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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第五十二話


 文久三年 十月

 秋も深まり朝晩が寒くなり始めたこの頃。
 八木邸の庭を眺めながらくつろいでいた総司が、突然叫んだ。

 「ど、どういうことですかっ!?ほ、本気ですかっ!?あかねさんっっ!!」
 「い、いえ、本気もなにも・・・・・・」
 そう答えながらも、あかねは総司の反応に目を丸くして驚いていた。


 事の発端は、昨日の朝。
 あかねの元に鞍馬の里からの呼出状が届いたことに始まる・・・・・・・・。


 「おぉ、よぉ来た。元気そうでなによりじゃ」
 里に戻ったあかねを待っていたのは、にこやかな笑みを浮かべた師匠とおきなの二人である。
 「お二人ともお元気そうなので安心致しました」
 二人につられてあかねも笑みを浮かべ、母屋の敷居をまたいだ。
 が、すぐに後悔することになる・・・・・・。


 「祝言?誰がですか?」
 「龍一・・・・・いや、今は服部半蔵じゃったな?」
 あかねの問いにお茶を啜りながらも淡々と話す師匠が、翁に同意を求めると翁は大きく頷く。

 「そうですか・・・・・で?お相手はどのような方なのですか?」
 「お前じゃ」
 「そうですか・・・・・私ですか・・・・・・えっ!?わたしっ!?」
 「そうじゃ」

 「な、な、な、な、な・・・・・・・」
 驚きのあまり口をパクパクさせるあかねの様子に翁が大笑いをする。
 「おぉ!まるで金魚のようじゃな」

 「まぁ驚くのも無理はないのぉ?じゃが、これは龍一からの申し出じゃ。我らも驚いておる・・・・・・まさかお主を嫁に迎えたいなどと言うとは思おてなかったからのぉ・・・・・・ま、我らにとっては願ったり叶ったりというところじゃが・・・・・・」
 相変わらず表情ひとつ変えることなく話す師匠の言葉に、あかねは頭が真っ白になっていた。
 そのせいで師匠の意味深な言葉をも聞き逃すこととなる。


 龍一というのは江戸城御庭番の現頭領第十八代目服部半蔵を襲名した男であり、あかねや銀三の兄弟子にあたる人物だ。
 あかねが江戸にいる際に最も世話になった人物で、もちろんあかねも尊敬していたのは言うまでもない。

 だが、祝言となれば別である。
 龍一に嫁ぐのが嫌だとか、そういうことではない。
 あかねにとっては新撰組を離れることの方が重大な問題なのだ。
 祝言を挙げれば江戸に行かなければならなくなる。
 つまりはそれが嫌なのだ。


 「年が明ければ将軍様ご上洛に付き従い、龍一もこちらに来るそうでな?祝言はその時に挙げたいと言っておる」
 「そ、そんな急なっ!?年明けとなれば二月ふたつきほどしかないじゃないですか!?しかも何故なにゆえ私なのですかっ!?他にもっと服部半蔵の妻に相応しい方がいらっしゃるはずですっ!私などには荷が重過ぎますっっ」

 「なんじゃ、お主は龍一と夫婦めおとになるのが嫌か?誰か他に想い人でもおるのか?」
 怪訝そうな視線を送る師匠に、あかねは大きく頭を振り否定する。
 「そ、そ、そういうわけではありませんっ!!で、でも・・・・・・今、京都を離れるわけには・・・・・」

 「なんじゃ、そんなことか。心配せずとも、祝言を挙げたとてお主が京都を離れる必要はないぞ?」
 あかねの返答に安心したのか、師匠の表情はすぐに柔らかくなった。
 「??どういう意味ですか?」

 「今の現況でお主を京都から離すことなど考えてはおらぬ。それは龍一とて理解しておる。なにしろアレは服部半蔵を継いだ男じゃぞ?」
 言われてみれば、それもそうだ。
 服部半蔵を襲名した龍一に限って、そこまで考えがまわらない筈はない。
 だが、そうなれば別の疑問が出るのも当然だ。

 「ならば、尚更、祝言を挙げる理由などないはずですが?」
 「それは・・・・・ほれ、アヤツがお主に惚れておるということじゃろう?離れて暮らすからこそ、お主をめとり自分の妻にしておきたいという男心じゃ」
 何かを誤魔化すかのように答えたのは翁だった。
 だが、今のあかねではそれを冷静に見ることも出来ない。
 それほど動揺しているのだから仕方ない。

