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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第五十四話


 文久3年 10月17日

 会津藩主松平容保公に上申書を渡しに行ったあの日から二日。
 この日。
 久しぶりに息抜きのため町へ出ようと思い立った近藤はそれを土方に告げに行った。

 だが、独りで町に出ることなど言語道断だと言い外出を認めようとはしない土方。
 そんな土方に「自分がお供として共に行く」と申し出たのは、偶然部屋に居合わせたあかねだった。

 近藤は内心戸惑っていたが土方が「それなら」と了承した為、近藤は何も言えず成り行きに任せる。
 なにしろ、あかねとまともに話すのは縁談の話を聞いて以来初めてなのだ。
 そんな近藤の心内を知らないあかねは、いつもと変わらない表情で近藤の少し後ろを歩いていた。
 
 「そういえば・・・・・・最近、総司とは出かけていないのかい?」
 なんとか話題を振ろうとした近藤がおもむろに立ち止まるとあかねの方を振り返った。
 「あ・・・・・・えぇ・・・・・・縁談の話をしてから、どうも避けられているようで・・・・・・やはり怒っていらっしゃるのでしょうね。兄さまに相談もせず勝手に話しを受けようとしたこと」
 そう言ったあかねの顔が寂しそうに揺れる。

 「怒っている・・・・・・のとは、違うんじゃないかな?」
 近藤の言葉にうつむきかけていたあかねが顔を上げる。
 「え?」
 「総司は寂しいのだと思うよ」
 「寂しい?」

 「君という存在を知って、総司は本当に嬉しかったんだ。前に『欠けていたものが埋まった』とトシに言っていたらしい・・・・・・それほど君の存在は大きいということだろうね」
 「私が?」

 「あぁ。それに総司の君に対する感情はどこか恋に似ている気がする・・・・・・いや誤解しないでくれよ?それほど君を必要としている、とわたしが勝手に思っているだけだからね?」
 「はい・・・・・・」

 「あかね君がお嫁にいくと聞いて、また自分の傍から離れてしまうと思ったんじゃないかな?あかね君が遠くにいってしまう・・・・・・そんな不安に駆られたんじゃないかな」
 「でも、私はここを離れるわけでは・・・・・・」
 「いや、そうゆう距離ではなくて・・・・・・心の距離のことだよ」
 「こ、ころの・・・・・・?」

 「いや、何。難しいことではないさ。早い話、子供染みた独占欲というところだろう・・・・・・あかね君を好きだからこそ自分の傍に置いておきたい・・・・・・いつも自分を見ていて欲しい・・・・・・」
 「それでは、まるで・・・・・・」
 「そう。恋のようだろう?・・・・・・けれど総司は恋だとはもちろん思ってはいない。君が血を分けた妹だとわかっているからこその感情だ」

 あかねを諭すように話しながら、近藤自身も目が覚めるような気がしていた。
 (そうか・・・・・・わたしは・・・・・・)


 あの日。
 あかねの縁談を聞いた時からずっと感じていたモヤモヤとした感情。
 胸の痛み、苦しさ。
 そして苛立ち。

 あの時、何故か黙って部屋を出てしまった自分。
 あれからずっと自分のとった行動がわからないままだった。
 その上あれ以降、あかねの顔をまともに見ることも出来ないでいた自分。

 その理由が、今ハッキリとわかった。
 (わたしはあかね君が恋しいのだ。愛しいと想っているのだ・・・・・だから)
 誰かのものになるなんて耐えられない。
 傍に置いておきたい。

 この時初めて自分の中にある子供染みた独占欲に気づいた近藤は、自嘲気味に笑みを浮かべた。
 (総司以上に子供だな、わたしは・・・・・・)
 あの苛立ちの答えは嫉妬。
 胸の痛みも苦しさも、全て・・・・・。

 「私が妹だからこそ・・・・・・とは一体?」
 「あぁ・・・・・それは・・・・・・」
 言いかけた近藤の表情が急に硬くなる。
 そしてそれは、あかねも同じだった。


 突然その場に現れた三人の浪人。
 三人とも既に腰の刀に手をかけ、二人を取り囲むようにして距離を縮めている。
 浪人たちから放たれるのは殺気。
 その空気は痛いほどピリピリと肌に突き刺さる。

 「新撰組の近藤だな?」
 「いかにも。わたしが近藤だ」
 「そうか・・・・・・新撰組局長、近藤勇っ!!これは天誅であるっ!貴様ら新撰組には我が同胞が何人も斬られたっ!これはその報いであるっ!!」
 高らかと声を上げる浪人。
 辺りの空気が一気に張り詰めた。

 「天・・・・・誅・・・・・?」
 張り詰めた空気の中、初めに声を発したのはあかねだった。
 近藤の横に立ち、少し俯いたままの状態で懐に手を入れ低い声を発したあかねに浪人たちの視線が一気に集まる。

