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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第四十話


 泣き疲れて眠ってしまったあかねを背負った銀三ぎんぞうが屯所に戻ったのは、月が真上を過ぎた頃だった。
 さすがに寝静まっている屯所からは物音ひとつ聞こえてこない。
 銀三ぎんぞうは八木邸の敷居を越えると、あかねの部屋へと足を向けた。


 背中に感じるあかねの温もりは生きている証だ。
 御所から戻ったとき、あかねの姿が見えないことに嫌な予感がした。
 思い当たるところを探し回って、ようやく見つけたのだ。

 無事だったことへの安堵。
 でも、あかねの泣き顔にそれはすぐに消えた。
 そして足に受けた傷跡。

 泣きながらも説明するあかねの言葉に、銀三ぎんぞうは耳を疑いたくなった。
 自分たちを可愛がってくれた、あの玄二げんじが敵にまわったという受け入れ難い事実。
 何故こんなことになってしまったのだろう・・・・・・。

 共に育った仲間・・・・・・いや、自分たちが兄のように慕っていた相手。
 その玄二と敵対しなければならない現実。
 なによりあの玄二が、あかねに敵だと言い切ったというのだ。
 あれほど可愛がっていたあかねに向かって・・・・・・。

 直接その言葉を告げられたあかねの心中はどれほどの衝撃だったのだろう。
 考えただけでも胸が痛む。
 どこで道が違ってしまったのだろう・・・・・・。


 あかねの部屋の襖に手をかけると、中から人の気配を感じた。
 一瞬開けるのを躊躇した銀三ぎんぞうだったが、立ち止まったと同時に中にいた者によって襖は開かれてしまう。

 「斉藤さん?」
 「沖田さん・・・・・・」
 てっきりあかねが戻ってきたのだと思っていた総司の瞳が驚いたように見開かれた。

 「・・・・・って、あかねさんっ!?」
 銀三ぎんぞうの背中で動かないあかねに気づいた総司が驚きの声を上げる。
 「足に傷を負っていますが大丈夫です。眠っているだけですから・・・・・・」
 総司を安心させるように告げると、部屋の中へ入った。

 「と、とにかく布団に・・・・・・」
 部屋の中にいた近藤が言うと、同じく部屋の中にいた土方が布団を敷き始める。
 総司はオロオロしながらも、あかねを背中から降ろすのを手伝っていた。

 「一体何があったんだ?」
 土方の問いに銀三ぎんぞうは答えを迷った。
 ここでは他人で通しているのだ。
 うかつに答えるわけにはいかない。

 「す、すみ・・・・ません・・・・・局長・・・・・・」
 どう答えるべきかを考えていた銀三ぎんぞうの耳に、弱々しいあかねの声が聞こえた。
 「だ、大丈夫かい?あかねくん?」

 あかねの布団を囲むようにして4人は座ると、あかねの顔を覗き込む。
 「大丈夫・・・・・です・・・・・斉藤、さん・・・・・運んでくださって・・・・ありがとう、ございました・・・・・」
 うっすらと瞼を開けたあかねが、銀三ぎんぞうに向かって笑みを向ける。

 「なんで屯所に残ってたはずのお前が、こんな怪我してんだ?」
 「・・・・・・うっかり、転んで・・・・・・」
 「ウソつけっ!」
 明らかな嘘を述べるあかねに、土方は怒りをあらわにする。

 「ホントですって・・・・・・」
 「んなわけねぇだろ!?」
 「それが、あるんですよね」
 あくまでも転んだと言い張るあかねの瞳が、一瞬悲しそうな色を放つ。

 「まぁまぁ。とにかく無事だったんですからいいじゃないですかぁ?」
 「そうだな、総司。事情はまた明日にでも聞くとして・・・・・・今夜はゆっくり眠らせてあげよう・・・・・な?トシ?」

 「斉藤。コイツをどこで見つけたんだ?」
 「あ、それは・・・・・東山の妙法院の近くで・・・・・・」
 「そうか・・・・・・まったく無茶しやがって」

 「あの・・・・・・御所の方は?」
 「ん?あぁ、無事に終わった。尊攘派の公卿7名は長州と共に京都を去ったらしい」
 「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
 京都を去った、という言葉があかねの胸に突き刺さる。
 
 「そうだ。いい知らせがあるんだ。今回のことで会津公からお褒めの言葉を頂いたよ?それに・・・・・新しい名も頂戴した・・・・・・君のおかげだ」
 「新しい・・・・・・名?」
 嬉しそうな近藤の顔が、あかねの曇っていた心に染みる。

 「あぁ。我々はもう浪士組ではない・・・・・・これからは新撰組となる」
 「しん、せん・・・ぐみ・・・・・・?」
 「そうだよ。会津公から直々に賜った我らの新しい名だ。新たに撰ばれし組で新撰組だ」

 「新撰組・・・・・・いい、名ですね」
 「あぁ。これで我らも少しは認めて貰えたということかな?」
 誇らしげに胸を張る近藤の姿に、あかねは頬を緩めた。



 ― 鞍馬の里 ―

 「そうか・・・・・裏切り者は・・・玄二じゃったか・・・・・・どうりで三条殿の動きを最後まで掴めなかったはずじゃ・・・・・」
 「わかっていれば、あかねを向かわせるようなこと・・・・・・」
 囲炉裏を囲む翁と師匠。

 「いや、アヤツがあかねに傷を負わせたということは・・・・・・それだけの覚悟を決めておるということ。我らにそう伝えたかったのであろうのぉ・・・・・・あかねには辛い思いをさせたが、おかげでこちらも心揺らぐこともあるまい」

 自分達が手塩にかけ育てた玄二が敵にまわった事実。
 それは里にも届いていた。
 知らせを受けた二人が始めに案じたのは、あかねのことだった。

 慕っていたものから傷を負わされた事実。
 それがあかねを苦しめているのではないか。
 足の傷などすぐに完治するだろう。
 だが心の傷となれば、見えないだけに厄介だ。

 かと言ってまわりに出来ることなどない。
 本人が乗り越えなければならないのだ。



 あかねの足の傷は皆が思っていたとおり軽症だったらしく、翌朝にはいつも通り台所に立つ姿が見られた。
 歩く姿も傷を負っているとは思えないほど普通で、誰も気づかないほどだった。

 「いや、たいしたものだよ・・・・・・彼女は」
 怪我のことを気にかけていた近藤は、関心したように頷く。
 「昨日のアレは夢だったのかと思えるほどだな・・・・・・だが、あの分じゃあ何があったのかを話すつもりはねぇみてぇだな」
 少し不満そうな表情で頬杖をついた土方に、総司がクスリと笑う。

 「あぁ?なんだよ、総司・・・・・・なに笑ってやがるんだ?」
 「いえ・・・・・ただ、土方さんでもあかねさんのことは気になるんだなぁっと思って」
 総司の言葉に、「ははは」と笑い声を立てたのは近藤だった。

 「確かに・・・・・・最近のトシはあかねくんに優しいからなぁ。そんなに気になるなら素直に大丈夫か?と聞けば良いのに・・・・・・」
 「!!」
 「そうですよねぇ?まったく素直じゃないんだからぁ」
 ケラケラと笑う総司。

 「そ、そんなんじゃねぇぇぇっ!」
 と土方は顔を赤らめ叫んでいた。


 その日こっそりあかねに近づいた土方が「大丈夫か?」と聞いている姿が、目撃されたとかされなかったとか・・・・・・。

 結局、あかねは傷のことを口にすることはなく。
 土方も無理に聞きだそうとはしなかった。












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