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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第五十八話


 ― さかのぼる事、十年前 ―

 生まれてまもなく鞍馬の里へと預けられていたあかねは、この時十歳の春を迎えていた。

 これは、そんなあかね達がまだ幼名を名乗っていた頃の出来事である。



 いつものように里を抜け出し町に下りていたあかね(幼名リツ)と銀三(幼名ギン)の二人は、川べりでひとり泣く少女と出会うことになる。
 少女・・・・・・と言っても、まだ六つか七つの幼子おさなごだ。
 こんな人気ひとけのないところに一人で泣いている理由など、迷子以外にないだろう。

 「どうしたの?」
 「・・・・・・・グスッ・・・・・」
 「迷子か?」
 「・・・・・・・ヒック・・・・・」

 二人の問いかけにも何も答えることなくうつむいたままで答えようとしない少女に、困った表情を浮かべるギン。
 どうしたものか、と溜息を吐く。
 (誰か大人を呼んだ方がいいか?)

 そんなことを考えていると、リツが黙ったまま少女の隣に腰を下ろしたのが目に入った。
 「リツ?」
 「だって、寂しいじゃない?こんなことに独りでいたら・・・・・・」

 ギンに向かって言ったリツの言葉が聞こえた途端、少女は驚いたように顔を上げる。
 大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて・・・・・・。
 「い・・・・っしょに、いて・・・・・?」
 初めて口を開いた少女の声は、流れる川のせせらぎに消え入りそうなほど小さかった。

 「うん!泣き止むまでここにいる」
 「・・・・・・」
 無言のままリツに抱きつくその少女。
 リツはその小さな身体を受け止めると、優しく背中を撫でた。

 「わたしが泣くとね、師匠がこうして撫でてくれるの。そしたらすごく安心出来て・・・・・・」
 リツの声が聞こえたのか、少女の鳴き声が嗚咽おえつ交じりに変わっていた。



 先ほどまでリツの胸で泣いていた少女は、泣き疲れたせいか今はスヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てている。
 「どうすんだ?結局、何もわからないうちに寝ちまったぞ?」
 「う〜ん、ホントだね・・・・・じゃあ起きてくれるまで待つしかないかぁ」
 「おい、そんなの待ってたら日が暮れちまうぞ?」

 「あ〜、師匠たちが心配するねぇ・・・・・・でも、ここに置いていくわけにいかないし・・・・・・そうだっ!ギンが里に戻って師匠に話してくれればいいんだ。そしたら怒られないでしょ?」
 「ば、馬鹿。こんなところに、お前ひとり置いていけるかっ!」
 「ば、馬鹿とは何よっ!?馬鹿とは・・・・・・」

 「仕方ねぇだろ!?本当のことだ」
 「むぅっ・・・・・・」
 ギンの言葉にリツは頬を脹らませ口を尖らせた。

 「でも、どこから来たんだろうな?その子」
 「うん・・・・・・着ている着物は高そうだし・・・・・・どこかの公家のおひぃさんだったりして・・・・・・」
 まるで冗談でも言うかののように笑うリツ。
 ギンもそれにつられて笑って答える。
 「まっさかぁ。おひぃさんがお供もお付も連れずにこんなところに・・・・・ひとり・・・・・・って・・・・・・!!」

 冗談のつもりで話していたギンだったが、その顔はみるみる青ざめていく。
 それは隣にいたリツも同じだった。

 「ま、まさかっ!?」
 「「家出っ!?」」
 声が揃ったと同時に二人の視線は、リツの膝で眠る少女へと注がれる。

 「ど、ど、ど、どうするんだっ!?」
 「ど、ど、ど、どうしよっ!?」
 事の重大さに気づいた二人だったが、幼い自分達の考えではどうすることも出来ない。

 「りゅ、龍にぃか、玄にぃに、相談っ!」
 「馬鹿、二人とも今日は任務に出ていていないんだぞ?」
 「じゃ、じゃぁ・・・・・・誰か・・・・・」
 「誰に!?」
 「わっかんないよぉ」

