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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第五十九話


 文久3年 11月16日

 早朝、壬生を出発した土方・山南率いる下阪組一行は舟を使い夕刻には大阪へと無事到着していた。
 大阪での拠点として天満八軒家にある船宿『京屋』に入った一行。
 早速、一息つく間も惜しんで情報収拾を始める。

 この様子に『京屋』の主人である京屋忠兵衛は目を丸くしていた。
 いつものことながら、新撰組の隊士はよく働く。
 いつ睡眠を取っているのか?
 という具合である。

 土方や山南にしてみれば、早く任務を終わらせて一日も早く屯所に戻りたいのだから当然のことだろうが、同行していた永倉や原田にしてみれば少しは「大阪の芸妓と楽しみたい」というのが本音といったところだろう。


 「なぁ、土方さんよぉ?一晩だけでいいから休みくれよぉ・・・・・・なぁ?」
 「永倉・・・・・・俺たちは遊びに来たわけじゃねぇんだぞ?」
 集まった情報を整理していた土方が、面倒臭そうに顔を上げるとひと睨みした。

 大阪に入って三日。
 働き詰めなのだから永倉の愚痴ぐちる気持ちもわからなくもない。


 「わかってるけどよぉ・・・・・ホラ、たまには息抜きも必要だろ?そんな仕事ばっかりしてちゃぁ隊士の士気も下がるってもんだぜ?」
 「・・・・・・お前の、の間違いだろ?」
 それでも諦めようとしない永倉に、大きな溜息を吐くと懐から煙管きせるを取り出し慣れた手つきで火を点ける。

 「いやいや、違うぜ?俺は皆のことを思ってだなぁ・・・・・・ホラ、見ろよ。左之なんて息抜けねぇもんだから、人相が変わっちまってるじゃぁねぇか。あれじゃ、左之についてる隊士が可哀相だと思わねぇか?まるで鬼の形相だぜ?」

 永倉の言う通り、原田の顔はまるで鬼のように強張りまとう空気は不機嫌そのもの。
 もちろん隣にいる隊士は怯えた表情を浮かべている。
 あれでは、生きた心地がしないだろう。

 「ははは。これじゃ駄目とは言えないですね?」
 不機嫌そうな土方とは対照的に、にこやかな笑みを浮かべた山南が助け舟を出す。
 「さっすが、サンナンさん!話がわかるぜっ」
 三人のやり取りが聞こえたのか、原田たちの瞳が遠くからでも輝き出したのが土方にもわかった。

 原田は既に酒と女のことに瞳を輝かせ、隊士たちは鬼のような原田からの解放に瞳をうるませる。
 理由は違えど、その瞬間彼らの心はひとつになっていた。

 「幸い・・・・・今夜は集めた情報の整理に時間を取られそうですし・・・・・・どうでしょう?今夜ぐらい・・・・・・日頃の疲れを取るためにも休ませてあげるというのは・・・・・・?」
 山南の言葉が終わらないうちに、永倉と原田は大げさにも抱き合って喜びを表していた。

 「やったぜっ!八っぁん!」
 「やったなっ!左之っ!」

 結局。
 土方が許可を出す前に、すっかり盛り上がった面々。
 それを横目に土方は大きな溜息を吐いていた。


 その夜。
 すっかり静まり返った部屋には、土方と山南の姿だけが残されていた。

 「今頃は皆楽しんでいるころでしょうね」
 「あんたも行ってくりゃ良かったんだぜ?」
 「いえ、わたしよりも土方くんの方が息抜きするべきではないですか?」
 「馬鹿言え、俺が一緒じゃアイツ等が気を抜けねぇさ」
 頬杖えをつきながら山南の方に顔を向けると、山南が穏やかな表情をしているのが目に入った。

 「ははは、それもそうですね」
 「・・・・・・ちったぁ否定しろよな、全く」
 「ははは。これは申し訳ない、つい」
 隣でにこやかに話す山南の顔を見ていると、土方の顔にも自然と笑みが浮かぶ。


 正反対の性格を持つ二人だったが、昔からお互いに相手を認めていた。
 例えるなら水と油。
 決して交じり合うことはない。
 だが、そんな二人だからこそお互いを補い合って今までやってこれたのだ。

 どちらかが欠ければ、かたよりが出る。
 それは口に出さずともお互いが理解していた。


 「ま、俺がムチしか打たねぇからな・・・・・・あんたがアメを与えてくれりゃぁ均衡きんこうが保てる」
 「おや。それでは、土方くんにもアメを差し上げないと・・・・・・」
 そう言って取り出したのは杯だった。

 「さ、一息いれましょう」
 「・・・・・・相変わらず用意がいいな」
 「ふふっ、そうでしょう?まるで女房のように気が利くでしょう?」
 冗談っぽく笑いながらも土方に酒を注ぐ山南の表情は、女房というより母親を思い出させるような柔らかなものだった。

