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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第六十話


 八月の政変により京都を追われた尊攘派の過激浪士たちは、大阪にて起死回生の機会チャンスを伺っている。
 そして。
 その情報は土方たち大阪に出向いた新撰組別働隊の元に寄せられ、その成果には目を見張るものがあった。

 当然、浪士たちは新撰組への恨みを募らせ、土方もそれを好機と捕縛の手を緩めようとはしない。
 そこには新撰組を狙う浪士たちを自分達の元へと集め、一網打尽にしようという狙いがあったからだ。

 そんな土方の作戦が裏目に出るという事件が起こったのは、必然といえば必然だったのだろう。


 土方たちが大阪に来て七日目の朝を迎えた、この日。

 朝から情報収集にあたっていた土方は、とある有力情報を2件得ていた。
 そのため永倉と原田を別々に3人ずつに分け現地へと向かわせ、定宿じょうやどには土方と山南そして隊士が2人残り留守を守っていた。

 そこに舞い込んできたのは船場にある呉服商、岩木升屋いわきますやで浪士が暴れているという知らせだった。
 まるで手薄になっているのを知っているかのようなタイミングだ。


 「ここは俺が出よう」
 知らせを受け、瞬時に愛刀を手にした土方を山南が制する。
 「いえ、わたしが行きます。土方君・・・・・・昨夜もあまり寝ていないでしょう?」

 「そんなことで俺が浪士どもに遅れをとるとでも?」
 「いいえ、ただ君に潰れられるとわたしの仕事が増えるので・・・・・・それともわたしが遅れをとるとでも?」
 こう返されては、さすがの土方も引き下がるしかない。
 山南もそれを承知で言っているのだ。

 「・・・・・・わかったよ、じゃあ今回はあんたに譲ってやる・・・・・・頼んだぜ?」
 土方の言葉に山南は満足そうに微笑むと、残っていた隊士を連れて部屋を後にする。
 その背中を見送りながら、土方は何故か胸騒ぎを感じていた。


 山南が小野派一刀流の免許皆伝者でのちに北辰一刀流の門人だったことはもちろん知っている。
 剣の腕は土方と同等、もしくはそれ以上だということも。
 だがこの時の土方の頭を過ぎった不安はそういうことではなかった。

 虫の知らせ・・・・・・。
 そうとも言えるこの胸騒ぎに、土方は言い表せないほどの大きな不安にさいなまれていた。


 山南が宿を出て、小半時。
 朝に出て行った永倉たちの隊が戻ると同時に、土方は大急ぎで船場へと走って行く。
 詳細を知らされることなく置き去りにされた永倉が、首を傾げてその背中を見送ったのも当然だろう。
 だが、この時の土方には説明などしている余裕はなかった。


 京屋からずっと走り続けていた土方が船場の岩木升屋に到着した頃には、既に戦闘は始まっており、辺りには血の匂いが立ち込めていた。
 いつもなら人通りの多い道にも人影はなく、騒ぎに巻き込まれないように皆が家に戻ったのを示している。

 そんな町の様子を感じながらも、土方は迷うことなく店の入り口へと入っていく。
 そこには既に息絶えた浪士が倒れており、中からは抵抗する浪士の怒鳴り声が聞こえる。

 自分の気配を完全に消し去り、物音の聞こえる方へと足を進めながらも土方は違和感を覚えていた。
 中からする物音から考えても、まだ抵抗している浪士の数は少なくとも三人、いや四人はいるはずだ。
 だが、途中に倒れていた浪士の数も四人だった。


 明らかに多いのだ。
 たとえ彼らが強奪目的で押し入ったとしても、全部で八人は多すぎる。
 なによりお尋ね者が八人同時に動けば、嫌でも人目につく。
 いくら切羽詰っていたとはいえ、それでは居場所を教えているようなものだ。


