん・・・・・・じゃ、ねぇっ!!」
 土方は顔を赤くしながらも拳を振り上げ叩く真似をして見せる。
 「キャー、鬼副長が怒ったぁ」
 それに対して総司はからかい口調のままで、走って逃げていく。

 「あんにゃろうっっ」
 プルプルと肩を震わせる土方の後ろには、いつのまにか近藤が立っていた。
 「まぁ、100人は言い過ぎだな」
 「か、かっちゃんっ!?」
 驚きのあまり思わず昔の呼び名をしてしまう土方。

 「言い過ぎだとは思うが・・・・・・いいんじゃないのか?キリのいい人数で」
 「そ、そうだろ?俺もそう思ってだな・・・・・・っつぅか、なんでどいつもこいつもコッソリ背後に立ってやがるんだよ!?」
 「まぁまぁ。細かいことは気にするな」

 土方が睨むのを気に留めることもなく、近藤は「ハハハ」と笑いながらポンポンッとなだめるかのように肩を叩いた。
 「しっかし、お前は相変わらずの見栄っ張りだな」
 「い、いいじゃねぇか、ちょっとサバ読むぐれぇ」

 少し顔を赤らめながらも怒った様にプイッとそっぽを向く土方。 
 「ハハハ。お前のそういうところ、昔っから変わらないな?」
 「な、なんだよっ?それっ!?」

 「わたしも総司もそんなお前が好きなんだろうな、きっと」
 「は、はぁ!?」

 そのまま立ち去る近藤の背中を見ながら、土方は小さく呟く。
 「そんなあんただから、俺たちはついてきたんだぜ?・・・・・・・あっっ!!」

 突然叫び声を上げた土方の声に近藤は思わず振り返る。
 「どうした?トシ!?」
 「ずっと引っかかってたこと、やっと思い出した」

 「引っかかってたこと?」
 「あ、いや・・・・・・」
 自分が叫んだせいで戻ってきた近藤の顔をバツが悪そうに見ながら土方が呟く。

 「・・・・・・あかねの縁談・・・・・・確か年明けだったよな?」
 「あっっっ!!」
 土方の言葉に近藤は青ざめ固まる。

 「もしかしたら・・・・・・もう・・・・・・」
 遠慮気味に呟く土方の言葉を聞きながら近藤の心には動揺が広がっていた。
 額には寒い季節とは思えないほどの汗が浮かぶ。
 なんとも嫌な汗だ。

 「ま、ま、ま、まさか・・・・・・」
 自分に言い聞かせる為に発した言葉だったが、うまく舌がまわらない。 
 「・・・・・・」

 言葉なく固まる二人の間を冷たい風がヒューッと吹き抜けていく。
 まるでそれが答えだとでも言うかのように・・・・・・。



 1月15日

 日が西へ傾き始めた壬生寺の境内には、ひとりの男の姿があった。

 服部半蔵。
 江戸城御庭番衆のかしらであり、あかねの許婚でもあるこの男が壬生にいる理由など・・・・・・ひとつしかない。


 「久しいなぁ、あかね。元気そうで安心したぞ」
 「とう、りょう!?いつ京にっ!?」
 偶然にも通りかかったあかねが驚きに目を丸くしながらも、服部の元へと走り寄ってくる。
 その姿はまるで子犬のようで、幼き頃の面影が重なって見えた。


 「今日、二条城に入った」
 「そうだったんですかぁ、無事にご上洛を果たされたこと謹んでお喜び申し上げます」
 ちょこんと頭を下げるあかねの姿に、服部はいつになく柔らかな笑みを浮かべる。


 向かい合って立つふたりの間には、懐かしい空気が流れ服部は愛しそうに目を細めたが・・・・・・ふと、あることに気がついた。


 「・・・・・・その髪はどうした?新撰組みぶの風習か?」
 明らかに短くなった髪に驚きを隠せない服部。
 だが、どこか懐かしくも思える。

 (あぁ、どうりで昔を思い出すはずだ・・・・・・)
 過去へと思いを馳せようとした服部だったが、すぐに現実へと引き戻される。

 「これは・・・・・・愚かな自分へのいましめです」
 急に真面目な顔で答えるあかねの表情が、何かがあったことを思わせる。

 服部に思い当たるのはただひとつ。

 「まさか玄二のことをいているのか?」
 「いえ、それは違います。これは・・・・・・護るべき相手に護られた不甲斐なき自分を忘れぬため・・・・・・玄にぃとは無関係です」
 唇を噛み締めながらも答えるあかねに、服部はひとつ息を吐きながら瞳を伏せる。

 「そうか・・・・・・そうゆうところ、昔から変わらないな・・・・・だが・・・・・あまり無理はするな・・・・・・無茶も、するな。お前が自分自身に厳しいのは昔からだが、周りにいる者はヒヤヒヤすることもある」
 「・・・・・・はい。心得ました」
 半蔵の言葉に素直に頷いて見せるあかね。
 その姿もまた、昔と変わってはいなかった。


 「あの・・・・・・頭領?和宮様はおすこやかにお過ごしになられていますか?天璋院さまとは・・・・・・」
 「あぁ心配ない。上様も和宮様も変わらずお元気で天璋院さまともうまくやっておられる。皆様、お前に会いたがっておられたぞ?」
 「それは勿体なきお言葉にて・・・・・・なれど」
 何かを言いかけたあかねの言葉を半蔵が遮る。

 「どうだ?二条城に一度顔を見せて差し上げては?きっと上様もお喜びになられるぞ?」
 「・・・・・・今の私は新撰組の女中に過ぎません・・・・・・そんな身分で上様にお会いするなど恐れ多くて・・・・・・」
 「そんなことを気にしているのか?・・・・・・相変わらずだな、お前は・・・・・・ならば心配することはない。何しろお前は俺の妻となるのだろう?」
 「・・・・・・・」

 半蔵の言葉に、あかねは視線を下に移すと口をつぐむ。
 その瞬間ふたりを包んでいた空気が変わる。

 無言になるふたり。
 辺りに聞こえるのは風に舞う枯葉の音だけ。

 その静寂を破ったのは、あかねだった。


 「申し訳、ありません」


 あかねの言葉は薄暗くなり始めた壬生寺に響き渡っていた。
 












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