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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第五十三話


 文久3年 10月15日
  会津藩本陣 黒谷

 「今、なんと?」
 驚きの表情で聞き返したのは、会津藩主松平容保公の側近の一人である秋月悌次郎あきづきていじろう
 そして、その真正面に座り秋月を真っ直ぐ見据えているのは我らが新撰組局長、近藤勇だ。

 近藤は懐から上申書と書かれたふみを取り出すと、秋月の方へと差し出した。
 「容保様にこれを・・・・・・」
 「上申書?」
 「我らの志すは公武合体の上で行なう攘夷。なれど未だ本懐を遂げてはおらず禄位ろくいをお受けするわけには参りませぬ。ですが・・・・・此度のご沙汰は大変有難く、我ら新撰組一同の喜びはこれ以上もないほどにございますれば・・・・・・」
 「ならば、素直に受けられれば良いではないか?」

 「いえ。だからこそ、にございます。それだけの恩情に報いる働きをしてはいない現状でお受けする訳には参りませぬ。そのお言葉だけで充分。気に留めて頂けたという事実だけで、我らは一層尽忠報国じんちゅうほうこくに励むという最初の志しを強く致しました。今後も、幕府の為また天子様の御為、この身を捧げ励む所存にございます」
 「・・・・・・」

 近藤から語られる強い決意に秋月は返す言葉もなく、ただ目の前に出された上申書を見つめ固まっていた。

 幕府が新撰組を認め俸給と位を与えるという、これ以上もない名誉。
 それを断るものなどいないと、誰もが思っていた。
 だがあろうことか、近藤はハッキリ断ったのだ。

 身に余る光栄だと理解しているからこそ。
 本懐を遂げてはいない今は受けられない、と。
 だからと言って手を抜くつもりもない。
 今まで以上に身命をとして奉公する、と。

 近藤から伝わるのは強い意志。
 秋月はその姿に、武士のあるべき姿を見ていた。


 二百年以上も続く泰平の世において。
 黒船来航というのは天地が引っ繰り返るほどの一大事であり、長く平和に浸っていた武士もののふと呼ばれる者たちは無残なほどに慌てふためいている。
 だが、それが今の江戸の実情であり真実の姿だ。

 だが、新撰組はどうだ?
 元々武士ではない身分にありながら。
 ただの寄せ集め集団と誰もが思っていた彼らが。
 本来の武士以上の士道を持ち、それを貫こうとしている。


 その事実を目の当たりにして、秋月は自分が恥ずかしく思えた。
 地位や名誉ではなく、本当に国のために命を懸ける新撰組。
 それに比べ、江戸にいる武士と名乗る者たちは自分たちの権力や保身のことばかりに力を注いでいる。

 どちらが、まことの武士といえるだろうか?


 「近藤殿のお考え、しかとこの秋月が承った。この上申書は間違いなく殿にお渡ししよう」
 「は。有難き幸せにございます」
 「・・・・・・そなたの志し・・・・・・いや、新撰組の士道。この秋月、感服つかまつった。他の誰が認めなくとも、わたしは新撰組の諸君が武士であると認めるぞ。その志し忘れず励まれよ」
 「秋月様・・・・・・・ありがとうございます」

 「秋月だけではない。わたしが認めていること、忘れるではない」
 突然聞こえた声の主の姿に、近藤も秋月も驚きの表情を浮かべる。
 「殿っ!!」
 「容保様っ」

 その場に姿を現したのは、会津藩主松平容保。
 京都守護職という要職にありながらも、烏合うごうの衆であった新撰組を受け入れた・・・・・いわば新撰組の親ともいうべき人物である。

 「どうだ?秋月。なかなか骨のある男だろう?」
 「は。近藤殿の話を聞きながら、武士のあるべき本来の姿を思い出しました」
 顔を上げ、容保公の問いに答える秋月の表情はキラキラとしていて少し興奮しているようだった。
 
 「ははは。そううであろう?我が会津に迎えたいほどの男だろう?」
 秋月の言葉が嬉しかったのか、容保公の頬は嬉しそうに緩む。
 「は。殿が気に掛けられている理由が、今になってこの秋月にもわかり申した」

 「そうか、それは良かった・・・・・・ところで、近藤?」
 「は」
 「新撰組の財政は苦しいのであろう?」
 「お恥ずかしながら・・・・・・」

 「ならば、どうであろう?俸給だけでも受け入れてはどうだ?」
 「いえ、そうゆうわけには・・・・・・」
 「いや、なに。此度のことは、家茂公からの直々の申し出でな。受けて貰わねばわたしの顔も立たぬ。ここはわたしの顔に免じて受けてもらえぬか?もちろん、そちらの気持ちは充分理解しておる。だからこそ、その志しに対する対価として受け取る・・・・・・というのはどうだ?」
 「そのお言葉だけで充分にございます。我らが志しをご理解頂けただけで、歓喜の念にこの心は震えております」
 容保公の申し出にも、近藤は頑なに首を縦に振ろうとはしない。
 それでも、容保公の表情は柔らかかった。