 半泣きなりながらウロたえるリツ。
 そのリツの膝には、穏やかな寝顔を浮かべる少女・・・・・・。
 その光景にギンは泣きたくなるのをなんとか我慢していた。


 「いたぞっ!!こっちだっ!!」
 「宮さまっ!?」
 「ご無事にございますかっ!?」
 どこからともなく現れた人影は、真っ直ぐにリツたちの元を目指しその数はどんどん増えていく。

 「なっ、なに!?」
 「俺にわかるわけないだろっ!?」
 迫り来る人の波に身体を硬くしながらも、ギンはリツ達をかばうようにして二人の前に立ち上がった。

 「小童こわっぱがっ!!その御方を誰と心得るっ!?」
 「そんなの知るかっ!!でも女を守るのは男のつとめだっ!!兄上たちがいつもそう言っていたっ!!」
 「ギン・・・・・」
 大人たちに囲まれながらも必死で虚勢を張るギンの足はガタガタと震えていた。
 それでもリツにはその背中がとても大きく、頼もしく映る。

 「宮様をこちらに渡せっ!!さもなくば・・・・・・」
 そう言った一人の男が腰の刀に手を掛け、抜き身を見せる。
 「っ!!」

 もうダメだっ!!
 そう思ってギンが目を閉じた瞬間。
 リツの腕の中にいた少女が、この騒ぎで目を覚ましたらしく口を開いた。

 「控えよっっ!!・・・・・・このものたちは、道にまよい泣いていたわらわを助けてくれた恩人ぞっ!?」
 「「!?」」
 突然後ろから聞こえた声に、ギンは驚き振り返る。
 リツもまた、腕に抱いた少女の顔も食入るように見ていた。

 「めいわくをかけてすまぬ。そなたらの名は?」
 「・・・・・・リツです・・・・」
 「ギン・・・・です」
 「リツにギン、か・・・・・・よい名だ・・・・・・そばにいてくれたこと礼をいう。おかげで安心して眠ってしまったぞ?」
 「は、はぁ・・・・・」
 拍子抜けの表情を浮かべる二人に、その少女は柔らかな笑みを浮かべると取り囲んでいた大人たちの方へと歩き出す。

 「あ、あの・・・・・・」
 歩き出した少女の背中に、リツが遠慮がちに声をかける。
 と、同時に聞きなれた声が二人の名を呼んだ。

 「リツっ!ギンっっ!」
 「りゅ、う・・・・・にぃ?・・・・・・どうして?」
 「それはこっちの台詞だっ!!」
 リツ達と取り囲んでいた大人たちの中を掻き分けるようにして現れたのは龍一と玄二だった。

 二人の兄は少女の傍でひざまずくと深く頭を下げる。
 「申し訳御座いません。この二人は我らが妹、弟にて・・・・・・知らぬこととは云え、どうかご無礼をお許しください」
 「なんじゃ、鞍馬のものであったか・・・・・・そうか、ならば・・・・・・そこのもの、わらわにくれぬか?」
 龍一の言葉に幼き少女は嬉しそうに顔を輝かせながら真っ直ぐリツを指差した。

 「は?」
 「あのもののそばは、とてもよく眠ることができた」
 少女に指差されながらも、話の見えないリツは首を傾げる。

 「は。宮様のご所望とあらば、すぐにでも」
 「そうか。礼をいう」
 「は。勿体なきお言葉」
 にこにこと笑う少女の姿は今までの大人びた雰囲気と違い、子供そのものだった。


 少女の名は和宮内親王。
 今上帝きんじょうていである孝明天皇の妹宮であり、後の14代将軍家茂公の御台所である。
 あかねが初めて仕えたあるじであるこの少女は、この時よわい七つを迎えたばかりだった。

 そして。
 この出会いがあかねの人生を大きく変えたのは・・・・・・言うまでもない。


 和宮内親王と出会い、召抱えられることが決まったことでリツには新しい名が与えられた。
 朱音あかね

 それは御所を守る四部隊のひとつ、朱雀部隊への所属を意味する名。
 そして遠くない未来に、その部隊のかしらとなることをも意味していた。












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