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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第五十話


 島原からの帰り道。
 空を見上げると月は薄雲に覆われ、辺りは暗闇に包まれていた。
 時折、雲の間から差す月明かりのおかげで少し前を行く近藤と永倉の背中を確認することは出来るが、4人の足音以外聞こえない暗闇を歩いているとそのまま飲み込まれてしまいそうな気さえする。

 先に行った総司のことが気がかりになりながらも、あかねは不思議と落ち着いていた。
 恐らくは銀三ぎんぞうが一緒だとわかっているからだろう。
 そんなことを思いながら歩き続けていると、ふと隣を歩く土方が口を開いた。

 「もしも・・・・・・逃げられるようなことがあれば・・・・・・」
 「わかっています。見つけ次第、討ち取ります」
 「・・・・・・そうか。言うまでも無かったようだな?」
 「はい、お任せください」 

 「・・・・・・ところで、さっきのおんなは・・・・・・」
 「あ、まぁ・・・・・・幼い頃に知り合った友人の一人です。一応、私は京都ここで育ちましたからね・・・・・・」
 「そうか。なら、たまに顔を出して情報を得ろ。遊里には有力な情報が多いからな」
 「承知しました・・・・・・でも、その言葉・・・・・・馴染みのかたには決して悟られないで下さいよ?」
 「あぁ?」
 瞳をパチクリさせて自分を見上げるあかねに、土方は怪訝な顔を向ける。

 「女という生き物は怖いですからね・・・・・・鬼の副長が遊女に寝首をかれた・・・・・・なんて冗談にもなりませんから・・・・・・」
 「大丈夫だ。その辺は抜かりなく気を配っているからな」

 「・・・・・・つくづく怖い殿方ですね・・・・・・ロクな死に方しませんよ?」
 自身有り気に答えた土方を見て、あかねは少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
 「はぁ!?お前、どっちだよ!?気をつけて欲しいのか、それとも寝首をかれて欲しいのか?」
 思わず声を荒げた土方に、あかねは浮かべていた笑みを消すと真面目な表情で答える。

 「いえ・・・・・・ちゃんと愛情を与えて欲しいだけですよ?その場だけの偽りだとしても、その時だけは心からいとおしいと思って貰いたい・・・・・・女というのは肌でそれを感じ取れる生き物だから・・・・・・」
 思いがけないあかねの言葉はズッシリと土方の胸に響く。

  確かに自分は逢いたいと思って足を運んだことはない。
  そこに情報があると思うから足を運ぶ。
  女を抱くのはそのついでだ、と今まで思っていた。
  それを当然相手もわかっているものだ、と。

 思わず足を止めてしまった土方に気づいたあかねが、クルリと振り返って少し照れくさそうな笑みを浮かべるとペロッと舌を出す。
 「と・・・・・・前にそんなことを仰る芸妓さんがいたので」
 「・・・・・・なんだ、人の受け売りかよ。どうりでお前にしちゃぁ大人な意見だと思ったぜ・・・・・・ま、その忠告は心に留めて置くぜ?・・・・・・けど、俺も女に産まれてりゃぁなぁ・・・・・・自分で芸妓になって情報収集したのによぉ・・・・・・」

 また歩き出した土方があかねの横に並んだときにポツリと呟くと、あかねは心底嫌そうな顔をする。
 「えっ!?・・・・・・それは勘弁して下さい・・・・・・そんな愛嬌のカケラもないコワモテの芸妓がいたら置屋が潰れます」
 「なんだとぉっ!?俺が女だったらきっと吉原イチの花魁になれたハズだぜっ!?」
 心外だな、と言わんばかりに言い返す土方にあかねは大きな溜息を吐く。

 「・・・・・・・そんな腹黒い花魁イヤですよ・・・・・・」
 「チッ・・・・・・お前、俺に対しては言いたい放題だなっ!?」
 「ま、信頼の証・・・・・・ですかね?」
 「そんな証いらねぇっ!!」


 楽しそうな二人の様子を背中越しに感じながら、永倉はつまらなそうに口を尖らせる。
 「・・・・・・楽しそうだな、オィ」
 「はは、スマンなぁ。隣にいるのがわたしで・・・・・・」
 「いやっ、そんなつもりじゃっ!・・・・・けど、トシさんが女相手にあんな風に気を許すなんて・・・・・・こっちに来てから初めてじゃねぇか?」
 空を仰ぐようにして話す永倉に、近藤も笑みをこぼす。

 「あぁ、そうだな。なんだかんだ言っても、結構気が合ってるみたいだ。ま、トシにとってはいいことさ・・・・・・あぁやって軽口叩ける相手がいるってのは」
 「そりゃそうだな。京都こっちに来てからトシさんの顔はいつも副長だったからな。ああしてトシ・・さんの顔つきを見るのは久しぶりだし・・・・・・けど、不思議な女だよなぁ?総司だけじゃなく、あの芹沢さんにも可愛がられてたみてぇだし・・・・・・どこにでもいそうな女なのに・・・・・・」