 会津藩主松平容保。
 自分の一存で抱えた壬生浪士組が信頼できる存在に成長したことを何よりも嬉しく、そして誰よりも誇らしく思っていた。

 一部の心無いものたちは、新撰組を捨て駒扱いするものもいた。
 それでも腐ることなく懸命に彼らは自分達の存在を意味あるものにと努力してきた。
 それを知りながらも今まで手助けすることが出来なかった。
 会津藩主とはいえ、何もかも自分の意のままに出来ることなどない。

 だがここにきて、将軍家茂公までもが新撰組という存在を気にかけているのだ。
 少なくとも新撰組をさげすむものなど、会津藩中にはいない。

 なによりも、もっとも信頼している銀三ぎんぞうが近藤の人となりに惚れこんでいる。
 近藤という男の器の大きさ。
 そしてそれを支える土方や山南。
 皆、自分と同じく将軍家のため天子様のため命を張る覚悟のある者ばかりなのだ。


 「では、こうしよう」
 「?」
 「わたしが新撰組隊士全員の命を買い受ける」
 「は?」

 「これは俸給ではない。そなたらの命の値段と心得よ。わたしは会津に必要な人材を金で買うのだ。その代わりそなたらは、わたしのめいに何があっても従って貰う」
 「容保様・・・・・・」
 「そなたらの命、この容保に預けられよ」

 「勿体なきお言葉・・・・・・近藤勇、新撰組を代表して御礼申し上げ奉ります」
 「よし。では決まりだな?」
 「は。謹んでお受けいたします」
 深々と頭を下げる近藤の姿を見届けると、容保公は満足そうに笑みを浮かべていた。



 ― 同じ頃 ―

 新撰組屯所にある道場には、普段以上に気合いの入った声が響き渡っていた。

 もちろんその音を立てているのは総司だ。
 そしてその相手を務めていたのは同じ副長助勤のひとり永倉新八だった。

 同じく稽古をしていた隊士たちは、二人の気迫に押されたのか食入るように勝敗の行方を見守っている。


 ― パンッッッ ―

 「どうした?総司。今日はヤケに気合が入ってるなっ!?」
 「そうですかっ?いつもと、変わりませんよっ!?」

 互いの木刀をぶつけ合いながらも、会話をする二人。
 それでも、二人の額からは汗が噴出し一瞬の隙すら見当たらない。

 ― パッッン ―

 「の、ワリには・・・・・・剣に迷いがあるように見えるがっ、なっ!」
 「・・・っ!!・・・・」

 永倉の言葉に、総司が一瞬目を見開く。
 その瞬間。

 ― ダンッッ パンッッッ ―

 「い、一本っ!!」
 永倉の木刀が、総司の胴に打ち付けられる。

 「らしくねぇなぁ、総司。何かあったのか?」
 「悔しいなぁ・・・・・・でも、さすが永倉さんですね?参りました」
 永倉の問いに答えようとはせず、総司はいつものように笑みを浮かべた。

 「んだよ、シケたツラしやがって・・・・・・パァーっと飲みにでも行くかぁ?」
 総司の肩をポンポン叩きながらも「お前の奢りで」と付け加えることは忘れない。
 「いえ、今日は夜に隊務があるので・・・・・・」
 あっさり永倉の誘いを断った総司に、永倉が「はぁ〜」と深い溜息をく。

 「しっかし、最近の総司はどこかおかしいぞ?いつもよりぼんやりしているし・・・・・・そんなんで見廻りなんか出て大丈夫なのかぁ?」
 「やだなぁ、永倉さん。ぼんやりなんてしていませんよ?」
 ニコニコと笑みを浮かべる総司だったが、その笑みはどこか力ないものに永倉の目には映った。

 「ホント大丈夫か?お前がしっかりしねぇと、共に巡察に出る隊士の命が危ねぇんだぞ?」
 「もぅ、心配性なんだから・・・・・・でも、ありがとう永倉さん、本当に大丈夫ですから」

 そこまで言われると、さすがの永倉もそれ以上は言えない。
 心に引っかかるものはあるが、頷いてやることしか出来ないのだ。

 共に長い時間を過ごしてきた仲間だからこそ、踏み込んではならない領域を知っている。
 総司が大丈夫と言い切るのなら、永倉はその言葉を信じるしかない。
 それもひとつの信頼の証だ。

 人には言いたくないことや言えないことの一つや二つあるものだ。
 今の総司が抱えることが、それだと言うのなら。
 本人が言いたくなるまで待つしかない。

 永倉は総司の肩をポンッと叩くとニカッと笑った。
 「わかった。もう何も言わねぇ。その代わり無茶はするな?」
 「はい!ありがとう、永倉さん」
 永倉の言葉に総司も笑みで返す。

 それは言葉以上に深い、二人の信頼の証だった。












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