 「いや、しかしながら・・・・・・」
 「・・・・・・・まぁ、返事はすぐでなくとも良い。急な話じゃからお主も驚いたじゃろうからな。じゃが、これは戯言ざれごとなどではないぞ?少なくとも龍一の方は本気じゃ。それを肝に銘じよく考えよ・・・・・・わかったな?あかね」

 湯呑を置きながら真っ直ぐにあかねを見据えた師匠の瞳は、真剣そのものだった。
 「・・・・・・・はい、心得ました・・・・・・」
 納得したわけでは無かったが、それ以上反論することも出来ない。
 あかねは俯いたまま返答することしか出来なかった。


 そして。
 この一件を聞かされた総司が冒頭のように叫んだ、というわけだ。

 「受けるつもりですか!?その縁談っ!」
 「いえ、受けるもなにも・・・・・・どの道、女子おなごである私にに選ぶ権利などありませんし・・・・・たとえ祝言を挙げたとしても、今と生活が変わるわけでもないですし・・・・・・」

 あかねの言うとおり。
 この時代の女にとって、結婚相手を自分で選ぶことなどほとんどない。
 それどころか家同士で勝手に決められることの方が普通だった。

 「それに全く知らぬ相手というわけでもないですし・・・・・・その分、私は恵まれている方じゃないかと・・・・・・」
 「ダ、ダメですっ!わたしは絶対に認めませんっ!」
 「に、兄さま・・・・・・?」

 「だったら、あかねさんはわたしのお嫁さんにしますっ!」
 「なぁに馬鹿言ってやがるんだぁ!?お前は!?」
 拳を握り締め力説する総司の頭を、偶然現れた土方がペチンっと叩いた。

 「あだっ!!・・・・・・土方さんっ!?」
 「兄妹あにいもうとが結婚出来るわけねぇだろ!?お前、一体いくつだ?ガキみてぇなこと言いやがって・・・・・・まったく、なんでそんな話になったんだ?」
 呆れた表情を浮かべる土方があかねに視線を向けた。

 「まったく総司のあかねくん好きにも困ったものだねぇ・・・・・・」
 土方と共に来た近藤も同じように呆れた顔で頬を掻いていた。
 「近藤せんせぇっっ!聞いてくださいよぉっ!あかねさんが、あかねさんがぁぁぁ!!」
 近藤に気づいた総司が半ベソを掻いて、近藤にまとわりつく。
 そんな総司をヨシヨシとまるで子供をあやすかのようにしていた近藤だったが、次の総司の言葉を聞いて固まった。

 「お嫁に行くって言うんですよぉっ!?」
 「えっ・・・・・・?」
 「なにっ!?」
 驚いた顔であかねに視線を戻した土方は困ったような表情を浮かべるあかねを見て、事実だと確信する。

 「あっ、でも、ここを離れるわけではないので安心してください」
 「相手は京都の者なのか?」
 「い、いえ・・・・・・そうではないのですが・・・・・・」

 結局あかねは総司にした話を、もう一度土方と近藤にすることになる。


 「なるほどなぁ・・・・・・ってぇことは玉の輿じゃねぇのか?それになかなか理解もあるみてぇだし、いい話じゃねぇか?」
 「は、はぁ・・・・・・でも、あまりに急だったので驚きの方が大きいですが・・・・・」
 「まぁ、そうだろうな。けど、縁談話ってぇのはだいたい急に決まるもんだろ?なぁ?近藤さん・・・・・・近藤さん?」
 呼びかけても返事がないことに気づいた土方が、振り返り後ろにいる筈の近藤に目をやるとそこには在るはずの近藤の姿は既に無かった。
 
 「あれ!?近藤さんは?」
 こちらに背中を向けたままヒザを抱えて座る総司に問いかけるが、総司も気づかなかったのか首を横に振る。
 「・・・・・・」

 「そういえば、何か用がおありだったのでは?」
 「・・・・・・あぁ、いや・・・・・・屯所に総司の姿が無かったんでな。こっちに居るかと思って・・・・・・アイツが屯所に居ないときはお前のところか、寺でガキ共と遊んでやがるかどっちかだからな」
 土方の言葉にあかねは苦笑いを浮かべていた。












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