 「あんたがいるから、俺は女におぼれねぇのかもな・・・・・・」
 ふと本音をらす土方に、山南はプッと噴出す。
 「わたしに男色そっちの趣味はありませんよ?」

 悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべる山南に土方が顔を赤くする。
 「俺にもねぇっ!!ただ、あんたがそこらの女以上に気が利くから・・・・・・」
 「あはははは、それは光栄ですね」
 「ホントだからなっ、それだけだからなっ、変な誤解すんじゃねぇぞっ!?」
 子供のように表情をクルクル変えて弁解する土方に、山南はこらえきれず大笑いしていた。


 この夜が二人にとって、最も心休まる最期の夜・・・・・・だったのかもしれない。



 一方。
 壬生では、あかねが最近塞ぎ込んで見える副長助勤の野口健司の姿を探して新徳寺へとやってきていた。

 新徳寺。
 江戸から上洛した清河八郎率いる浪士隊が本陣を置いた場所であり、芹沢が池の鯉を捕まえ食べようとした・・・・・・ある意味、思い出深い場所である。

 それはさておき。

 その池のほとりに座り、ぼんやり水面を眺める野口を見つけたあかねがゆっくりと近づいていく。
 芹沢が自害したあの日から、約2ヶ月。
 日を経つにつれ野口の表情は暗いものへと変わっていた。

 その野口が何を想い、何を悩んでいるのかは本人にしかわからないことだろう。
 だが、あかねは黙って見守ることなど出来なかった。

 野口健司という男は優しすぎる。
 優しすぎる人は、同じくらい傷つきやすい。
 何かに苦しんでいるとしたら、その何かは芹沢の死だろう。

 あの夜。
 その場に居合わすことが出来なかった野口が、自分を責めているのは明らかだ。
 芹沢の死の真相を知らないのなら、尚更である。

 芹沢の死をいわゆる心中という形にしたくなかった為、真相を公開しなかったのは得策だったのだろう。
 だが反面、様々な憶測が飛び交ったのもまた事実だ。

 近藤たちが暗殺した・・・・・・そんな噂がささやかれるのに時間は掛からなかった。
 そして。
 そんな噂があることを知りながらも、近藤は否定も肯定もすることなく沈黙を守り続けたのだ。

 それは、芹沢というひとりの男への敬意の表れでもあったが真相を知らない者たちに理解出来るはずはない。
 野口もまた、そんな噂にさいなまれていた。


 「野口さん?」
 そっと近づいたあかねがその背中に声を掛けると、野口は驚いたように振り返った。
 「や、やぁ・・・・・・君か・・・・・・」
 無理に笑顔を作ろうとするその姿が痛々しい。

 「隣、いいですか?」
 「あ、あぁ。もちろんだよ・・・・・・」
 野口の視線はあかねを見ているようで見ていない。
 それは追い詰められた者の目だ、と直感的にあかねは感じていた。

 「最近、元気がないようですが・・・・・・大丈夫ですか?」
 「・・・・・・君は・・・・・・すごいね」
 「?」
 ふと口元を緩める野口の様子に、あかねは小首を傾げる。

 「そうやって、屯所にいる全員に目を配っているのかい?」
 「まさか・・・・・・そんなことないですよ?」
 キョトンとした表情で野口を見つめる。

 「確か前にも・・・・・・君に助けて貰ったことがあったな・・・・・・」
 「そうですか?わたしがお役に立てたのなら、光栄ですが・・・・・」
 池の方に視線を向けると、一匹の鯉が元気良く跳ねるのが目に入った。

 「今のは・・・・・・あの時の鯉かもしれませんね?」
 「あぁ・・・・・あんなに元気に泳いで・・・・・・君にお礼を言っているんだろう。なにしろ命の恩人なのだから・・・・・・」
 「わたしは何もしていませんよ?・・・・・・もしあの鯉がお礼を言っているとしたら、それは野口さんにです・・・・・・あの時、芹沢局長のうしろにいた野口さんの表情が何かを訴えているように見えて・・・・・・それがなければ気づくことが出来なかったんですから」
 にっこり微笑むあかねに、今度は野口が驚いたような表情を見せる。

 「わたしの?」
 「はい。他の方は嬉しそうにしているのに、野口さんだけは暗い表情をされていて・・・・・・それが、とても印象に残って・・・・・・そのあと偶然、永倉さんと原田さんから話を聞いて・・・・・・もしや!?と思ったんですから」

 「なら、永倉くんや原田くんのおかげでは?」
 「いいえ、野口さんの表情が他の皆さんと変わりないものだったら気づくことはなかったでしょう・・・・・・だから、やはり野口さんのおかげです」
 曇りのない真っ直ぐな瞳で答えるあかねに、野口の沈んでいた気持ちが少し救われていた。


 こんな自分でも役に立つことがあるのだ、と。
 どんな小さな事であっても。
 それは落ち込んだ野口の心にとっては意味のある事だ。


 ずっとうつむいていた野口が顔を上げると、そこには優しい笑みを浮かべたあかねの姿があった。












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