 (あぁ・・・・・・そうか・・・・・・それが狙いか)
 顔を上げた土方の瞳は怒りに燃えていた。
 (まんまと乗せられたってぇコトかよっ・・・・・・チッ)
 おもむろに腰の刀へと手をかけた土方が、まだ戦闘の続く奥の部屋へと飛び込んだのはその直後のことだった。

 と、同時に浪士と対峙していた山南の身体から血飛沫ちしぶきが上がるのが目に入る。
 「山南さんっっっ!!!!」
 その瞬間。
 土方の頭の中で、何かが弾ける音が聞こえた。


 「うぉぉぉぉぉおおおおっっっっ!!!!!」
 土方の怒りに満ちた声が邸内に響き渡り、不意をつかれた浪士たちは見るも無残なかたちで次々と斬り捨てられていく。
 

 部屋に静寂が戻ったとき。
 土方の身体は返り血で赤く染まり、味方であるはずの隊士でさえもその姿に恐怖するほどだった。
 この時の土方の戦いを見ていた隊士は、まるで獣のようだったと話すほどの異様な光景。
 それほどに理性を失った土方の剣は凄まじかった。


 「土方・・・・・くん?」
 赤く染まった左腕を押さえながら、山南は驚いたように土方を見つめていた。
 山南の声に正気に返った土方と視線がぶつかる。
 「どうして・・・・・・ここに?」
 そう言った山南の顔は、いつものように笑みを浮かべていた。

 それはまるで「君は心配性ですね」とでも言いたげな表情だ。
 そんな山南の視線を避けるように下を向く土方の口から漏れたのは、びの言葉だった。


 「すまない・・・・・・」
 自分の着物の袖を引き千切りながら山南の前で立ち止まった土方が、表情を硬くしたまま目を伏せる。

 「何がです?謝るべきはわたしの方ですよ?こんなに手こずってしまって・・・・・・面目ないです。結局、君に助けられてしまって・・・・・・」
 痛みをこらえながら心配かけまいと笑みを見せる山南の姿に、土方は拳を硬く握り締める。

 「違う、俺が甘かったんだ。コイツらの罠にも気づけず・・・・・・あんたをこんな目に合わせちまって・・・・・・」
 いまだ血の止まらない山南の腕に自分の着物の袖を巻きつけ止血をほどこしながら、土方は唇を強く噛み締めていた。

 「あぁ、どうりで。やけに数が多いと思いましたよ・・・・・・でも、それはわたしも同じこと。君ひとりの責任ではないでしょう?結果こちらに死者はいないのだから良いではないですか?」
 「山南さん・・・・・・」
 「それより医者に連れて行って貰えますか?・・・・・・結構痛むので・・・・・」
 肩を貸せと言わんばかりに土方の方へと右手を差し出しながら山南は笑っていた。

 土方の心に負担を掛けないように。
 土方がこれ以上、己自身を責めないように。
 目の前の友を苦しめないように。

 山南の思いに気づいた土方もそれ以上は何も言わない。
 ただ黙って山南の手を取ると、肩を貸し山南の身体を支え起こした。

 血の匂いの中で、土方の身体には山南の重みが感じられ確かに生きていることを実感させてくれる。
 伝わる体温もその証だ。

 山南が生きている。
 それだけが、この時の土方にとっては唯一の救いでもあった。


 この日、岩木升屋に襲撃した浪士の数は八人。
 だが生き残った者はひとりもなく、それが大阪に潜伏していた不逞浪士たちを震え上がらせたのは言うまでもない。
 と同時に、新撰組が彼らにとって憎きかたきとなったのも確かだった。


 生存者がいなかった為、尊攘派の浪士たちには詳細はわからない。
 が、全滅させられたという事実が全てを物語っている。
 恨みを抱く理由としては充分だった。

 そして。
 土方歳三は「新撰組の鬼」だと浪士たちだけでなく、町民にまでも印象付けたこともまた確かな事実となった。












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