 「はは、確かに・・・・・・でも普通の娘は新撰組と聞いただけで逃げていくぞ?」
 「・・・・・・それもそうか・・・・・・じゃ、前言撤回な?・・・・・・アイツは変わった女だ」
 わざわざ言い直す永倉に近藤は頬を緩めていた。


 一通り言い合った二人は何事も無かったように並んで歩き続けていたが、ふと土方はあかねに視線を移した。
 「・・・・・・総司のことが心配か?」
 「いえ、斉藤さんもご一緒でしょうし・・・・・・それにあの5人相手にお二人が遅れを取るなど想像も出来ません・・・・・・だから大丈夫ですよ?」
 にこっと笑って答えたあかねに、土方は頬を緩めた。

 「・・・・・・お前・・・・・・ホントに言うようになったな?」
 「そうですか?副長と一緒にいるせいですかね?」
 「おまっ!?・・・・・・ハァ・・・・・・まぁ、いい・・・・・・」
 総司に似てきた、と言おうとして止めた。

 双子なのだから似ていて当然だ。
 それに、前にも嫌味のつもりで同じ事を言ったが通じなかったことを思い出したのだ。
 (つくづく遺伝の怖さってぇのを思い知らされるぜ・・・・・・)



 4人が屯所に向かっている頃。
 一足先に島原を出た総司と、斉藤一こと銀三ぎんぞうは屯所に到着していた。

 そこで二人を出迎えたのは、副長助勤のひとりである藤堂平助だった。
 藤堂によると、5人は先ほど屯所に戻り自室へと引き上げて行ったらしい。
 それを今は井上源三郎が見張っている、ということだった。

 5人が脱走しようとするなら、即処断の為に動くことも出来るだろうが動きを見せない以上こちらも勝手に手を出すわけにはいかないだろう。
 ヘタをすれば何の関係もない他の隊士をも、巻き込みかねないのだ。


 「いっそ動いてくれればこちらも手を出せるというものを・・・・・・向こうも警戒しているということでしょうねぇ」
 総司は腕を組みながら「うーん」と首を傾げた。

 「とりあえず藤堂さんは、井上さんと共に見張りをして貰いましょう。異変があれば知らせて貰うということで・・・・・で、沖田さんと自分はここで局長たちの帰りを待ちましょう。すぐに戻られる筈ですから」
 テキパキと指示を出す銀三に、総司と藤堂は同時に頷く。

 「さっすが斉藤さん、頼りになりますねぇ」
 この場に似つかわしくないほど、のほほんとした表情をしている総司に銀三は脱力する。
 「んな呑気なこと言ってる場合ですか?この状況で、そんなことが言える沖田さんの方が自分は大物だと思いますよ?」

 「はは、違いないや」
 二人の会話に緊張が取れたのか、藤堂の顔には笑みが零れていた。
 それを見て総司は安心したように藤堂の肩に手を置く。

 「んじゃ、そっちは任せましたよ?」
 「承知」
 藤堂が邸内に入っていくのを見届けながら、銀三は「なるほど」とひとり納得していた。

 「藤堂さんの緊張をほぐす為でしたか・・・・・・やはり沖田さんは大物ですよ」
 「斉藤さんに褒められると嬉しくなりますねぇ」
 ニコニコと無邪気に笑う総司に、銀三も自然と緊張がほぐれるのを感じていた。

 「ところで原田さんの方は?」
 視線だけは前に向けたままで何気なく問う総司に、銀三もまた視線を移すことなく答える。
 「いまのところ目立った動きはないようです。ただ・・・・・・副長はこの機に一掃したいとお考えのようなので」

 今回、原田は間者の疑いがある楠小十郎についている。
 他の5人と同じく長州の間者だと思われるのだが、何故か楠だけは単独行動をしているのだ。
 
 「そうですか・・・・・・確か御倉みくらさんは斉藤さんの下についてたんですよね?」
 「えぇ・・・・・ですから奴だけはわたしの手で・・・・・・」
 「そうですね。わたしも自分の下にいた方ぐらいはこの手で・・・・・と思っていますし。でも結構キツイですよね?仲間だと思って信じていた方に裏切られるというのは」
 「・・・・・・」

 門のところに立ち近藤たちが来る方へと目をやりながら話していた二人だったが、総司の言葉に銀三は言葉を失っていた。
 自分も会津藩の手の者で、間者といえば間者なのだ。
 違いがあるのは属する藩が敵か味方か・・・・・・ただそれだけだ。

 もし会津公が新撰組を見限ることがあれば、自分は一瞬にして敵となるのだろう。
 それに仲間だと思っていた者の裏切りというのを、つい最近経験したばかりだ。
 銀三の頭に浮かぶのは、あの日のあかねの泣き顔だ。
 今でも思い出すだけで胸が締め付けられる。


 急に黙りこくった斉藤の横顔を不思議そうに見つめていた総司だったが、それは邸内から出てきた藤堂の姿によって忘れ去られることとなった。

  












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