 「天誅とは・・・・・・天に代わって罰を下すという意味ですか?」
 「女は黙っていろっ!!」
 「その天とは・・・・・・天子様のことを指すのでしょうか?」
 「もちろんその通りだっ!!それがなんだというのだっ!!」

 「ならば・・・・・・天子様が望んでいらっしゃると?」
 腹に響くほどの低いあかねの声。
 あかねの声が低ければ低いほど、答える浪人の声が高く感じられる。

 「攘夷は天子様の望みであるっ!!それすら出来ぬ幕府の犬に理解されようとは思わぬっ!!」
 「・・・・・・・天子様の名をかたり刀を抜くなど・・・・・・不届き千万。このような行為・・・・・・天子様の御意ぎょいにあらず・・・・・・天子様の名を汚す愚行ぐこうと心得られよ」
 今までに耳にしたことのないようなあかねの低い声に、近藤は思わず目をみはった。
 「あかね・・・・・くん?」

 「な、んだとっっ!!えぇい、そこの女から先に成敗してくれるっっ」
 「天子様の思いも理解出来ぬそなたらなどに・・・・・・この国の行く末を語る資格などないっっ!!」
 顔を上げたあかねの顔は冷酷な色を宿し、放たれる殺気は尋常なものではなかった。
 「こ、このっ・・アマっ!!」

 一気に刀を抜き構えた三人の間を縫うようにあかねの身体が駆け抜け、近藤もまたあかねに遅れを取るまいとばかりに刀を抜く。
 だが、その時点で既に勝敗は決していた。

 女と思い侮っていた浪人たちは、なす術もなく次々に討ち取られ自分たちが斬られたことに気づく暇すらない内に、事切れる。


 「天子様のお名を汚す不届き者・・・・・・たとえ天子様がお許しになったとて私が許しはせぬ・・・・・・」
 そう言って振り返ったあかねの顔は珍しく少し返り血を浴び、その瞳には怒りに満ち溢れていた。

 「あかね・・・・・・くん?」
 驚きを隠せない近藤の表情に、あかねはやっと自分が自我を失っていたことに気づく。
 「す、すみません・・・・・・・お見苦しいところを・・・・・どうかお許し下さい」
 先ほどまでとは一変して、あかねの表情は今にも泣き出しそうになっていた。

 「どうしたんだい?君が冷静さを失うなんて・・・・・・」
 そう言って懐から手拭いを取り出した近藤が、ゆっくりあかねの方へと歩み寄ると頬についた血を拭おうと手を伸ばす。

 「すみません・・・・・・我を忘れて人をあやめるなど・・・・・・私も充分、人斬りですね・・・・・・」
 「・・・・・・・」
 聞き逃してしまいそうなほどの小さな声で呟くあかねの姿に、近藤は言葉が出てこない。

 「もしも・・・・・・もしも、私が暴走してしまったら・・・・・・」
 「っ!!」
 「・・・・・・局長が私を斬ってくださいますか?」
 予想外の言葉に驚き目を見開く近藤。

 「!!・・・・・・あぁ・・・・・」
 あかねの気持ちを考えると頷く以外の答えは出てこなかった。

 出来はしない約束。
 けれど。
 たとえ嘘になったとしても、今のあかねに掛けられる言葉など他にない。
 視線を逸らし短く頷く近藤の唇は言いようのない苦しさに歪んでいた。
 
 「良かった・・・・・・局長に斬られるのなら、成仏出来そうです・・・・・・」
 近藤の返事を聞き届けたあかねの顔はホッとしたような、でもどこか悲しげな表情を浮かべていた。


 次の瞬間。
 近藤の腕はあかねの身体を捕らえ、力の限り強く抱きしめていた。
 自分でも驚くほど強く。

 悲しげな表情をしたあかねがとても愛しく感じられ・・・・・・。
 とてもはかなく見え・・・・・・。
 今にも・・・・・・消えてしまいそうな気がした。

 自分の気持ちに気づいた矢先、目の当たりにしたのはあかねの中にまう鬼の存在。
 だがそれは確実に自分の責任だと思い知らされた。

 新撰組という殺伐さつばつとした場所へと引っ張り込んだ自分の責任。
 それでもなお、傍に留め置きたいと願ってしまう身勝手な自分の責任。
 あかねの幸せを願いながらも、この手を離すことが出来ない自分の責任。

 
 それは。
 自分の中に確かに芽生えた恋慕れんぼの情に従った行動なのか。
 それとも、後悔の念に駆られての衝動だったのか。
 
 それはわからない。
 
 それでも。
 そうせずにはいられなかった。
 ただ、ただ。
 無言のまま抱きしめたあかねの身体は温かく、それが生きている証だと告げているように近藤には思えた。












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